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第41章 ヒカリ、策略する

武漢ウーハン自経団は、漢陽ハンヤン漢口ハンコウ武昌ウーチャンの3つの地区からなり、それぞれに自経団の支団が組織されている。武漢自経団の責任者たる書記と副書記2名は、原則として支団の責任者である支団書記を兼務している。


人口40万の上海には10の自経団があり、それらを統括する自経総団が置かれている。自経総団は総書記と原則として9人の副総書記で構成され、それぞれ1つの自経団の書記を兼務している。


国際連邦本部は月にあり、立法府たる評議会、行政府たる統治委員会、司法府たる最高裁判所から構成される。統治委員会は、内閣にあたる委員会の傘下に、専門分野ごとの局が設置されている。


主な登場人物


ミヤマ・ヒカリ:本作のメイン・ヒロイン、ネオ・トウキョウでターミナルケアを生き延びた。大陸の武昌に辿り着き、コンピュータ修理の仕事をしつつ、武昌支団の非常勤の幹部を務めている

潘雪梅:(パン・シュエメイ)双子の警務隊員(姉)、第18支団所属、周光立の部下にあたる

潘雪蘭:(パン・シュエラン)双子の警務隊員(妹)、第18支団所属、周光立の部下にあたる

アルト:トウキョウ籍のマリンビークル「TYOMV0003」、ネオ・トウキョウからヒカリを上海に運び、高儷の脱出を助けた、今はネオ。シャンハイの基地に停泊している

ミヤマ・ダイチ:ヒカリの従兄、中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、武漢副書記兼武昌支団書記

周光立:(チョウ・グゥアンリー)ダイチの同級生で盟友、上海自経総団副総書記兼第4自経団書記、上海の最高実力者周光来の孫

高儷:(ガオ・リー)本作のサブ・ヒロインの一人、ネオ・シャンハイのターミナルケア生き残り、今は武昌支団に勤務する

アルバート・アーネスト・アーウィン:国際連邦統治委員会情報通信局情報支援部長、ヒカリの連邦職員時代の上司

ミシェル・イー:本作のサブ・ヒロインの一人、香港系中国人で本名は于杏 (イー・シン)、国際連邦総務局レフュージ統括部のリーダー職

マルフリート・ファン・レイン:国際連邦統治委員会総務局長

マリア・ティマコワ:国際連邦統治委員会の大臣にあたる委員の一人

李勝文:(リー・ションウェン)タクシー運転手、ヒカリが大陸で最初に出会った人物

朱菊秀:(チュ・ジューシウ)タクシー運転手李勝文の妻

劉俊豪:(リウ・ジュンハオ)人材紹介業者、コンピュータ系に強い

 その日、27日金曜日の夜明け、ヒカリ一行の進路方向遠くに、ネオ・ティエンジンが認められた。近づくにつれ、その姿が晴れた空のもと徐々に大きくなる。

 ヒカリが目覚めたのは6時頃。振り向くと、昨日午後に睡眠をとっていた潘雪梅の[おはようございます]の声。

「変則的な睡眠で大丈夫ですか」とヒカリ。

[はい。職務柄、慣れっこになっていますから]と、ニコニコしながら言う潘雪梅。

 その声を聞いて、交替で睡眠をとっていた潘雪蘭が目覚める。

 ダイチは相変わらず眠っている。昨日、非常食の夕食をすませてお茶を飲むと、すぐに眠ってしまった。ふだんの寝不足のせいだろう、かれこれ10時間は眠っている。

「コーヒー淹れますけど、お飲みになります?」

[はい][いいえ]と双子が同時に、相反する答えをする。

[私はコーヒーをいただきます]潘雪蘭。

[私はお茶を淹れて飲みます]と潘雪梅。

「じゃあ、お茶も一緒にわたしが用意しましょう」とヒカリ。

 ネオ・シャンハイと同様の構造物の、その天井部分を見上げるほどにネオ・ティエンジンに近づいたころ、アルトはマリンビークルの基地へ向かうべく潜行を始めた。

 ティエンジン・レフュージのマリンビークル基地にアルトが接岸したのは予定の8時を少し過ぎた頃。

 ヒカリがダイチを起こす。「まだ寝足りない」といった風のダイチに、さっき用意していたコーヒーを無理やり飲ませる。

 キャノピーを上げずに非常食の朝食をとり、お茶を飲んで一息入れると9時。

「さあ、では任務を果たしに参りましょうか」とヒカリ。

 アルトがキャノピーを上げる。ダイチ、ヒカリ、双子の順で埠頭に上陸する。

 レフュージのエントランスへはヒカリが先頭になって進む。

 コントロールパネルを開いてセンサーにPITからヒカリがイマージェンシー・キーのシグナルを送信しようとすると、扉の前に双子が立って、レーザー銃を構えた。

 スライド式のドアが開く。何事もなく、一行は潘雪梅、ヒカリ、ダイチ、潘雪蘭の順にレフュージ内部に入った。

 基地のコントロールセンターのセンサーに、ヒカリのPITからイマージェンシー・キーを送ると、天井のライトが点灯する。先ほどの隊列で一行はさらに奥へと入っていく。

「ボクたちが今いるのは、ネオ・シャンハイと同じで地下の第6層なのかい」とダイチ。

「ええ、これから一つ下の第7層に行きます」とヒカリ。

 PITの道案内でエレベーターに乗り、1層降下してさらに第7層を進む。

「ネオ・トウキョウを発つ前に、ネオ・シャンハイとネオ・ティエンジンに関する情報をPITに落としたの」とヒカリ。

 しばらく進むと避難スペースの一つに着く。運動場が一つ、すっぽりと入ってしまいそうなスペースの中に入り、壁際を進むと、透明な樹脂で囲われた一画。大きなマシンがあり、端末機器、モニター等が整然と並んでいる。目的地であるオペレーションルームだ。

 入り口近くのセンサーに、PITからイマージェンシー・キーを送ると、かすかな唸り音とともにサーバーが起動する。マシンの中央に面したデスクの前の椅子に腰かけて、ヒカリは目の前の端末と、接続するモニターの電源を、それぞれオンにする。

「これがメインコントロール端末なんだね」とダイチ。

「ええ、そう」と言いながらヒカリは、モニターのタッチパネルを何やら操作している。

 双子の警務隊員はオペレーションルームの入り口に立っている。一人は内側に向いて、もう一人は外側に向いている。

 しばらくタッチパネルを操作すると、ヒカリは持ってきた小さいほうのカバンから例の「箱」を取り出した。端末のいくつかあるポートを確認し、「箱」のケーブルのコネクタとマッチするものに差し込む。再びタッチパネルを操作し、確認する。

「よし。設置完了!」

「大丈夫? マザーAIに感知されていない?」とダイチ。

「ノイズは最小限になるようにしたから。あとはアーウィン部長にお任せというところね」

 ヒカリの作業がすむと、時刻は10時過ぎになっていた。

「避難スペースを少し見ていきましょう。構造はネオ・シャンハイと同じだから」とヒカリ。

 縦横に幅3メートルほどの通路が走っている。通路に囲まれた幅6メートル、長さ20メートルほどの区画にカーペットが敷かれている。ここが、避難民が避難当初一時的に過ごすスペース。一人あたりの割り当ては3メートル×1メートルで3平米。一通り回ってみると100区画ほどがある。このスペースだけで最大4000人ほどが収容されることになる。

 避難スペースの区画を見るヒカリとダイチ。双子はその両脇で周囲に目をこらしている。

「このままだと開けっぴろげで、プライバシーが確保できないね」とダイチ。

「縦、横とも1メートルごとに床がせり上がって壁ができるようになっている」とヒカリ。

「どうやって?」

「専用のタブレットで、上げたり下ろしたり操作するみたい」

「なるほど、そうやって同じ空間で過ごす人数に応じて、仕切ることができるんだね」

「あとはカーテンをつけたり、衝立を立てたりするんでしょうね」

「けれど、ネオ・シャンハイに避難して、ずっとこの場所で耐えられるだろうか」とダイチ。

「ここは避難した当初、一時的に収容されるスペース。しばらく過ごしたあと、家族構成とかに応じて個室が割り当てられて、そちらに移ることなる」

「それにしても相当な期間、このフロアで過ごさなければならないんだよね」

「病院はいうまでもなく、図書室や学習室。トレーニングルームに娯楽室、オフィススペースや多目的スペースなんかがあって、昼間の時間を過ごせる場所がいろいろと用意されているらしいわ。覗いてみますか?」

「いずれネオ・シャンハイで見ることになるだろうから、今日はこれくらいにしておこう」

「了解」と言うとヒカリは、潘雪梅と潘雪蘭に声をかける。

「そろそろ戻りましょう。帰りもよろしくお願いします」

 今度は行きとは反対に潘雪蘭が先頭に、潘雪梅が後尾に着いた。とはいえ、どちらがどちらか、いまだにヒカリとダイチにはわからない。

 来るときにオンにした電源などをすべてオフにしながら、ヒカリ一行は第6層のマリンビークル基地に戻った。埠頭側に入ってスライドドアを閉じる。

「ティエンジンとも、お別れね」とヒカリ。

「キミの残してきた分身が活躍…しないほうがいいんだよね」とダイチ。

「そう、その通り。それではアルト。帰りもよろしくお願いしますね」

「はい、ヒカリさん」とアルトが言うとキャノピーが上がり、4人が乗り込む。

 11時少し前、アルトは帰路につくべく発進した。

「帰りは直接埠頭に向かって下さい。予定はどんな具合かしら」とヒカリがアルトに聞く。

「本来なら明朝7時頃到着ですが、低気圧の影響で一部の海面で波が高くなる見通しです。潜行は不要ですが、減速しなければならないので、1時間程度遅くなると思われます」

「了解。では8時頃到着予定ということで、周光立と高儷、李勝文にMATES送っときます。大きく変わりそうなら教えて下さいね、アルト」


 その日の17時頃、周光立と高儷が取り組んでいた、申入書原稿の中文版と英文版が仕上がった。さっそく上海真元銀行の融資約款と預金約款とともに、MATESでアーウィンとミシェル・イーへ送信する。

 周光立がコーヒーを淹れて持ってきた。

[ありがとうございます]と高儷。

[お疲れ様でした]と周光立。

[連邦職員のときも文書の作成をやりましたが、今回はそれと比べても相当ハードでした]

[短時間でしたしね]

[それに、上海や武漢、重慶、成都のみなさんの、その、命運というんでしょうか、それがかかっているかと思うと…]

[私も同じですよ。まあ、あとはアーウィン部長とミシェル・イーの判断に委ねましょう]

 18時に、昨日と同じく4人の会議が始まる。

【よくできていると思う。これで大丈夫かな、ミシェル・イー?】とアーウィン。

【はい。昨日議論になった部分と課題として上がった部分が、しっかりと盛り込まれていると思います】とミシェル・イー。

【ひとつ、昨日聞いておくべきだった点ですが、教育制度について確認させて下さい。各地域に小学校と初級中学があり、その上は上海に高級中学があるということですが、それ以外に教育機関はないのですか。専門性の高い職業のためのコースとか】

[はい。医師や法律職、初中と高中の教員については、高中卒業後に試験に合格した志望者を対象とする、養成校があります。看護師や保育士、小学校教員、エンジニアやビジネスパーソンなどは、初中卒業後の志望者を対象とする訓練校があります]と周光立。

【ということは、養成校は上海に、訓練校は各地域にあるということですね】

[そうです]

【いまお聞きした内容を、わたしのほうで追記してもよろしいでしょうか】

[お願いします]

 エア・ディスプレイで中文と英文の原稿に手を入れるミシェル・イー。書き終えると、その部分の原稿を周光立と高儷に見せる。

[大丈夫です]と周光立。

【それでは、これで申入書完成ということにしよう】とアーウィン。

 中文、英文の原稿に周光立が電子署名をし、ミヤマ・ダイチの電子委任状を添付して正式の申入書ができ上がった。

【私からファン・レイン総務局長に渡して、総務担当のマリア・ティマコワ委員から委員会に提出してもらうことにする】

[よろしくお願いします]と周光立。

【本当にお疲れ様でした】とミシェル・イー。

【これだけ短時間でできたのも、あなたのおかげですわ、ミシェル・イー】と高儷。

【みんなを労うために一杯、といきたいところだが、あいにく月と地球に離れてて、しかもこちらはこれから執務時間だからね】

[いずれ、みんなでご一緒できることがあると、いいですね]と周光立。

【そうだね。ぜひそうしたい】


 二日間の緊張が解けた周光立と高儷。完成した申入書をダイチとヒカリに送信すると、李勝文に連絡して、以前に連れて行ってもらった第3地区の料理店で、ささやかな宴を張ることとした。朱菊秀と劉俊豪も加わる。

[今日は、シカリと楊大地の坊ちゃまはどうされたんで]と李勝文。

[さあ、二人でハネムーンとでもしゃれこんでるんじゃないかな?]と周光立。

[たしかお二人は、いとこ同士では?]と劉俊豪。

[実は、ちょっと用事があって、今、海の上なんですよ。警務隊員の監視付きで]と高儷。

[一体全体、さっぱりわけがわかんないが、まあ、達者でいるならいいですが]と李勝文。

 そろそろ宴も終わりという22時頃、周光立と高儷のPITにMATESが入った。アーウィンから【申入書が、先ほど委員会に提出された】との知らせ。

[なにやら嬉しそうですが、なんかいいことでもあったんですかい?]と李勝文。

[はい。大いなる一歩前進です]

[そうかい。それじゃあ最後にもう一度、乾杯だね]と朱菊秀。

 残っていた黄酒をボトルから各自のカップに注ぎ、乾杯をする。


 アーウィンのメッセージを洋上で受け取ったヒカリとダイチは、そのまま上海へと向かった。アルトの言っていた「低気圧による波」の揺れは、眠っている間にやり過ごせた。

 翌28日、曇り空の下アルトは、長江から黄浦江を遡り第7地区外れの埠頭に接岸した。8時少し過ぎ。李勝文のタクシーと警務隊の車が止まっている。周光立と高儷がお出迎え。

[ありがとう。ご苦労だった]

 周光立は潘雪梅と潘雪蘭にと声をかけ労う。

 高儷は接岸しているマリンビークルのほうへ行き声をかける。

[アルトですね。その節はお世話になりました]

[高儷。お久し振りです。またお会いできて嬉しいです]と中国語でアルト。

 双子の警務隊員は警務隊の車で一足先に埠頭を離れた。

「アルト、ありがとう。ネオ・シャンハイの基地に戻って下さい」とヒカリがアルトに言う。

「わかりました」

「近々、またお世話になると思うので、よろしくね」

 アルトは、埠頭を離れて黄浦江を下って行った。

 4人は李勝文のタクシーで周光立の自宅へ行く。休憩をして軽く昼食をとると、ダイチ、ヒカリ、高儷は武昌へと向かった。

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