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第40章 切れ者揃い

武漢ウーハン自経団は、漢陽ハンヤン漢口ハンコウ武昌ウーチャンの3つの地区からなり、それぞれに自経団の支団が組織されている。武漢自経団の責任者たる書記と副書記2名は、原則として支団の責任者である支団書記を兼務している。


人口40万の上海には10の自経団があり、それらを統括する自経総団が置かれている。自経総団は総書記と原則として9人の副総書記で構成され、それぞれ1つの自経団の書記を兼務している。


国際連邦本部は月にあり、立法府たる評議会、行政府たる統治委員会、司法府たる最高裁判所から構成される。統治委員会は、内閣にあたる委員会の傘下に、専門分野ごとの局が設置されている。


主な登場人物


ミヤマ・ヒカリ:本作のメイン・ヒロイン、ネオ・トウキョウでターミナルケアを生き延びた。大陸の武昌に辿り着き、コンピュータ修理の仕事をしつつ、武昌支団の非常勤の幹部を務めている

ミヤマ・ダイチ:ヒカリの従兄、中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、武漢副書記兼武昌支団書記

周光立:(チョウ・グゥアンリー)ダイチの同級生で盟友、上海自経総団副総書記兼第4自経団書記、上海の最高実力者周光来の孫

高儷:(ガオ・リー)本作のサブ・ヒロインの一人、ネオ・シャンハイのターミナルケア生き残り、今は武昌支団に勤務する

ミシェル・イー:本作のサブ・ヒロインの一人、香港系中国人で本名は于杏 (イー・シン)、国際連邦総務局レフュージ統括部のリーダー職

アルバート・アーネスト・アーウィン:国際連邦統治委員会情報通信局情報支援部長、ヒカリの連邦職員時代の上司

袁毅志:(ユエン・イージー)上海の食品卸業者

周光武:(チョウ・グゥアンウー)周光立の従兄、上海自経総団副総書記兼第7自経団書記、上海の最高実力者周光来の孫

 ヒカリとダイチが、双子の警務隊員と一緒に穏やかな航海を続けているころ、上海の第18支団オフィスでは、周光立と高儷が、申入書原案の起草作業に取り組んでいた。

 朝方4人で骨子をまとめたのち、周光立は、ミシェル・イーが言っていた上海真元銀行関連の資料を、上海真元銀行理事の蕭凱に依頼して送ってもらった。定款と財務関連の資料、それに直近3回分の理事会の議事録などだ。

 申入書原案の作成作業は、周光立が中文の原稿を作り、高儷が査読し不明点を確認したものを翻訳機にかけ、アウトプットに高儷がチェック・補正をして英文原稿とする形で行われた。上海時間17時の打ち合わせまでに、全体像がわかるだけのものを作らなければならない。支団スタッフに買ってこさせたサンドウィッチを食べながら、昼食時間も作業を続けた。

 16時を過ぎた頃、以下の項目について記載した申入書原稿が、いったん仕上がった。

1.申入事項

 ①上海自経総団および武漢、重慶、成都自経団の連邦暫定統治機構への加入

 ②住民への連邦市民の地位付与とシャンハイ・レフュージへの避難

 ③現在の自治組織・通貨システムの継続

 ④避難準備時と避難時の支援要員の連邦からの派遣

2.目的

 ①恒星間天体マオのインパクトにより予想される災害及びその後の気候変動の影響を

避けること

 ②避難後の社会・経済に混乱をきたさないため、現在の自治組織、通貨システムを

継続すること

3.自治組織・通貨システムについての詳細説明

 ①自経団について

 ②上海真元銀行について

付)上海真元銀行に関する資料(中文のみ)


[どうでしょう、高儷?]と周光立。

[一通り必要な事項は揃ったと思います。これをお見せしてアーウィン部長とミシェル・イーのご意見を伺うのがよろしいかと]

[了解です。では、これでいったん先方に送信しましょう]

 そう言うと周光立は、アーウィンとミシェル・イーのMATESアカウントに、申入書原稿と上海真元銀行資料を送信した。

 17時からPITで結んだ4人の会議。

 例のサーバルームから開口一番、アーウィンが周光立と高儷に労いの言葉をかける。

【短い時間で大変だっただろう】

[ありがとうございます。では、私から説明させていただきます]と言うと、周光立は内容と意図について説明を行う。

 一通り説明が終わったところで、ミシェル・イーが口を開く。

【申入事項と目的については、ほぼ問題ないと思います。いくつか表現が気になった点がありましたので、あとで、MATESでお伝えしたいと思います。ご確認下さい】

【ありがとうございます】と高儷。

【問題は、自治組織と通貨システムについての部分です。まず、自経団について。班を単位とする直接民主制がベースの統治組織とお見受けしましたが、民主的手続きがどのように機能しているか、特に、幹部に対する住民のチェック機能を担保する制度があるか、より詳しく書いていただき、民主的な組織であることを強調するのがよろしいかと思います】

[わかりました、ミシェル・イー。制度についてより詳しく盛り込むことにします]

【自経団の運営などの行政経費は、どのように賄っているのですか】

[住民は自経団の団員として、団費という形で行政経費を負担します]

【一種の住民税ですね。率は?】

[収入に応じて5%から20%です。ただし高額所得者には「寄付」という名目でさらに負担を引き受けてもらっています]

【法人はいかがですか?】

[総収入の5%または利益の20%から30%を法人団費として納入してもらっています]

【それでは、団費と算定方式についても、記載して下さい】

[了解です]

【それから通貨システム、というより金融システム全般ですが、上海真元銀行が、通貨の発行をベースに、決済機能、預金機能、融資機能を提供している、ということですね】

[その通りです]

【株式や債券はいかがですか】

[もちろん、株式や社債の発行を行っている企業はあります]

【自経団は債権を発行しないのですか】

[していません]

【株式や社債の流通市場はありますか】

[ありません]

【上海真元銀行が株式、債権、手形の買い入れを行うことはありますか】

[株式、債券の買い入れは行いません。手形の割引には応じます】

【わたしからもいいかな?】とアーウィン。

【決済の電子化、という点ではどういう状況だろうか】

[そうですね。預金の入出金、口座からの引き落とし、振り込みなどは電子化されています]

【手形や小切手は、電子化されていないということかな】

[はい。紙を使っています。もっとも手形や小切手による決済自体がほとんどありません]

【店頭決済は? PITによる決済はないのかね?】

[PITを使って店頭引き落としができる仕組みはありますが、現金決済が主流です]

【それと気になるのは、これからネオ・シャンハイへの移動にかかる費用だ。莫大なものになると思うが、どのように賄うことになっているのだろうか】

[自経団の手持ち資金で賄えない分については、上海真元銀行からの超長期の無利子融資という形をとることになっています]

【そうすると、資料にある融資残高は、大幅に膨らむ見込みですね?】とミシェル・イー。

[はい、その通りです。どの程度の規模になるかは、まだ試算できていませんが]

【額はともかく、その点を上海真元銀行についての説明の中に、記載するべきかと思います】

[わかりました。記載します]

【今日のところは、これくらいでいいかな?】とアーウィン。

【そうですね、添付の資料に、上海真元銀行の融資約款、預金約款も加えていただければと。それ以外はありません】とミシェル・イー。

【周光立、高儷、なにか質問や確認しておきたい事柄があれば】

[大丈夫です。今日議論した内容を盛り込んだものを、明日用意してお見せします]

【明日もよろしくお願いします】と高儷。

【そうそう、ひとつお聞きしてきたいことがありました】とミシェル・イー。

【上海はじめ4地域には、ウイグル人はどれくらい住んでいますか?】

[ええと…たしか上海だけで、300人程度はいると記憶しています]

【わかりました。ありがとうございます】


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[あちらさんの思惑通り、相当話が進んでいるということじゃないか]と袁毅志ユエン・イージー。彼は食品卸業を営んでいる。

[それにこちらの勢力は、小さくなる一方だ]

[残念ながらそのようだな]

[一時は4割ほどいたシンパが1割を切る水準になっている]

[…]

[キャラバン・コネクションの連中が、切り崩されたのが大きい]

[武漢の物流業者の女総経理が、活躍したらしい]

[あちらさんも相当、「切れ者揃い」だな。あんたのいとこはいうまでもなく]

 第35支団オフィス内の第7自経団書記の執務室。AF党党首でもある袁毅志と周光武が声を落として話している。

[…畜生、このままでは、じり貧っていうやつだ]と吐き捨てるように袁毅志。

[たぶん、やつらの連邦との交渉は、成功するだろう]

[それでいいのか? 周副総書記]

[まあ、焦るな。おれは、勝負はその後だと考えている。切り札に関する重要な情報が、もうすぐ入手できる手筈になっている。詳しい話はそれからだ]


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 袁毅志の言うところの「あちらさんの切れ者」には、そんなことを言われているとはつゆ知らず、一路ティエンジンへ向かっている、ヒカリとダイチも含まれているのだろう。

 そして上海にいる「切れ者」の一人、高儷は、周光立と自分のために簡単な夕食と朝食を手際よく用意し、翌日の朝9時頃から、申入書作成の続きに周光立と取り組んだ。周光立は上海真元銀行理事の蕭凱に再び連絡し、融資約款と預金約款を送るよう依頼した。それから二人で、昨日の会議の際に話題になった事項と、あとからミシェル・イーがMATESで送ってきた指摘事項を確認し、文案に盛り込んだ。

 今日も昼はサンドウィッチを食べながら進める。作業が一段落すると、「自経団が民主的な組織であることを強調する」ために盛り込むべき事項について、話し合った。

[まずは自治組織の単位である、班の独立性でしょうね。班の決議には、区長も特段の事情がない限り介入できないのですよね]と高儷。

[その通り。だから、班員であっても支団副局長以上の幹部と区長・副区長は、原則として決議に加わることができない]と腕を組んだ周光立。

[議事の秘密も厳重に守られているとか]

[そう。それから、自経団や支団による決定事項といえども、特定の班や班員の利害に関係する事項は、その班の決議による同意がないと実行できない]

[それも重要なポイントですね]

[班の決議による役職者の解任請求の制度もある]

[なるほど。幹部に対する牽制機能、ですね]

[まず、区長・副区長については、過半数の班の決議によって解任請求を法院に対して行うことができる。法院が「是」とすれば解任は成立する。法院が「非」としても、3分の2以上の班が再度決議すれば、法院の判断に関わらず、解任が成立する]

[自経団や支団の幹部については、どうですか?]

[支団副書記以上の役職者については、一つの区の過半数の班の決議による請求があれば、区長は法院に対して解任請求を行わなければならない]

[法院が「是」とすれば解任が成立するのですね。「非」の場合は?]

[その点は明確な規定がない。ただし、これまでにあったこの規定に基づく事例では、区長が法院に対して解任請求を行った時点で、対象となった役職者は辞任をしている。慣例として確立されている、と考えていいものと思う]

 一呼吸おいて周光立が言う。

[思いつく点はこれくらいですが、高儷、いかがでしょう?]

[教科書的な「民主政体」とは異なるけれど、民主的手続きが、制度上ある程度保証されている、ということで十分アピールできると思います]

[よし、この線で文案をまとめましょう]

 組んだ腕を外して、周光立が中文の原稿を作り始める。仕上がったものから高儷が確認し、翻訳機にかけ、チェックし英文原稿を完成させる。二日間の作業も大詰めに入った。

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