●第3章:『論理の炎を灯せ』
西の塔の地下に到達したアイリスたちを待っていたのは、意外な発見だった。
「これは……」
松明の灯りに照らし出されたのは、古い扉。そして、その周囲には、幾何学的な模様が刻まれていた。
「私、この模様を知ってるわ」
アイリスは羊皮紙を取り出し、数式と模様を見比べた。
「これは、数式が示していた図形そのものね」
彼女は慎重に、模様の一つ一つを指でなぞっていく。すると、あるパターンに触れた時、カチリという小さな音が響いた。
「お嬢様!」
ヴァルターが心配そうに声を上げる。しかし、アイリスは冷静さを保っていた。
「大丈夫よ。これは、父が残した仕掛け。数式が示す通りの順序で触れていけば……」
彼女は続けて模様に触れていく。カチリ、カチリと音が響くたびに、扉の内部で何かが動いているのが分かった。
そして最後の模様に触れた瞬間、重々しい音とともに扉が開いた。
「まるで、数学の問題を解くようね」
アイリスの瞳が、知的な光を放っている。扉の向こうには、小さな部屋が広がっていた。
部屋の中央には、一つの台座。その上に置かれているのは、古びた革表紙の本だった。
「お父様の研究書?」
アイリスが一歩踏み出そうとした時、上から物音が聞こえた。
「おい! 地下に通路があるぞ!」
山賊たちが、地下通路の存在に気付いたのだ。
「急いで!」
マーサの声に促され、アイリスは素早く本を手に取った。
「でも、この本だけじゃないはず。父は、もっと重要な物を……」
彼女は部屋を見回す。そして、壁に掛けられた小さな絵画に目が留まった。
それは、館の全景を描いた風景画。しかし、よく見ると現在の館とは少し様子が違う。
「これは……」
アイリスは絵の中の違いに気付いた。現在の館にはない、ある建物が描かれているのだ。
足音が近づいてくる。
「お嬢様、もう時間がありません」
「分かったわ。この本と絵を持って」
三人は急いで通路を引き返した。しかし、館の地下室まではもう戻れない。山賊たちが、その方向から近づいてきているのだ。
「こちらです」
ヴァルターが別の通路を指さした。使用人用の非常口に通じる道だ。
三人は息を殺して進む。通路は徐々に上り坂になり、やがて小さな扉に行き着いた。
ヴァルターが慎重に扉を開ける。外の空気が流れ込んでくる。
夜明け前の薄暗い空の下、三人は何とか館の敷地から脱出することができた。
「これから、どこへ?」
マーサが不安そうに尋ねる。
「村には行けないわ。山賊たちの仲間がいるかもしれない」
アイリスは考え込んだ。父の本と絵画。これらが示す秘密は何なのか。そして、山賊たちは一体何を探しているのか。
「森の中の古い教会へ行きましょう」
ヴァルターが提案した。
「そうね。あそこなら、しばらくは安全なはず」
三人は足早に、森の方へと向かった。しかし、アイリスの心は、まだ館に残されていた。
あの数式には、まだ読み解けていない意味がある。そして、それは父の失踪とも関係しているのかもしれない。