●第4章:『方程式は謎を解く』
古い教会は、深い森の中に佇んでいた。かつては多くの信徒で賑わったというが、今は誰も訪れる者はない。
朝日が差し込む教会の内部で、アイリスは父の本を開いていた。
「これは……航海日誌?」
本の内容は、予想外のものだった。館から遠く離れた港町での出来事が記されている。そして、ある「財宝」についての記述が散見された。
「お嬢様、これを」
マーサが、温かいスープを差し出してくれた。教会の台所には、まだ使える道具が残されていた。
「ありがとう」
アイリスは一口すすりながら、絵画をじっと見つめる。そこに描かれた、現在の館にない建物。
「ヴァルター、昔の館には、もっと建物があったの?」
「ええ、北側に倉庫があったと聞いています。でも、火事で焼失してしまい……」
「倉庫? いつ頃の出来事?」
「お嬢様が、まだ幼い頃です。ちょうど……」
「父が失踪する、少し前?」
ヴァルターは驚いた表情を浮かべた。
「はい、その通りです」
アイリスは、本の記述と絵画を見比べながら、考えを巡らせた。
「父は、港町で何かを手に入れた。そして、それを館に持ち帰った。倉庫に隠したのかもしれない。でも、火事で……」
そこまで考えて、彼女は息を呑んだ。
「火事は、偶然じゃなかったの?」
その時、外で物音がした。三人は息を潜める。
窓から覗くと、館の方から一団が近づいてくるのが見えた。山賊たちだ。
「見つかってしまったの?」
「いいえ」
アイリスは冷静に状況を観察した。
「彼らは、まだ私たちがここにいるとは気付いていないわ。ただ、手分けして探しているだけ」
確かに、山賊たちは周囲を漫然と見回しているだけのようだった。
「でも、このままじゃ、いずれ見つかってしまいます」
ヴァルターの言う通りだ。かといって、今から逃げ出せば確実に気付かれてしまう。
「……分かったわ」
アイリスの瞳が、決意の色を帯びる。
「私には策がある。でも、少し時間が必要。マーサ、教会の地下室は、まだ使えるかしら?」
「ええ、昔、ワインを保管していた場所ですね。今も、棚が残っています」
「良かった。ヴァルター、教会の鐘は?」
「かなり古いですが、まだ動くはずです」
「完璧ね」
アイリスは、三人の配置を指示し始めた。時間との勝負だが、うまくいけば山賊たちを欺くことができるはずだ。
「お二人とも、私の指示通りにお願い。これは、チェスのような戦い。相手の動きを読んで、先回りするの」
アイリスの計画は、数学的な精確さで組み立てられていた。まるで、複雑な方程式を解くように。