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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

裏切り者の婚約者に「殺さないでくれ!」と言われましたが、私って悪役令嬢ですわよね?

 



「殺さないでくれ!」


 裏切り者の元婚約者が目の前に跪き、縋り付きながら懇願してきます。

 私はそれに侮蔑の眼差しを送りながら、左手に持った杖で払うようにして彼の頬を打ちました。

 

「私って、悪役令嬢ですわよね?」


 金品に目がくらみ、私を『悪役令嬢』と罵り、私の家族に『売国奴』と無実の罪を着せ、公衆の面前で断罪してきた元婚約者である母国ザンジルの第四王子――アロイス様。

 彼のおかげで、私たち家族は国外追放に。

 両親と妹は…………追放後に予定調和のごとく起きた馬車の事故でこの世を去りました。

 運良く一命を取りとめた私は、復讐の鬼と化したのです。


「貴方が私をこうしたのですよ? これは、因果応報です。甘んじて、死になさい」


 少し乱れてしまった黒髪を耳にかけ、スッと右手をあげると、処刑人たちがアロイス様の両腕を掴み、引きずるようにして断頭台へと連れて行きました。


「嫌だぁぁぁ! 死にたくない! 父上っ……助けて」


 自慢の金髪を振り乱し泣き崩れるアロイス様から目を背けるようにして、ザンジルの国王陛下が斬首を命じました。


「嫌だ嫌だ嫌だいギャ……ダ………………」


 ゴトリと落ちたそれに、急いで布が覆い被せられました。

 

「…………満足かね?」

「あぁ、満足だとも。私はな」


 私が返事をする前に、隣に立っていたヘンドリック様がそう答えていました。

 ヘンドリック様は隣国の王太子殿下で、私を保護してくださっている方です。彼がいなければ、私はこのように復讐ができなかったでしょう――――。




 ◆◆◆◆◆




 壊れた馬車、死んでいる馬たち。

 そして、両親と妹の亡骸の側に座り込み、ただ呆然と満月を眺めていました。煌々と光をまき散らすそれは美しくもあり、忌わしくもありました。

 私を裏切った元婚約者のようで。


「――――大丈夫か!?」


 男性の声が微かに聞こえました。

 耳鳴りが酷くて、上手く聞き取れません。


「怪我は!?」


 ポンと肩に手を置かれ、そちらを振り向くと燃えるように赤い髪をひとつ結びにした、どこかで見たことのある男性。

 

「君は…………」


 大きく見開かれた、印象的なエメラルドグリーンの瞳。


 ――――あぁ。


 隣国の王太子殿下。

 私が断罪された建国祭の夜会に参加されていました。今の反応からするに、私が誰か気付いたのでしょう。

 このまま立ち去るだろうと思い、彼に向けていた視線を憎い満月へと戻しました。


「っ……失礼する」


 そんな声と同時に、視界がぐらりと揺れ、ふわりとした浮遊感。何が起こったのか理解できないままに、両親と妹の亡骸のそばから離されてしまいました。


「や……ミーナ、お母様、お父様っ…………いやっ」


 彼の腕から逃れようと身じろぎするも、びくともしませんでした。


「心配するな。彼らは丁重に弔うと約束する。先ずは君の怪我からだ」

「…………怪我?」

「っ、気付いてなかったのか……すまん」

 

 申し訳無さそうな瞳で謝られた意味は、直ぐに理解できました。人は、怪我を認識した瞬間から痛みを感じますから。

 ズキンズキンと痛みだす左脚に目を向けると、膝から下がぐにゃりと変な方向に向いていました。

 

「でんっ…………()()()()


 ――――ヘディ?


 慌てた様子で駆け寄ってくる執事服を着た男性。

 彼が王太子殿下に向かって掛けた名前に、違和感を覚えました。王太子殿下のお名前は、確かヘンドリックだったはず。

 もしかしたら、身分を知られたくない?


「座席は空けたか?」

「はい…………ですが、()()()

 

 ――――あぁ、知られているのね。


 眉間に皺を寄せ嫌悪感をあらわにする執事に、少しだけ同情しました。こんなにもトラブルにしかならない場に遭遇し、主人はトラブルの元凶であろう私を助けそうなのだから。


「殿下、どうぞ何も見なかったことにして、立ち去られてください」

「っ――――! 気付いていたのか」

「ええ。貴方様の立場で私に手を差し伸べるのは、得策ではありません」


 笑顔を貼り付けてそうお伝えすると、明らかにホッとした顔になる執事。そして、怒りをあらわにしたヘンドリック殿下。


「……馬鹿にするな」


 低くただそれだけを言うと、ずんずんと進んで行きました。彼らが乗っていたであろう馬車に向かって。

 馬車かごの中に入れられる瞬間に「怖いだろうが、我慢してくれ」と言われました。

 ヘンドリック殿下は、なんというか優しすぎる気がします。


 馬車かごの中は明るく温かで、急激な眠気に襲われました。

 落ちそうになる目蓋を必死に押し上げていたのですが、ヘンドリック様が私の頭をそっと撫でながら、寝ていいと仰ってくださいました。

 彼の抑えの効いた低い声に妙に安心してしまい、意識が深く沈んでいくのを感じました。




 □□□□□




 国王陛下の名代(みょうだい)で参加した隣国――ザンジルの建国祭。

 最終日の夜会でザンジルの第四王子が、意味のわからない暴挙に出た。

 ザンジルの宝石加工技術はどこの国よりも抜きん出ており、その技術を一手に担っているのがオーフェルヴェーク伯爵家。

 そこの長女と第四王子は婚約していたらしいが、よく分からない理由で長女を公衆の面前で断罪し、家族もろとも国外追放とした。

 

 来賓の目の前でやることだろうか?

 そんな疑問が頭をよぎったか、笑顔を貼り付けてザンジル国王には気にしていないと伝えておいた。

 どうやら国王は予想外の事態だったらしい。

 他の王子たちやお偉方の半数は知っていたような空気だがな?

 

 第四王子が、オーフェルヴェーク家の者たちを会場から追い出したのち、彼らの事業を信頼のおける侯爵家に引き継ぐとし、侯爵を皆の前で発表していた。そして、その侯爵の隣にいたご令嬢に第四王子が妙な目配せをしている。


 ――――なるほど。


 ザンジルはしばらく国内が荒れるだろう。

 経営者が変われば、税率や流通量も変わってくるだろう。これは急ぎで陛下に相談せねばなるまいと、帰国の予定を早め、夜の内に出発した。




 異変に気づいたのは、ザンジルを出国して一時間ほど経った頃だった。

 険しい道の脇にあった、無惨に崩れた馬車かご。座り込んで天を仰ぐ女性。地に伏している者たち。


 ――まさか、彼女か?


 通り過ぎ無視するのが得策だろう。

 初めは、厄介ごとの匂いに目を逸らそうとしていた。

 彼女の姿が見えなくなろうとしたあたりで、思い直して馬車を止めさせ、先程の現場に走って戻った。


 そこには、事切れた三人が横たわっていた。

 そして、やはりというべきか、見覚えのある黒髪の令嬢がいた。


 虚ろな青い瞳で満月を見つめ続けている令嬢。

 夜会では非常に凛としていただけに、一瞬人違いかとも思った。第四王子に罵られようとも、目を逸らさずに見つめ返していた。騎士たちに拘束されようともその態度は変わらず堂々としており、どちらかといえば彼女のほうが王族の品格を持っているなと思っていた。

 だが、いまそれは鳴りを潜めている。


 目の前にいるのは、ただ虚ろな眼をして月を見つめるだけの、今にも消えそうな少女。


 ――――この子を助けたい。


 本能がそう叫ぶ。

 なぜかはわからない。だが、こういった感覚には従うのが信条だ。涙は流していなくとも、心で泣いている少女を放置するなど、常識的にありえない。

 心の中で様々な理由と言い訳を繰り返し、抱き上げた。




 ◇◇◇◇◇




 ふと目が覚めると、見覚えのない豪奢な部屋のベッドに眠っていました。

 鈍い痛みを訴える左脚を見るために掛布をめくると、しっかりと治療され、包帯でぐるぐる巻きにされていました。

 ここまで手厚くしていただけるとは思ってもおらず、正直驚いています。


 サイドボードに置いてあったベルを鳴らすと、侍女らしきメイドが現れました。


「お目覚めになられましたね。すぐに殿下をお呼びします」


 深々と礼をして立ち去ったその侍女は、明らかに私よりも地位のありそうな上級侍女。

 何よりも殿下という言葉で、ここが隣国の王城なのだと理解しました。

 

 ヘンドリック殿下が来るまでの間に、部屋に入ってきたメイドたちが簡単に身なりを整えてくれました。

 背中にクッションを入れて体を起こし、髪を梳り、軽く化粧までも。


「ありがとう存じます」

「……いえ」


 メイドたちは困惑した表情や、不快そうな表情をしていました。つまりは、不本意であるということ。

 

 ――――ここは、()()()()()()()なのかしらね?


 しばらくして部屋を訪れたのは、見覚えのある燃えるような長い赤髪のヘンドリック殿下。

 やはり見間違いや人違いではなかったようです。


 肩の少し下まで伸ばした髪を高い位置で括り、さらりとなびかせながら歩いてくるさまは、まるで炎の精霊のような美しさがありました。


「顔色が悪いな。すぐに侍医を呼ぼう」


 殿下を呼びに行ってくれた侍女がスッとカーテシーをし、部屋からまた出ていきました。どうやら彼女は殿下付きの侍女だったようです。


 殿下がベッドの横にイスを置き、そこに座られました。 

 

「殿下――――」

「礼はいい。私には私の思惑がある」

「え……」

「君の家族の遺体はいま回収しに行かせているが、どうする?」


 エメラルドグリーンの瞳を鋭く光らせ、ヘンドリック殿下がこちらをジッと見つめてきます。『どうする?』と聞かれても、意味が分かりません。

 希望を言ってもいいのでしょうか?


「助けていただいたうえに、このような厚かましいお願いをして申し訳ないのですが……」

「うん?」

「無縁墓地の片隅で構いません。場所をお貸しいただけるとありがたいです」

「…………いや、意味がわからん。貸すのはいいが、どうする気だ」


 なぜキョトンとされてしまったのでしょうか。

 

「そのままでは腐ちてしまいますので、埋葬をしたいと」

「まて。自力で、と言っているように聞こえるが?」


 それはそうでしょう?

 ここは他国。両親も妹も私も、この国の民ではない。眠らせる場所を貸していただけるだけでも有り難いのに。


「許可できんな」


 ヘンドリック殿下が、ハァと大きなため息をついて、ぽんぽんと私の頭を撫でてきました。言葉とは裏腹な態度。

 彼の大きく温かな手は、妙な安心感を覚えてしまいます。


「駄目ですか」

「あぁ、駄目だな。怪我が酷くなる。そもそも、葬儀もしないつもりか?」

「っ…………」


 できることなら、したいです。でも、いまはそれを望める立場ではない。地位も何もかもを失った私にあるのは、この身体だけ。

 分相応を理解せず、高望みなどしたくないです。

 両手を握りしめ、そこに視線を落としていると、ヘンドリック殿下がフッと軽く笑われました。


「ん。理解した」


 何も言っていないのに何を理解したのだろうか、と彼の顔を見ると、とても柔らかく微笑んでいました。


「契約をしよう」

「契約?」

「君が望むものを与えよう」


 殿下がそう言いながら、にやりと口の端を上げられました。そのかわりにオーフェルヴェーク家の知識や技術をよこせと。そして、悪魔に魂を売れ、とも。


「私が母国を売るとでも?」

「悪役令嬢なのだろう?」

「…………そう、ですね」


 私は悪役令嬢なのだとアロイス様に言われましたね。


 ――――悪役令嬢ですか。


 それならば『悪役』という名に相応しい行動をしてみせましょう。

 夜会の直後、全員で馬車に乗せられ、恐ろしいほどスムーズに国外追放されました。他の王族の方々や評議会、数少ない親族らも何らかの関わりがあるのでしょう。でなければ、誰かがあの場で諌めるはずです。

 

「覚悟が決まったようだな」

「…………はい」


 このとき、私は復讐の鬼となることを決めました。




 まずやったことは、両親と妹の埋葬。

 ヘンドリック殿下の計らいで、貴族用の埋葬地で眠らせることになりました。

 参列者は私と殿下のみ。

 それぞれの墓標に花を添え、心の中で誓いました。


 ――――必ず報いを受けさせます。


 悪魔に魂を売ろうとも、どれだけの人になにを言われようとも、その結果処刑されようとも、絶対に止まりはしない。


「身体に障る。そろそろ戻ろう」

「はい」


 ヘンドリック殿下に支えられながら松葉杖をつき、馬車に乗り込んで王城に戻りました。


 先ずは、怪我を治すことから。

 ヘンドリック殿下とそう約束しました。

 しっかりと食事を取り、よく眠り、ちゃんと治療を受け、体力を落とさぬようリハビリをする。


 あの日、私が寝かされていたのは王太子妃専用の私室。夜中に戻ったため直ぐに使える客間がなかった、と言われましたが、果たして本当にそうなのでしょうか? なんてことは、流石に聞けませんが。

 彼の優しさに甘えて、いまもなにも言わずにお部屋を使わせてもらっています。




 隣国――ヴァイラント王国に来て一年。

 全身に負っていた怪我や擦り傷などはしっかりと治りました。ただ、脚の骨折は完全には治らず、足首と足先に障害が残ってしまい、杖が手放せなくなりました。

 ヘンドリック殿下は完治させてやれずすまない、と仰られましたが、本来ならばあの場で死ぬはずだった私を助けてくださったのです。

 失うはずだった命を繋ぐことができた。生きる目的を持てた。

 殿下には感謝しかありません。


 ある程度動けるようになってから、宝石研磨の職人たちと話す場を殿下が設けてくださいました。

 初めの頃は王城に出向いてもらい、どこまで伝えていいものかと悩みつつ伝えていたのですが、最近はこちらから出向き、出し惜しみすることなく伝えています。

 母国にいた頃は、そこまで気にしていなかったのですが、我が家の持つ技術というのは他国でも垂涎の的なのだそうです。

 お父様がよく『技術は秘してこそ価値がある』と言っていましたが、それがようやく実感できました。 


「これなどは理解できれば簡単なのに、全く思いつきませんでしたな」


 宝石研磨職人たちがうんうんと頷きながら、次にどのカットを試そうかなどと楽しそうに話していました。

 

「今日はここまでに」

「はい」


 職人たちの下を訪れる際や、どこかに出かける際は必ずヘンドリック殿下が付き添ってくださいます。

 ある程度、杖も使い慣れましたし、お忙しい方なのでお手を煩わせたくはないのですが、殿下は頑として首を縦に振りませんでした。


「ティアーナのおかげで、宝石研磨の技術が格段に上がった。陛下も評議会も喜んでいた」

「それはよかったです」


 市場では、どんどんとヴァイラント宝石の価値が上がり、ザンジル宝石の価値は下がって来ているそうです。

 それもそのはず。ヴァイラントの宝石は発色や透明度が最高ランクなので、研磨技術が向上すれば価値が上回るのは当たり前なのです。


「ヴァイラントの原石を研磨して貰うといった交渉もしていたのだが、この調子ならザンジルと手を切っても問題なさそうだな」


 国力はヴァイラントが格段に上なので、同じ技術を持ってしまえば、ザンジルなど交渉相手にも満たない存在なのだそう。だからこそ、第四王子が何を考えているのか理解できないのだとヘンドリック様が仰います。

 ザンジル国王だけはわが家の問題に関わっていなかったのがわかるのだとか。

 

「夜会での反応がね。それにあの温和で軋轢を嫌う王が許可を出したとも思えない」

「確かに……」


 温和といえば聞こえはいいのですが、優柔不断で争いごとが苦手な方なのです。次代を担うザンジルの王太子殿下も同じ気質で、貴族たちの間では少し馬鹿にされてしまっています。

 第二王子殿下と第四王子のアロイス様は、良くも悪くも好戦的といいますか、野心家ではあります。

 

「あぁ。第二王子は怪しいな。あの場で酷くニヤついていた」

「まぁ、そうでしょうね」


 第三王子殿下は昨年から様々な国を外遊中で、建国祭にも帰国されていませんでしたので、どちらかはわかりませんが…………なんとなく、敵ではないような気がする、という程度です。


「ずいぶんと下準備も整った。そろそろ反撃をしてみるか?」


 ヘンドリック様が、首を傾げて赤い髪をさらりとなびかせ、勝ち気な表情で聞いてこられました。

 殿下の瞳をしっかりと見つめ返し、もちろんですと頷きました。




 そうして訪れた断罪の日。

 母国に入る際は、ヘンドリック殿下の婚約者として。

 そうすれば身元や顔は調べられないから。


 目が弱く光をあまり見られない、などの設定をヘンドリック殿下が楽しそうに作っていました。


「ほら掴まって」


 脚の障害に加え、顔が見えないよう濃いめのベールまでつけているので、足元が覚束ないので必然的にヘンドリック殿下にしがみつくような形になってしまいます。

 殿下は妙に楽しげで鼻歌を歌いつつ歩かれています。


「…………ご機嫌ですね?」

「ん? あ……まぁな」


 何が楽しいのかと聞いても、答えてはくださいませんでした。それよりも! と話を逸らされてしまいましたが、逸らされた話があまりにも大切な内容だったので、ヘンドリック殿下の思惑に乗る形となってしまいました。




「ごきげんよう、皆様」


 ザンジルの議事堂でヴァイラントとの貿易契約の見直し、という体での会議が開かれています。そこに私も同席させていただきました。

 参加自体は、ヴァイラント王太子の婚約者という立場だったこともあり歓迎していただけたので、ここからが勝負です。

 皆様の目の前で、顔を隠していたベールをゆっくりと外しました。


 ざわつく議事堂内。

 大きな口を開けてこちらを見ているアロイス様。

 困惑した表情のザンジル国王陛下。


 それぞれの反応をちらりと見て、にっこりと微笑みました。


「忘れられていなかったようで、ほっといたしましたわ」

「なぜ生きている!」


 そう叫んだアロイス様と舌打ちしそうな表情の第二王子殿下。やはりこの二人は確実に黒ですね。


「あぁ、帰国途中で私が助けた。何か不都合でも?」


 格上国の王太子であるヘンドリック殿下がそう言うと、あろうことかアロイス様は彼を指差しながら非難しました。


「その女は犯罪人だぞ!? ソレを助けたと言うのか! しかも婚約者だと!? なんという裏切り行為だ!」

「…………ほぅ?」


 ヘンドリック殿下の低く漏らしたその一言で、ザンジル国王陛下が立ち上がり、アロイス様に一切の発言を禁止しました。


「チッ」


 ヘンドリック殿下が珍しく苛立っています。格下の国の格下の地位の者にあんな風に侮辱されれば、誰しも腹立たしくはありますが、ちょっとだけヘンドリック殿下らしくないとも思ってしまいました。

 殿下がジッとこちらを見てくるので何かと思いましたら、小声で「絶対にティアーナの考えてることは違う」と言われましたが、何を考えていたのか、どうして分かるのでしょうか?


「…………ずっと一緒にいたからな」


 とても不服そうな声で言われてしまいました。さすがにこれ以上無駄話はできないので、答え合わせは後で、と言われてしまいました。


「さて、聡い国王と王太子は気付いているだろうが。ここはティアーナの舞台だ」


 ヘンドリック殿下がクイッと顎を煽るように動かし、さあやれ、と伝えてきました。

 ここからが本番です。


「この一年、私はしっかりと牙を研いでいましたの。ついでに宝石も」


 まぁ、研いだのは研磨職人ですが。


「先ずはアロイス様、ご成婚おめでとうございます」


 我が家の事業の後釜に据えられていた侯爵家。そこのご令嬢と結婚され、今は妃殿下のお腹に子供がいるのだとか。おめでたいですね?


「色々と調べた結果、我が家が国外追放されたあとの事故は、仕組まれたもので確定なのだそうですよ」


 御者がいなかったこと、馬が怪我でなく毒で死んでいたこと、馬車の車輪の軸に細工がされていたこと。それらはヘンドリック様が、私の両親と妹の亡骸を回収に行かせた騎士たちに調査させたそうで、断言できるとのことでした。


「我が家の事業は、第四王子妃殿下のご実家である侯爵家が引き継いでくださったとか? ブフナー侯爵様、ありがとう存じます」


 笑顔でそうお伝えすると、眉間に皺を寄せられ、目を逸らされてしまいました。

 あらまぁ、いったいどういう反応かと思いましたら、アロイス様が国王陛下の命令を無視し、口を開いてくれました。


「がめついお前たちが情報の秘匿をしていたため、聞き出すのに時間は掛かるし、お前がヴァイラントに情報を売ったせいでこちらは損ばかりだ! 売国奴め!」

「あら。だって、アロイス様がそうなるよう、仕向けたのでしょう? アロイス様の失態がこの事態を招いたのですよ。それに、私を悪役令嬢だと仰ったでしょう? 悪役令嬢ならば、とことんやるのではなくて?」


 なのになにを馬鹿な反応をしていますの? と付け加えてお伝えすると、アロイス様がワナワナと震えだし、近くにいた騎士の剣を奪い取りました。


「アロイス!」


 国王陛下が慌てて名前を叫ぶも、制止することは叶いませんでした。

 ここまでの逆上は予想していませんでしたが、これはこれで僥倖です。


「あら。ヴァイラントに剣を向けるのですね?」

「ハンッ! お前はただのティアーナだ。お前一人ごときで、長らく続いた国同士の和平条約が揺らぐなど、あるわけがないだろう」


 私を馬鹿にしたように笑いながら、アロイス様が近づいて来られました。


「――――あるんだよな。それが」


 ヘンドリック殿下が私を庇うように、アロイス様との間に入りました。

 どれだけアロイス様の頭が弱かろうとも、流石に彼に剣を向けることはないとは思うのですが、それでも心臓がバクリと早鐘を打ちます。

 ここまで巻き混んでしまった責任は取りたいですし、これ以上の迷惑は掛けたくないです。


「国王」

 

 ヘンドリック殿下が、アロイス様から目を離さずに国王陛下を呼びました。


「貴国の考えは理解した。今回のことについて、全権はティアーナにある。そのサポートとして私がついてきたが、想定外の事案が出た場合は私が全てを決めていいことになっている」

「お待ちいただきたい!」


 ずっと口を噤んでいた第二王子殿下が、ここに来て急に立ち上がり発言の許可を求めて来られました。


「断る!」


 一瞬でぶった切られていましたが。


「意見は一緒だと思うが……ティアーナ、何を求める?」

「両親と妹は、非業の死を遂げました。どれだけ恐ろしかったでしょう? どれだけ痛かったでしょう? どれだけ苦しかったでしょう? アロイス様に同じ恐怖を」

「――――ということだ。どうする? 国王」

 

 いまだ私を庇うように立ってくださっているヘンドリック様。彼が低い声で静かにザンジル国王陛下に問いかけました。

 声だけ聞けばとても穏やかそうなのですが、彼から漏れ出る雰囲気は、燃えるような赤い髪と同じくらいの怒りを含んでいるような気がしました。


「――――っ、分かった。承諾する」

「「父上!?」」


 アロイス様と第二王子殿下が、ザンジル国王陛下に何かを訴えかけようとしていましたが、ザンジルの王太子殿下が手を払うような仕草をされました。

 次の瞬間、騎士たちが彼らを拘束し、議事堂の外へと連れて行きました。


「英断、感謝する。さて、交渉を始めようか」


 私たちが求めたのは、今回の事件に関わった者たちに対し、ザンジルがどう対処するのか、どういう罪状にするのかの報告書の提出。

 そして、全てが明らかになったのちに、アロイス様の処刑。

 ゆっくり、緩やかに、恐怖とともに生き、必ず死んでもらいます。


「期限は三ヵ月後としよう」

「…………あぁ。全て呑む」


 力なくそう答えたザンジル国王陛下は、今の一瞬で十歳くらい老けたのでは? というほどに満身創痍な様子でした。

 

「では。良い報告を待っている」


 一度ヴァイラントに戻り、またザンジルを訪れると告げ、母国を後にしました。




 ◇◆◇◆◇




「殺さないでくれ!」


 処刑場で、裏切り者の元婚約者が目の前に跪き、縋り付きながら懇願してきます。

 私はそれに侮蔑の眼差しを送りながら、左手に持った杖で払うようにして彼の頬を打ちました。

 

「私って、悪役令嬢ですわよね?」


 金品に目がくらみ、私を『悪役令嬢』と罵り、私の家族に『売国奴』と無実の罪を着せ、公衆の面前で断罪してきたアロイス様。

 彼のせいで家族は死に、私の脚には一生癒えることのない傷。

 私は、復讐の鬼と化したのです。


「貴方が私をこうしたのですよ? これは、因果応報です。甘んじて、死になさい」


 少し乱れてしまった黒髪を耳にかけ、スッと右手をあげると、処刑人たちがアロイス様の両腕を掴み、引きずるようにして断頭台へと連れて行きました。


「嫌だぁぁぁ! 死にたくない! 父上っ……助けて」


 自慢の金髪を振り乱し泣き崩れるアロイス様から目を背けるようにして、ザンジルの国王陛下が斬首を命じました。


「嫌だ嫌だ嫌だいギャ……ダ………………」


 ゴトリと落ちたそれに、急いで布が覆い被せられました。

 そうして次々に行われる処刑。

 ザンジル国王は、全ての関係者の処刑を決定しました。その数、三〇名。

 あまりにも多くの命が消えました。私のせいでもあり、アロイス様のせいで。

 唯一免れたのは、生まれてしまった赤ちゃん。

 王子妃殿下は粛々と処刑を受け入れる代わり、娘の命だけは助けてほしいと望んだそうです。

 赤ちゃんは、連絡を受けて国に戻って来られていた第三王子殿下が、自分の子として育てると決められたそうです。一切の禍根を残さないと約束されました。

 それが現実的に可能かはわかりません。ですが、もしいつか何かあったとき、私はそれを受け入れようと思いました。  


「…………満足かね?」

「あぁ、満足だとも。私はな」


 私が返事をする前に、隣に立っていたヘンドリック様がそう答えていました。そして、ヘンドリック様は私の顔が誰にも見えないようにするためか、抱きしめて下さいました。

 きっと、私が泣いていたから。

 

「ティアーナの涙が、安心から来たものではないと理解しているな? 私たちはこれ以降、手出しすることはないが、貴国の対応は見ていると思え。これで失礼する」


 ヘンドリック様に抱きかかえられるようにして処刑場をあとにし、馬車に乗り込みました。

 このままヴァイラントに戻るそうです。


「ティアーナ」

「っ…………はい」

「ちゃんと泣け。泣いていい。見られたくないなら隠すから」

「ゔ……はぃ。へんどりっぐざま」

「ん?」

「あり、がどぉ……ございま…………っ、じだ」

 

 整わない息で、どうにかこうにかお礼を言うと、ヘンドリック様がくすくすと笑いながら気にするなと仰いました。

 

「契約だっただろう?」


 その言葉にビクリと身体が震えました。そう、これは契約でした。私が研磨技術をヴァイラントに伝えるための。

 なぜかヘンドリック様が、クスリと笑われました。


「すまない。反応を見たくてつい言ってしまった。大丈夫だ。大丈夫。いまは、思う存分に泣け。そうして笑顔に戻れたなら、また二人だけの秘密の約束をしよう」


 耳元で柔らかくそう呟かれ、ボタボタと涙がこぼれるのに、頭の中はパニックで、自分でもどんな感情で泣いていたのか分からなくなってきました。

 ただ、力強く抱きしめてくださっているヘンドリック様の温かさは、全身から力が抜けていくほどの効果がありました。

 泣いて泣いて、泣き止んで、落ち着いたら、これからのこと、ちゃんと話し合いたいです――――。




 □□□□□




 凛とした表情で前を向くティアーナ。

 復讐を果たし、また虚ろな眼に戻ってしまうのではないか? と内心では不安に思っていたが、そうはならなかった。


 ――――あぁ、これが見たかったのか。


 何があっても、前を向くティアーナ。

 誰よりも気高い精神を持っている彼女。


 本人は復讐の鬼になったのだと言うが、それならば私の名前を使い戦争を起こしてしまえばよかったんだ。

 我が国には、それができるほどの国力がある。そして、私にはそれができるほどの権力がある。

 たが、彼女はそうはしなかった。


 彼女が望んだのは、自国に送り届けることだけだった。




 処刑が終わった瞬間の彼女の泣き顔は、誰にも見せたくなかった。

 人前だが気にせず抱きしめ、隠し、威嚇する。

 チラリとザンジルの王太子を睨む。ティアーナは気づいてなかったが、あいつは私がティアーナを保護していると気付き、内密に連絡をしてきていた。

 

 ――――渡さない。


 こんな国に、彼女を置いてなど行くはずがなかろう。

 ティアーナのザンジル王太子に対する感情は、なさそうだが、好意的なものではあった。

 私は欲しいものは奪い去る派だ。

 

 馬車の中でつい確認してしまった。ティアーナの反応を。

 ビクリと震えた意味は、ティアーナも私から離れたくないのだと分かった。


「すまない。反応を見たくてつい言ってしまった。大丈夫だ。大丈夫。いまは、思う存分に泣け。そうして笑顔に戻れたなら、また二人だけの秘密の約束をしよう」


 そう伝えると、私の胸に添えられていたティアーナの手が、服をキュッと掴んできた。


 ――――あぁ、可愛い。


 これからも、ずっと側にいたい。

 そう思える女性に出逢えた。

 だから、逃さない。

 

 


 ◇◆◇◆◇



 

 ヴァイラントに戻りましたら、これからのことをちゃんと話し合いましょう。

 殿下に側にいてほしいと望まれましたが、出身国や地位、脚の障害もあります。

 きっと多くの方に、王太子殿下に相応しくないと言われることでしょう。

 

 ――――それでも。


「逃さないよ?」


 彼がそう言うのだから、きっと逃げられないのだと思います。


「絶対に幸せにする」

「っ…………はい。できれば、ともに戦わせてください」

「ふふっ。ん!」


 どこまでも粘り強く、求めた結果を引き寄せたいと思います。

 だって、私は悪役令嬢なので。




 ―― fin ――




最後までお付き合いありがとうございました!


楽しんでいただけたでしょうか?

評価やブクマ等していただけますと、作者のモチベになり、笛路は喜び小躍りしますですヽ(=´▽`=)ノじぇひ!


ではでは、また何かの作品で。


 笛路

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◇◆◇ 書籍化情報 ◇◆◇


『結婚前夜に義妹に婚約者を奪われたので、責任取ってもらいます。』
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☆ 6/13発売 ☆

書籍表紙

なんと!
超絶素敵な表紙絵を描いてくださったのは、『おの秋人』様っ!
イケオジ具合がえぐいのっ(*´艸`*)ヌフフ

それから、もりもりに加筆しています。(笛路比)
1巻には、ケネス編の書き下ろしもありますのです☆
ぜひぜひ、お手元に迎えていただけると幸いです。

各種電子書籍サイトで販売されますが、一例としてリンクボタンも置いておきます。


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― 新着の感想 ―
[一言] ↓あー、すんません。特に設定されてないなら、無理にとは…。
[一言] チョンパされた30名の中に第二王子や元侯爵令嬢の王子妃、侯爵家の家人らもいたのでしょうが、主だった人物の内訳が欲しいところDeath。
[良い点] あくまでもヘンドリックに対して一線を引いているティアーナが理性的ですが、ヘンドリックは逃さないんだろうなと結末を読んで物語の後への想像が膨らみました [気になる点] 第二第四王子はゲスです…
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