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『吉田松陰、令和を動かす』  作者: 長州萩人
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第三部:改革への道

国会議事堂の廊下を歩く吉田松陰の足音が、大理石の床に響き渡った。参議院議員バッジを胸に、松陰は初登院から三ヶ月が経っていた。当選時の興奮は冷め、今は現実政治の厳しさを日々痛感していた。


「松陰先生、次の委員会が始まります」


秘書の村田茜が声をかけてきた。彼女は二十三歳の気鋭の大学院生で、松陰のSNS戦略を一手に担っていた。


「ああ、今日は教育予算の質疑だったな」


松陰は深く息を吸い込んだ。これが彼の最初の大きな戦いになるはずだった。


---


教育文化委員会、松陰は資料を広げながら質問に立った。


「文部科学大臣にお尋ねします。現在の教育予算は、GDPの3.8%。OECDの平均値である5%にも届いていない。この状況についてどうお考えか」


文科大臣の答弁は、予想通りだった。


「厳しい財政状況の中、最大限の努力をしております」


松陰は首を振った。


「大臣、私が申し上げたいのは、これは『優先順位』の問題だということです。明治維新後、日本が近代国家として成長できたのは、教育を最優先したからではないでしょうか。厳しい財政状況の中だからこそ、未来への投資である教育予算を削るべきではない」


委員会室に静寂が広がる。松陰の言葉には、百六十年の時を超えた説得力があった。


---


「松陰さん、あの質疑、見事でした」


委員会後、野党の高齢議員が声をかけてきた。


「私も四十年前、同じことを訴えていましたよ。でも、現実は厳しい。官僚機構と財務省の壁は分厚い」


松陰は微笑んだ。


「分かっています。しかし、一人では動かせなくとも、志を同じくする方々と力を合わせれば、必ず変えられる」


この会話が、「志士連合」の始まりだった。


---


永田町の小さなオフィスに、十数名の議員が集まった。与野党を問わず、教育改革に情熱を持つ議員たちだった。


「今日お集まりいただいたのは、党派を超えて『志』を共にできる方々です」


松陰は静かに語り始めた。


「私は教育予算の大幅増額、そして使い方の根本的な改革を提案します。しかし、教育だけでは不十分です。若者が学んだことを活かせる社会も必要だ。起業支援制度の確立、地方分権の推進—これらを一体的に進める必要があります」


西園寺翔太がプロジェクターを操作した。彼は二十八歳のIT企業経営者で、松陰の政策ブレーンとなっていた。


「具体的には、三つの柱で改革を進めます」


スクリーンに図が映し出された。


「第一に、教育予算をGDP比6%に引き上げる。第二に、高校生・大学生向けの起業支援基金を創設する。第三に、教育行政の権限を大幅に地方に移譲する」


「財源は?」と鋭い質問が飛んだ。


松陰は冷静に答えた。


「防衛予算からの一部転用、そして特別国債の発行です。教育は国防と同様、国の存続に関わる問題」


部屋の空気が変わった。松陰の言葉に、多くの議員が頷いていた。


---


「志士連合?笑わせる」


大手政党の幹事長、五条貴司は新聞を投げ捨てた。彼は五十八歳、財務省から政界入りした実力者だった。


「無所属議員がごちゃごちゃ集まったところで、何ができるというのか」


しかし、彼の側近は不安げだった。


「幹事長、彼らの主張が国民の間で反響を呼んでいます。特にSNSでの拡散力が尋常ではない」


五条は冷ややかに言った。


「教育予算の増額など、誰でも言える綺麗事だ。財源の裏付けもなく、実現可能性ゼロの政策を並べ立てているだけだ」


側近はタブレットを差し出した。


「しかし、彼らは超党派で法案を準備しています。具体的な財源案も含めて」


五条の表情が硬くなった。


---


国会図書館の一室、松陰と志士連合のメンバーは、徹夜で法案作成に取り組んでいた。


「松陰先生、この財源案は財務省が絶対に反対します」


元官僚の議員が懸念を示した。


「分かっている。だからこそ、国民の声を味方につける必要がある」


松陰はSNSを開き、法案作成の様子を投稿した。


「国民の皆様、私たちは今、未来への投資となる法案作成に取り組んでいます。教育予算の増額、若者の可能性を広げる起業支援、そして地方の力を引き出す分権化—。財源は削れる部分を削り、必要な部分は増やす。徹底した議論を重ねています」


この投稿は瞬く間に拡散され、多くの若者が支持コメントを送った。


---


「これは前代未聞だ」


久坂玲子は政治部デスクに興奮気味に報告した。彼女は三十二歳の政治記者で、松陰の動向を追い続けていた。


「志士連合が提出する法案に、与党議員十名、野党議員十五名が共同提出者として名を連ねるんです」


デスクは眉をひそめた。


「党議拘束はどうなる?」


「そこがポイントです。彼らは『教育と若者の未来は党利党略を超えた国家的課題』と主張しています」


久坂は資料を広げた。


「彼らの提案する『未来創造教育法案』は三つの柱から成ります。教育予算の増額、起業支援制度の確立、そして地方分権の推進です」


デスクは溜息をついた。


「上手いタイトルだな。誰が反対しろと言うんだ」


---


テレビ朝日の報道番組で、松陰はインタビューに応じていた。


「吉田議員、この法案には多額の予算が必要です。財政再建と矛盾するのではないですか?」


松陰は穏やかに答えた。


「短期的に見れば、確かに財政負担は増えます。しかし、長期的には、教育を受けた若者たちが新しい産業を興し、経済成長を促進するでしょう。日本の真の財産は人材です。その人材への投資を惜しんでは、未来はない」


「具体的な成果はいつ出るのですか?」


「物事には種まきの時があり、収穫の時がある。我々がやっているのは種まきです。十年後、二十年後の日本が実りの時を迎えるでしょう。しかし、その前に芽が出る部分もある。例えば、地方分権によって、各地域の特性を活かした教育が可能になります」


松陰の言葉に、スタジオには静けさが広がった。


---


「吉田松陰とやらの人気が急上昇しています」


明智勝也は五条幹事長にデータを見せた。彼は五十二歳の大手メディア代表で、政界との繋がりも深かった。


「彼の言う『志士連合』は、SNSフォロワー数が一ヶ月で三倍になった。若者の支持率は驚異的です」


五条は不機嫌そうに言った。


「単なるブームだ。まともな政策など作れるはずがない」


明智は頭を振った。


「甘く見てはいけません。彼らの『未来創造教育法案』は、専門家からも高い評価を得ている。私のメディアでも、批判的に報道するのが難しくなっています」


五条は椅子から立ち上がった。


「法案審議が始まれば、その矛盾点を暴いてやる」


---


予算委員会での質疑、松陰は首相に対して鋭く迫っていた。


「首相、率直に伺います。なぜ日本の教育予算は、先進国の中で最低レベルなのですか?」


首相は定型文句で答えようとした。


「我が国の厳しい財政状況を考慮し—」


松陰は遮った。


「同じ財政状況でも、フィンランドはGDPの7%を教育に使っています。これは『優先順位』の問題です。首相ご自身は、お子さんやお孫さんの教育に最優先で投資されると思います。国家も同じではないでしょうか」


会場からどよめきが起こった。松陰の質問は、国会中継で全国に放送されていた。


---


「松陰先生、おはようございます」


山口操は松陰のアパートを訪ねた。彼女は萩から上京し、松陰の活動を間近で見守っていた。


「操、早いな。今日も国会か」


松陰は新聞に目を通しながら言った。朝刊の一面には、「未来創造教育法案、与野党から六十名が賛同」の見出しが躍っていた。


「先生の働きかけが実を結んでいますね」


松陰は新聞を置いた。


「いや、まだ始まったばかりだ。これからが本当の戦いになる」


操はコーヒーを差し出しながら言った。


「議員になって半年で、ここまで影響力を持てるなんて、すごいことです」


松陰は首を振った。


「私にできることは限られている。重要なのは、同じ志を持つ人々が集まり、力を合わせること。一人では小さな火だが、集まれば大きな炎になる」


---


「この法案には反対だ!」


予算委員会で、五条は怒りを露わにしていた。


「教育予算の増額など綺麗事に聞こえるが、財政規律を完全に無視している。国の借金は既に千兆円を超えているというのに!」


松陰は静かに答えた。


「五条議員、財政規律が大切なのは承知しています。しかし、私が申し上げたいのは、未来への投資を削ることは、結局は国の借金を増やすことになるということです」


「詭弁だ!」


「いいえ。教育を受けた人材が減り、起業する若者が減れば、日本の生産力は低下します。生産力が低下すれば税収も減る。その負のスパイラルこそが、真の財政危機ではないでしょうか」


会場が静まり返る中、松陰は続けた。


「五条議員、あなたのお子さんやお孫さんのためにも、この法案に賛成していただきたい」


五条の表情が一瞬、揺らいだように見えた。


---


国会前では、若者たちが「未来創造教育法案」への支持を訴えるデモを行っていた。大学生、若手起業家、地方からの参加者など、様々な人々が集まっていた。


「日本の未来は私たちのもの! 教育に投資を!」


高杉翼は萩市役所の若手職員だった。彼は同僚たちと共に、休暇を取って上京していた。


「地方にも機会を! 分権化を推進せよ!」


メディアもこの動きを大きく報道。テレビカメラの前で、高杉は熱く語った。


「松陰先生の言葉に感銘を受けました。『志なくば立つべからず』—私たち若者も、日本の未来に責任があります」


---


「これは予想以上の展開だな」


西園寺翔太は松陰にデータを見せていた。彼のIT企業のオフィスで、二人は次の戦略を練っていた。


「法案への賛同者が増えています。特に注目すべきは、与党内からの支持が広がっていること」


松陰は頷いた。


「財務省の抵抗は?」


「強烈です。彼らは裏で必死に動いています。特に五条議員との連携を強めている」


松陰は窓の外を見た。東京の街並みが広がっていた。


「しかし、国民の声が大きくなれば、彼らも無視できなくなる」


西園寺はタブレットを操作した。


「次の戦略として、地方自治体からの支持を集めることを提案します。既に二十の県知事が法案支持を表明しています」


松陰は微笑んだ。


「よし、全国の地方自治体への働きかけを強化しよう。彼らこそ、教育と地方分権の恩恵を最も強く受ける」


---


「松陰先生、法案の採決日が決まりました」


村田茜が報告してきた。松陰の事務所は、支援者からの手紙や電話で忙しく動いていた。


「一週間後です。与党内にも賛成派が増えていますが、反対派の動きも激しくなっています」


松陰は冷静に言った。


「最後まで諦めずに働きかけよう。一人でも多くの議員に、この法案の意義を理解してもらいたい」


茜はうなずいた。


「SNSでの支持も広がっています。ハッシュタグ『#未来創造法案』は、今週のトレンド入りしました」


松陰は立ち上がった。


「今週の週末、全国で同時街頭演説を行おう。志士連合のメンバーに呼びかけて」


---


東京・新宿の街頭演説には、数千人が集まった。松陰の姿がスクリーンに映し出されると、大きな歓声が上がる。


「皆さん、私は百六十年前の人間です」


松陰はいつものように、率直に語り始めた。


「しかし、私が見た令和の日本は、可能性に満ちています。テクノロジーは進化し、情報は瞬時に世界を駆け巡る。しかし、若者たちの『志』を育てる環境は、残念ながら十分とは言えません」


松陰の声は、群衆を超えて響いた。


「来週、国会で『未来創造教育法案』の採決が行われます。この法案は、教育予算の増額、若者の起業支援、そして地方分権の推進を目指すものです」


松陰は一人一人の目を見るように語りかけた。


「皆さん、政治は国会議員だけのものではありません。皆さんの声、皆さんの意志こそが、日本を変える力です。どうか、この法案への支持を広げてください」


群衆からは、大きな拍手が湧き起こった。


---


採決日の朝、松陰は静かに国会議事堂に向かった。この数ヶ月の戦いが、ついに決着する日だった。


「松陰先生!」


久坂玲子が駆け寄ってきた。彼女の表情には緊張が浮かんでいた。


「大変です。五条議員が最後の抵抗を試みています。財務大臣を説得して、『この法案が通れば内閣不信任案を提出する』と言っているんです」


松陰は立ち止まった。不信任案が可決されれば、内閣総辞職か衆議院解散。政局が一変する。


「本気で言っているのか?」


「はい。与党内の法案賛成派に猛烈な圧力をかけています」


松陰は深く息を吸い込んだ。


「久坂さん、記者として正確に報じてください。これは教育のための法案です。政局の道具にしてはならない」


久坂は固く頷いた。


---


本会議場、採決の時が近づいていた。松陰は自席で静かに待っていた。この瞬間のために、彼は百六十年の時を超えてきたのかもしれない。


議長が宣言した。


「未来創造教育法案の採決を行います」


会場が静まり返る中、松陰は目を閉じた。彼の心の中には、松下村塾で学んだ多くの若者たちの顔があった。そして、令和の若者たちの顔も。


「賛成の方は、起立願います」


松陰はゆっくりと立ち上がった。そして、周囲を見回した。


与野党を超えて、多くの議員が立ち上がっていた。法案は可決されるだろう。しかし、松陰の戦いはまだ始まったばかりだった。


改革への道は、ここからが本番だった。

蒼い炎 〜新しい時代へ〜

https://suno.com/song/fe63684d-8e90-43da-87bf-e6997a1f7571

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