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●第5章:『数学は真実を照らす』

 アイリスの策は、緻密な計算に基づいていた。


 まず、マーサが地下室で大きな音を立てる。それに気付いた山賊たちが教会に注目する。その瞬間、ヴァルターが鐘を鳴らし始める。


「何だ?」


「村の方から、誰か来るのか?」


 予想通り、山賊たちは動揺を示した。


 その時を狙って、アイリスは行動を開始した。教会の裏口から素早く抜け出し、茂みに隠れながら館の方へと向かう。


「火事の跡……。そこに、何かあるはず」


 山賊たちが教会に気を取られている間に、アイリスは焼け跡に辿り着いた。かつての倉庫があった場所だ。


 彼女は、航海日誌の記述を思い出す。父が港町で手に入れたという「財宝」。そして、失踪する直前に記された暗号めいた言葉。


『天空の星は地下に映る』


 アイリスは、焼け跡の地面を注意深く観察した。そして、ある場所で足を止める。


 地面には、かすかに幾何学的な模様が刻まれていた。西の塔で見たものと同じパターンだ。


「やはり……」


 アイリスは地面に膝をつき、震える手で羊皮紙を広げた。冷たい朝の空気が、彼女の頬を撫でる。


「そうだったのね……」


 彼女の指が、数式の二つの部分をなぞった。これまで別々の計算だと思っていた式が、実は深く関連していたのだ。


 最初の式群は、確かに西の塔への道筋を示していた。館の正面玄関からの距離と角度、そして塔の中の秘密の扉の場所まで。それは既に解き明かし、本を手に入れることができた。


 しかし、第二の式群は、それとは異なる場所を指し示している。同じような距離と角度の指定だが、その先は……。


「12π……この角度は、北を指している」


 アイリスは立ち上がり、周囲を見回した。朝もやの中、倉庫の焼け跡がぼんやりと浮かび上がっている。


「父は二重の暗号を仕掛けたのね。一つ目の謎を解かなければ、二つ目の意味も分からない」


 彼女は本の中で見つけた言葉を思い出した。『天空の星は地下に映る』


 第一の式が「天空」、つまり高い塔を指し示していたとすれば、第二の式は「地下」を表している。まるで、天と地の対になるように、二つの場所が設定されているのだ。


 アイリスは羊皮紙の端に新しい計算を書き加えた。インクが紙に染み込んでいく。朝露で湿った羊皮紙に、数字が少しだけ滲んでいる。


「最初の式の解が、5×3.14……だから、次の式は……」


 彼女の指が素早く動く。今や数式は、彼女にとって生きた言葉のように明確な意味を持っていた。


「二つの場所は、正六角形の対角線上に位置している。この配置には、何か意味が……」


 ふと、彼女は幾何学の基本原理を思い出した。正六角形は、最も効率的に空間を分割できる図形の一つ。蜂の巣が六角形なのも、それが最も安定した構造だからだ。


 そして、この二つの場所も、館の敷地を最も効率的に守るように配置されているのかもしれない。西の塔は高く、倉庫は地下へと潜る。上下の要所を、完璧な幾何学的均衡で結んでいたのだ。


「父は、数学者である前に、この館の守護者だった」


 アイリスの胸に、温かいものが込み上げてくる。これは単なる謎解きゲームではない。父は、この館と、そしてこの土地の秘密を守るために、最も確実な方法を選んだのだ。


 それは、数式という、最も美しく、最も正確な言葉で紡がれた遺言だった。


 彼女は再び羊皮紙の数式を確認する。この数式は、二つの場所を示していたのだ。西の塔と、この倉庫の跡。


 慎重に、模様に触れていく。すると、地面から機械的な音が響いた。


 そこに、小さな地下室が現れた。中には、一つの箱が置かれている。


「見つけた……」


 しかし、その時、背後で声がした。


「お嬢ちゃんよ、そこまでだ」


 振り向くと、一人の男が立っていた。山賊たちのリーダーらしい。


「感心するよ。ここまで、俺たちを翻弄するとはね」


 男は、冷たい笑みを浮かべている。


「でも、もう終わりだ。おとなしく、それを渡してもらおうか」


 アイリスは、箱を強く抱きしめた。


「なぜ、これが欲しいの?」


「それは……」


 男が答えようとした時、教会の方で大きな音が響いた。


「隊長! 村の方から、騎兵隊が!」


 慌てた声が響く。


 アイリスは、その隙を突いて走り出した。しかし、リーダーは素早く彼女の腕を掴んだ。


「油断したな、お嬢ちゃん」


 その時、アイリスは箱を放り投げた。


「何!?」


 リーダーが反射的に箱を追いかけた瞬間、アイリスは腕を振り解いて逃げ出した。


「待て!」


 しかし、追いかけようとした時、リーダーの足が何かに引っかかる。


【詳しく】 地面には、アイリスが事前に仕掛けていた罠が。まるで、チェスの盤上で相手の動きを読んでいたかのように。


 アイリスは、森の中へと駆け込んだ。背後では、混乱する山賊たちの声が響いている。


 しかし、彼女は別の方向から、馬の蹄の音を聞いていた。本物の騎兵隊が、確実に近づいてきているのだ。


 実は、彼女は昨夜の段階で、ある計算を立てていた。山賊たちの人数、村までの距離、そして騎兵隊が到着するまでの時間。全てを計算に入れた上で、この時間まで山賊たちを翻弄し続ける必要があったのだ。


「お嬢様!」


 森の中で、ヴァルターとマーサが待っていた。


「無事で、良かった」


 しかし、安堵もつかの間。まだ、謎は残されているのだから。


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