●第6章:『叡智よ、永遠に』
数日後、館は再び静けさを取り戻していた。
山賊たちは、騎兵隊に追い払われた。しかし、彼らのリーダーは逃亡。まだ捕まっていない。
アイリスは、父の書斎で航海日誌を読み返していた。
「天空の星は地下に映る……。父は、何を伝えたかったの?」
箱の中には、古い地図が入っていた。そこには、この地方の地下水脈が詳細に記されている。
「お嬢様」
ヴァルターが、一通の手紙を持って入ってきた。
「これが、箱の底から見つかりました。山賊どもは箱を持ち去れなかったようです」
それは、父からアイリスへ宛てた手紙だった。
『愛する娘へ
もし、この手紙を読んでいるなら、お前は既に私の残した謎を解き明かしたということだろう。その知性を、誇りに思う。
私が失踪した理由を、説明しなければならない。この地図は、単なる地下水脈の記録ではない。かつて、この地方には豊かな鉱脈があった。その富が、ローゼンクライス家の基礎を築いたのだ。
しかし、その採掘が、周辺の村々の水源を脅かしていた。私は、この事実を知った時、一つの決断をした。採掘を完全に止め、その存在を秘匿することにしたのだ。
だが、それを望まない者たちがいた。私は身を隠さざるを得なかった。その代わり、この秘密を守る手がかりを、お前の得意とする数学の中に隠したのだ。
お前の聡明さを信じている。いや、それ以上に、お前の優しさを。この秘密を知った時、お前がどんな選択をするのか、私は既に知っている。
愛しい娘よ。もう、私のことは案じるな。私は、自分の選択に後悔はない。これからは、お前の選択の時代だ。
父より』
アイリスは、静かに手紙を置いた。窓の外では、夕陽が沈もうとしている。
「お嬢様、これからどうされます?」
ヴァルターの問いに、アイリスは凛とした表情で答えた。
「この地図は、公表するわ。でも、鉱脈の記録は除いて。地下水脈の情報だけを。それが、この土地のために、私にできることだと思う」
「さすがは、お嬢様」
マーサが、誇らしげに微笑んだ。
アイリスは、書斎の窓から、館の庭を見渡した。
「それと、もう一つ。この館を、もっと違う形で活かしていきたいの」
「違う形、とは?」
「学校にするの。数学や科学を学びたい子供たちのための」
アイリスの瞳が、夕陽に輝いていた。
「私は、父から数学を通して多くを学んだ。論理的な思考は、この世界を理解する力をくれる。その素晴らしさを、もっと多くの人に伝えていきたいの」
ヴァルターとマーサは、深く頷いた。
その後、山賊のリーダーは、遠い港町で逮捕されたという。彼は、鉱脈の秘密を探り当てようとしていた商人の手先だったという。
館は、アイリスの構想通り、学校として生まれ変わった。彼女の教えを求めて、多くの若者たちが集まってくる。
そして今でも、夕暮れ時になると、アイリスは書斎で数式を眺めている。それは、父との対話の続きのようでもあり、未来への道標のようでもあった。
天空の星は、確かに地上に映る。そして、その輝きは、次世代へと受け継がれていくのだ。
(終)