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第39章 アルトふたたび

武漢ウーハン自経団は、漢陽ハンヤン漢口ハンコウ武昌ウーチャンの3つの地区からなり、それぞれに自経団の支団が組織されている。武漢自経団の責任者たる書記と副書記2名は、原則として支団の責任者である支団書記を兼務している。


人口40万の上海には10の自経団があり、それらを統括する自経総団が置かれている。自経総団は総書記と原則として9人の副総書記で構成され、それぞれ1つの自経団の書記を兼務している。


国際連邦本部は月にあり、立法府たる評議会、行政府たる統治委員会、司法府たる最高裁判所から構成される。統治委員会は、内閣にあたる委員会の傘下に、専門分野ごとの局が設置されている。


主な登場人物


ミヤマ・ヒカリ:本作のメイン・ヒロイン、ネオ・トウキョウでターミナルケアを生き延びた。大陸の武昌に辿り着き、コンピュータ修理の仕事をしつつ、武昌支団の非常勤の幹部を務めている

ミヤマ・ダイチ:ヒカリの従兄、中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、武漢副書記兼武昌支団書記

潘雪梅:(パン・シュエメイ)双子の警務隊員(姉)、第18支団所属、周光立の部下にあたる

潘雪蘭:(パン・シュエラン)双子の警務隊員(妹)、第18支団所属、周光立の部下にあたる

アルト:トウキョウ籍のマリンビークル「TYOMV0003」、ネオ・トウキョウからヒカリを上海に運び、高儷の脱出を助けた、今はネオ。シャンハイの基地に停泊している

ジョン・スミス:ドイツ人、武漢の電気電子修理工房の店主、ヒカリの雇い主にして武昌支団の非常勤の幹部を務めている

張子涵:(チャン・ズーハン)本作のサブ・ヒロインの一人、武漢で物流業者を営むとともに武昌支団の非常勤の幹部などを務めている

 キャノピーが上がり、4人はアルトに乗り込む。最初にダイチが前列右側の席に座り、続いてヒカリが前列真ん中の席につく。警務隊員の制服を着た双子は、中列の右側と真ん中に座る。ショートカットにあどけなさの残る同じ顔をした20代の二人。ヒカリとダイチには、どちらがどちらかわからない。

 4人が着席したことを確認してキャノピーが下りる。

「アルト、最初にネオ・シャンハイへ向かってちょうだい」

「了解です。ヒカリさん」

 黄浦江の流れの中央へゆっくりと進み、下流へ方向を変えると、アルトは速度を上げた。使われることのなくなった橋をくぐり、流れのまま左へ曲がる。くねくね曲がる川をなるべく直線で進み、右へカーブを切ると黄浦江の河口、長江との合流点に着いた。30分弱。

 長興島を避けるように左へ舵を切り、さらに速度を上げて長江を少し遡ると右へ曲がり、崇明島へと向かう。正面に聳え立つネオ・シャンハイが近づいてくると、アルトは潜行して、マリンビークル基地の入口へ向かう。

 上海街区の埠頭を発って約1時間。アルトは基地の埠頭に接岸し、キャノピーを上げた。

「わたし以外は、ネオ・シャンハイは初めてですね」とヒカリ。

[はい]と双子が声を揃えて言う。

 ヒカリが二つ持ってきたバッグのうち、大きな空のバッグを持ち、みんなで非常食を調達に行く。ヒカリとダイチの先を双子の姉、潘雪梅が行き、妹の潘雪蘭が後ろからついてくる。二人はいつでもレーザー銃を抜けるよう、腰のホルダのところに手をやっている。

 ヒカリのPITの道案内で、非常食のストックヤードに着くと、4人の今日の昼食から土曜の朝食まで賄える分に予備を加え、水と飲み物 (もちろんコーヒーも)をバッグにつめると、再びアルトに戻る。ちょうど12時。

「それではアルト、ネオ・ティエンジンに出発しましょう」

「了解です」

 キャノピーが下りて、アルトのモーター音が再び唸り始める。

 長江の河口を過ぎて外洋に出たところで、ヒカリはアルトを停止させる。

「前のときみたいに、少しキャノピーを上げてもらっていいかしら」

「わかりました」

 キャノピーを少し持ち上げると、湿り気と独特の香りを含んだ空気が入ってくる。

「これが海の香りなんだね」と感慨深げにダイチ。

「あなた方も海は初めてですね」とヒカリ。

「はい」と声を揃えて言う双子。

 数分そうしていただろうか。

「そろそろ下ろしますね。アルト、キャノピーを下ろしてちょうだい」

「わかりました。では発進します」

 アルトは左にターンし速度を上げた。黄海を真北に向け、ティエンジンへと進路をとる。

「アルト、予定はどうかしら?」

「はい。天候は上々で波も穏やかです。このまま海上を航行して所要予定20時間。明朝8時には、ネオ・ティエンジンに到着できる予定です」

「了解。よろしくお願いしますね」

 ヒカリは他の3人に向かって、非常食を詰めたバッグのジッパーを開きながら言う。

「それでは、船内での最初のお食事といきましょうか」


 昼食後、双子の一人、潘雪梅がリクライニングを倒して眠り始める。

[24時間対応できるよう、交替で睡眠をとるのです]と潘雪蘭。

「ヒカリ、ティエンジンで何をするのか、ちゃんと説明してくれないか」とダイチが聞く。

 起きている潘雪蘭のほうに目をやるヒカリ。

 襟元の警務隊のバッジに触れながら潘雪蘭が言う。

[警務隊員として守秘義務があります。一切口外しません。周副総書記以外には]

 それを聞いて、おもむろに話し始めるヒカリ。

「ええと…アーウィン部長に聞かれて、『独立運動』と言ったわよね」

「ああ、そうだね」

「『シャンハイ・レフュージが連邦から独立する』という意味合いで言ったわ。交渉が決裂した場合、ネオ・シャンハイを連邦から奪取して、避難場所に使えるようにするの」

「そんな…一体全体、そんなことが可能なのかい?」と訝しげにダイチ。

「ネオ・シャンハイをコントロールするシスターAIを、マザーAIから切り離せば、原理的には可能です。けれど、マザーAIにしか装備されていない、『ハーツ』という基本制御ユニット無しには、すべてのAIが稼働できない。ネオ・シャンハイを連邦から切り離して動かそうとすると、その『ハーツ』をコピーして、シスターAIに装備する必要があるの」

「けれどマザーAIも、そう簡単にはそんなこと見逃してくれないだろう」

「そうね。そんじょそこらの端末からやろうとしても無理。シャンハイ・レフュージの、メインコントロール端末からアクセスすることが第一条件。統治府のオフィス以外に、避難スペースのオペレーションルームに、同じ機能の端末が設置されている」

「じゃあ、なぜティエンジンに行って、事前工作をしなければならないの?」とダイチ。

「ハッキングですから、当然マザーAIも防御と反撃をしてくる。わたしの計算ではどんなに頑張っても、『ハーツ』をコピーし終えて、シスターAIを切り離すまでに必要な時間の6割しか、時間が稼げない」

 一呼吸おいてヒカリが言う。

「援軍が必要になるわ」

 合点がいった、という風にダイチが言う。

「なるほど、それでネオ・ティエンジンのAIを使うわけだね」

 二つ持ってきたもう一つの、二泊三日分の着替えなどが入った小さめのバッグから、ヒカリは、長さ15cm、幅10cm、高さ3cmほどの、樹脂製の箱を出してダイチに見せた。

「これをティエンジンのオペレーションルームの端末に、こっそり接続するの。わたしのPITから遠隔操作で、シャンハイから行うハッキングと同じ動作を、ティエンジン・レフュージのシスターAIから行わせることができる。2ヵ所から同時にハッキングされると、わたしの計算ではマザーAIに1.7倍から1.8倍程度の負荷がかかるはず。上海の『ハーツ』装備と切り離しに必要な時間が、何とか稼げるようになる、ということ」

「そうか。ジョンが『最近ヒカリが遅くまで熱心になんかやっている』と言っていたが、これを作っていたんだね」

「そう。武漢では手に入らない部品は、周お爺様とお会いしたときに、上海で買い揃えたの」

「じゃあ、その頃からもう計画していたんだ」

「対決する相手としてのマザーAIの手ごわさはよく知っているから」

「けれど、『シャンハイ・レフュージの独立』は、マザーAIだけでなく連邦の人間もそう簡単には認めてくれないだろう?」

 ヒカリが後ろの座席に目をやる。寝息を立てている潘雪梅。ニコニコしている潘雪蘭。

「ひとつ既成事実を作ったところで、改めて交渉に臨むことになるのでしょうね、結局は。それでも、レフュージをひとつ、現実として確保しているかいないかでは、全然違うと思う」

「そのようなことになったときに、アーウィン部長とかには迷惑はかからないかな?」

「たぶんわたしの考えていることはお見通しで、それでも支援してくださると思う」

「なるほど。『取り計らう』というのは、ティエンジンでのキミの工作を目立たないようにしてくださる、ということなんだね」

「ノイズが報告されたときに、突っ込んだ原因究明をさせないよう手配して下さるはず」

「他の人たちはどうかな?」

「きっと大丈夫。連邦の科学者やエンジニアはみんな、『マザーAIに一泡吹かせたい』という気持ちを、どこかにもっているものなの」と言うと、ヒカリはアルトに話しかける。

「アルト、いままでわたしがダイチに話したことは、絶対に秘密ですからね」

「はい。私にも守秘義務がありますので」

「その割には高儷に、わたしのPITの番号を教えたわね?」

「あれは…助けを求めている方がいらっしゃったので、必要最小限の情報開示を行ったのですが、まずかったでしょうか?」

「いいえ、あのときはあれで大正解でしたよ」

「それならよかったです」

「近々、アルトも高儷と再会することになるでしょう」

「楽しみにしています」

 穏やかな海面をアルトは滑るように疾走する。揺れはほとんど感じない。

「そういえば、この前、持盈との交渉で張子涵を武漢から上海に連れて行く途中、彼女が『ハネムーン』について話をしていたんだ」と話題を変えるダイチ。

「どう言っていたの」とヒカリ。

「二人でエアカーに乗っているのが、『ハネムーン』のように見えるか、と言っていた」

「へええ…で、あなたはどう言ったの」

「『見えるとしたら同性カップルだろう』って言った」

「あらら…」(なるほどね。なんて女心のわからないヒトなんでしょう)

「今のボクたちは、『ハネムーン』に見えるかな?」

「マリンビークルでしかも護衛付きだから、相当なVIPのハネムーンになるでしょうね」

「武漢自経団副書記では、VIPとしては不足かな?」

「自経団副書記といえば」と、今度はヒカリが話題を変える。

「自経団の幹部は、レーザー銃を持たされているって聞いたけれど、本当?」

「武漢の場合、支団副書記以上と公安局の局長、副局長、局長助理には、護身用のレーザー銃が支給されている」

 ダイチは上着のポケットからレーザー銃を出して、ヒカリに見せた。

「これって、警務隊員の銃と同じなの?」

[ご覧になりますか?]と後ろから潘雪蘭の声。ホルダーから銃を出してヒカリに見せる。

「へえ、同じなんだ」

「銃自体は同じ型式のものだけれど、使えるモードに違いがある」

「モードって?」

「撃った相手に与えるダメージの弱いほうから順に、衝撃モード、失神モード、殺害モード、とある。このうちボクたちの銃は、衝撃モードしか使えないようにロックがかかっている。警務隊員のもつ銃は、すべてのモードが使えるようになっている」

[けれど、自身の判断で使えるのは失神モードまでで、殺害モードの使用は、警監以上の幹部からの命令がある場合に限られています]と潘雪蘭。

「なるほど、厳重なのね」と感心深げにヒカリが言う。

[ちなみに衝撃モードには、ビリビリとした軽い衝撃が走る程度から、立っていられないほどの衝撃を与える程度まで、5段階があります]

「ボクたちは大抵、下から2段階目に設定した状態で携行している」

「さっき言っておられた警監とはどういう方ですか?」

「警務隊員のうち警務隊長のひとつ下の、局長助理クラスの階級だ」

「差し支えなければ、お二人の階級を教えていただけますか?」

[ふたりとも警司です。5階級あるうちの下から2つめです]と、相変わらずニコニコしながら潘雪蘭が答える。

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