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第4話 女医さんと団長さん

 パチリと目を覚ました。


「……知らない天井だ」


 見たこともない天井が視界に入ってきたから、そう言った。


 …………ん? あれ?


 もしかして僕、今、「知らない天井だ」って言った!?


「よっしゃーー!!」


 このセリフ。前に兄ちゃんから教えてもらってから、一度は言ってみたいと思ってたんだよ! 滅茶苦茶カッコいいし!


 だから喜び勇んでガバッと起き上がった瞬間。


「痛いッッ!!」


 体に激痛が走った。なんか、体に刺さっていたり張り付いていたものが取れた。あと、隣にあった医療機器らしきものが、ピーピーと警告音を響かせていた。


 どうやら、僕は病院のベッドで寝ていたらしい。しかも、病室はそれなりに豪華だった。


 激痛に耐えながらそんな分析をしていると、青ざめた看護師たちが駆けつけて、ちょっとした騒ぎになってしまった。


 それからしばらくして、岩耳(ドワーフ)族の女医さんが現れ、僕に呆れた目を向けた。


 たぶん、ここに兄ちゃんがいたら大喜びしていただろう。以前、白衣を纏った褐色ロリっ娘(ドワーフ娘)にジト目を向けられたいと言ってたし。


 僕としてはクールでスタイルのいい耳長(エルフ)族の女医さんにジト目を向けられたかった。


「……言いたいことはたくさんあるけど、君は馬鹿なの?」

「医者に名誉棄損された。訴えよ」

「あ、ちょっ! それはやめて!」


 女医さんが僕の言葉に慌てる。


「冗談ですよ」

「……冗談でも心臓に悪いわ。ただでさえ、アナタは注目の的なの。訴えられたら勝てないわ。まだ職は失いたくないのよ」

「はぁ」


 あけすけな女医に呆れながら、僕は尋ねた。


「あの、ローズたちは無事なんですか?」

「ローズ? ああ、あの竜人族の()ね。無事よ。聖霊騎士さんたちも無事。とはいえ、まだ意識は戻っていないけど」


 意識が戻ってないのか。心配だな。


「一応言っておくけど、一番状態が酷かったのは君なんだからね」

「え、僕ですか?」

「そうよ。正直、外傷が酷かった聖霊騎士さんたちよりも、君の方が死の危険があったのよ」


 女医さんは手元の資料に視線を落とした。


「両足と右腕の筋肉断裂に骨折。内臓とかにもダメージが入っていたわ。けど、そっちは治癒術でどうにかなるから大したことじゃない。問題だったのは、あり得ないほど極度な霊力欠乏症ね」


 女医さんは僕を責めるような目を向けた。


当然(・・)! 知っているかと思うけど」

「あの、僕を非常識扱いしてますか?」

「ええ、してるわよ。君は、霊力が生命活動に必要なエネルギーなのは知っているわよね」

「はい。当り前じゃないですか。常識ですよ」


 僕の答えに、女医さんが頭痛が痛いと言わんばかりに頭を抑えた。そしてヒクヒクと頬をひきつらせて言った。


「ねぇ、君がここに搬送されたとき、体内の霊力が(から)だったのよ。本当の意味で、(から)! 回復すらしてないの! しかも、生命力とかから無理やり霊力を生成した痕跡まであったのよ!」

「あらまぁ、びっくり」

「……普通はね。体内の霊力が生命維持に必要な量まで減ると、これ以上使用できないように気絶するの。使い切るなんて、まして無理やり作り出すなんてできないの。というか、死ぬの」

「でも、気合でできましたよ?」

「………………はぁ」


 女医さんは溜息を吐いた。


「ともかく、極度の霊力欠乏症に陥った君は生死を彷徨ったわ。ほぼ死んでいたといってもいい。“冥府殺し(デスキャンセル)”の名を持つ私がいなかったら、今頃ご臨終だったわよ」

「なんですか、そのカッコいい異名!」

「……そういう能力を宿した特殊霊装を持っているのよ」


 女医さんは恥ずかしそうに頬を染めた。それを誤魔化すように咳ばらいをする。


「こほん。ともかく、霊力欠乏症に陥った人は体の傷がいくら治っても、簡単に目を覚まさないわ。軽い霊力欠乏症でも一日以上は眠る。ローズさんたちはまだ意識を取り戻してないのよ」

「なのに一番酷いはずの僕が目を覚ました?」

「ええ。しかも、半日も経たずによ」


 女医さんは暗くなった空を映す窓を見やった後、鋭い目を僕に向けた。


「医者として一つ聞くわよ。君、頻繁に霊力欠乏症で死にかけたりしてないでしょうね?」

「……している、と言ったら」

「医者としての権限をフル活用します。世間にバッシングされようとも、君を拘束してでも阻止します」


 今までの口調とは違う。重みのあるそれに僕は少しだけ息を飲み、女医さんに頭を下げる。


「心配してくださりありがとうございます。けど、そんなアホみたいな事はしていませんので心配は無用です。それにここだけの話、僕も特殊霊装を持っているんです」

「……知ってるわ。その鈴ね」


 女医さんが僕の右手首を見やった。そこには“鬼鈴”があった。


「すごいわね、それ。霊力が尽きても顕現し続けてたわよ」

「そういう異能なんです。僕の命を救い続けてきたんです」


 僕は女医さんに微笑んだ。女医さんは仕方なさそうに溜息を吐き、諦めたように首を横にふった。


 かと思えば、女医さんは急に真剣な表情を浮かべた。


「一期ホムラさん。色々と言いたいことはあるけども、これだけは伝えておくわ」


 女医さんが僕に深く頭を下げた。


「霊力欠乏症の苦しみにも耐えて彼らの命を繋いだ君の行動に、医者の一人として、心からの感謝と敬意を表するわ。ありがとう」

「え?」


 唐突な言葉に、僕は困惑した。


 それと同時に、病室のドアがノックされ看護師が入ってきた。


「セラピア先生。あの、聖霊騎士団の方が」

「分かったわ」


 女医さん……セラピア女医は僕を見やった。


「ホムラ君。聖霊騎士団の方が君に事情聴取したいそうなの」

「あ、はい。分かりました」

「じゃあ、後で診察にくるから。それまで大人しくするのよ。点滴とかまた千切らないでね」


 セラピア女医は病室から去った。


 そして入れ替わるように、竜人族の美女が病室に入ってきた。美しい銀髪を揺らし、黄金の瞳をもった彼女はとても凛としていた。あと、軍服の上からでも分かるほど、おっぱいは大きかった。ローズ以上だ。


 だが、僕のそんなやましい気持ちはすぐに吹き飛ぶ。


 腰に剣を()き軍服を着た彼女は、ベッドの前で立ち止まって僕に自己紹介をした。


「初めまして。私は第六聖霊騎士団団長、ヴィクトリア・ヴァレリアだ」

「えっ。ヴィクトリア・ヴァレリアってあのヴィクトリア・ヴァレリア団長ですか!? 本物ッ!?」

「ほ、本物だが……」


 ヴィクトリア・ヴァレリア。


 天銀の竜妃(ティアムーン)と称される彼女は、五年前にラクス大聖域を襲撃したSランクの黒瘴獣(こくしょうじゅう)を倒し、史上最年少でナンバーの聖霊騎士団団長に就任した英雄だ。


 聖霊騎士を目指す誰もが憧れる存在であり、僕もその一人。ファンだ。だから、僕は興奮してしまう。


「ふぁ、ファンです!! あの、握手してください!!」

「う、うむ。別に構わないが」


 ヴィクトリアさんが握手してくれた。それだけで、とても嬉しくなり感極まってしまう。


「生きててよかった。生まれてきてよかった!」


 ヴィクトリアさんが咳払いした。


「こほん。その、よいだろうか?」

「はい! 何でも大丈夫です!」

「そ、そうか……」


 ヴィクトリアさんは僕に深く頭を下げた。


「一期ホムラ殿。本当にありがとう」

「え、あ、ちょっ! 頭をあげてください! ヴィクトリアさんが感謝する事なんて僕は何も――」

「セラピア女史から聞いた。君がいなければ仲間は死んでいたと。その勇気ある行動に、心の底から感謝申し上げる」

「ッ」


 ヴィクトリアさんはもう一度僕に頭を下げた。その真剣な様子に、僕は言葉につまってしまった。


「……頭をあげてください」


 違うんだ。


「僕は、ヴィクトリアさんに感謝されるような存在じゃありません。僕は彼らをおいて逃げようとしました。助からないと見限りました。勇気なんてありません」


 憧れの人を前にして、告白するのはとても苦しい。でも、勘違いで感謝される方がもっと苦しい。


「その感謝は全てローズにしてください。見ず知らずの僕を、聖霊騎士さんたちを助けるために、黒瘴(こくしょう)竜と戦った彼女にしてください。ローズの勇気が僕たちを救ったんです」


 ヴィクトリアさんは静かに僕の話を聞いた。そしてゆっくりと口を開いた。


「そうか。だが、それでも私は君に感謝する。彼らの命を繋いだのは、他でもない君なのだから」

「ッ」


 迷いのないその言葉に、僕は息を飲んだのだった。



 Φ



 ベッドの横の椅子に座ったヴィクトリアさんに事情聴取されていると、彼女は急に僕に軽く頭を下げた。


「霊航機での君に対する一件……本当に申し訳ない」

「あ、頭をあげてください。ヴィクトリアさんが謝る事ではありません! それに仕方がなかったことですから!」

「仕方がなかった、だと?」

「はい」


 僕は静かに頷いた。


「あの状況では誰でもパニックになります。そこにかつて厄災の種族と言われた鼠人族の僕がいた。仕方がないことです」

「仕方がないなんて……」

「確かに憤りもあります。けど、もし僕が他の種族であの状況に巻き込まれたら、たぶん多くの方と同じことをしたと思います」


 僕は静かに笑った。


「僕たちは臆病で弱いんです。だから、弱い人の気持ちはよく分かるんです」

「……弱いか」

「はい。みんな、弱いんです。ローズたちのように、あの状況でも僕を庇ってくる強い人たちは少ないんですよ」

「そうか……」


 ヴィクトリアさんは静かに目を伏せた。その表情には悲しさや悔しさなど、色々な感情が浮かんでいた。


 ……アナタような人がいたから、鼠人族(僕ら)は救われたんだ。


 それからもいくつか事情聴取を受けた。


「というと、救援信号弾をあげたのは君なのか」

「あ、はい。地元を出る前に、鼠人族は色々危険があるからと持たせてくれたんです」


 ちなみに、閃光手りゅう弾とかは普通にカッコいいよねと思って、お小遣いを貯めて買ったものだ。


「そうか。なら、また君に感謝しなければな」

「え? それはどういう……」

「霊航機からの救援要請は確かにあった。しかし、それはあくまで霊航機への救援要請であって、君たちへの救援要請ではなかった。彼らは責務を放棄したのだ」


 だから、しかるべき処分が聖霊航行社に下ったらしい。


「ある市民が即座に私たちに通報してはくれたが、具体的な場所は分からなかった。だから、あそこまで迅速にあの場に駆け付けられたのは、君の救援信号弾のおかげなのだ」

「そう、なんですか?」

「ああ、そうだ」


 ヴィクトリアさんは僕の頭を撫でた。


「君は自分を弱いと卑下していたが、十分強い。冷静な状況判断もできて勇気もある。今からでも私の騎士団に入隊してほしいくらいだ」

「……ありがとうございます」


 お世辞なのだろうが、ヴィクトリアさんに言われると嬉しくなった。


「今日はここまでにしておこう。あんな事があったのに、夜遅くまで色々と話をさせて悪かった。ありがとう」


 少し話をした後ヴィクトリアさんは立ち上がった。


「ではまた明日、事情を聞くと思う。その時はよろしく頼む」

「分かりました」


 ヴィクトリアさんは病室を出ていこうとして、僕に振り返った。


「……最後に、黒瘴(こくしょう)竜の片翼を切り落としたのは、本当にローズ(・・・)なのだな?」

「はい、ローズですよ(・・・・・・)。僕がこの目でしっかりと見ました」

「……そうか。では、私はこれで失礼する」


 そしてヴィクトリアさんは病室から去っていった。

読んで下さりありがとうございます。

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