第38話 イクシード・ナイト
「ああああ!!」
屋上と階段を繋ぐ塔屋で、竜人族の麗人が頭を抱えて唸っていた。紺の着物を着流しに纏う黒髪黒目の丸耳族の青年がジト目になる。
「おい、声を落とせよ。弟たちに聞こえるだろ」
竜人族の麗人、つまりローズの姉であるヴィクトリアは、黒髪黒目の青年、つまりホムラの義兄である一期ユウマに怒鳴る。
「黙れうるさい! こっちはそれどころじゃないのだ! ローズに、私の最愛に! あんなキスなんて! そもそも高校生なのに交際とか駄目だ! せめて高校卒業までは待つべきだ! いや、成人を超えてからだ! それまでは許さない!」
「気持ち悪いぞシスコン。束縛しすぎると妹に嫌われるぞ」
「うるさい黙れ! 兎も角、私は認めんぞ! 認めんぞ!」
英雄としての凛々しさはどこへ行ったのか。みっともなく叫んだヴィクトリアは髪をかきむしり、拳を地面に叩きつける。
「クソっ! だから、全寮制のアルクス聖霊騎士高校は反対だったのだ! 今まではローズに近づくウジ虫たちを駆除できたというのに!」
「おい、俺の世界一可愛いくてカッコよくて優しい弟がウジ虫だって言うのか!」
「ローズに近づく男はどんな人格者だろうが等しくウジ虫だ!」
ヴィクトリアはクワッと目を見開き叫ぶ。
(駄目だこりゃ。シスコンに効く薬はねぇな)
ブラコンのユウマは塔屋の扉の窓を見やる。
(ヒュー。お熱いことで)
何度かキスをしたホムラは、ギュっとローズを抱きしめる。それからポショポショと恥ずかしそうに頬を染めながら、何かを話していた。
(もう少し待つべきだな)
ユウマは溜息を吐き、未だに唸り続けているヴィクトリアを見やった。
「それよりシスコンバカ。今回の件、どうして起こった? お前の事だ。生徒の安全のために念入りに調査はしてたんだろ?」
「……その事か」
切り替えの早いヴィクトリアはすくっと立ち上がり、真面目な顔で答える。
「灰之宴のリーダーがテレポートの異能を持っていたのだ。第三死灰大森林にいたその群れは、急襲の黒竜に追われ偶然ファイアーヴェルク小聖域を近くにテレポート門を開いた」
「んで、急襲の黒竜もテレポート門をくぐってきたと」
「今のところ、そのように結論付けられている」
「……そうか」
シリアスな声音でそう言ったヴィクトリアの言葉を吟味するように、ユウマは静かに頷いた。そしてヴィクトリアにジト目を向ける。
「真面目ぶった顔してる所悪いが、髪が酷いぞ。愛しの妹に会うのにそれでいいのか?」
「あ」
かきむしっていたせいで、ヴィクトリアの美しい銀髪は酷くボサボサになっていた。
ヴィクトリアは慌てて懐から黒を基調とし桜の絵が描かれたつげ櫛を取り出し、ボサボサの銀髪を梳いたのだった。
Φ
「その、ホムラ君はいつからなのよ?」
「え、いつからって……?」
「だから、いつから私が好きだったのよ!」
僕の両手を握りながらローズは恥ずかしそうに尋ねてきた。僕は顔を赤くしながら、答える。
「……自覚したのは、五月になる前くらいだよ。霊航機の件や親善試合や普段の鍛錬を通して、こう、好きだなって思って……」
物凄く恥ずかしい。好きだって伝えるのは、とても恥ずかしい!
「ろ、ローズはいつ頃からなのっ!?」
「わ、私は――」
ローズは視線を泳がせながら、すぅっと息を吸って口を開こうとして。
「もう我慢ならん!」
「お、お姉ちゃんっ!?」
ダンッと塔屋の扉が開き、ヴィクトリアさんが飛び出てきた。そして目にも留まらぬ速さで駆け寄り、ローズを抱き寄せながら僕を睨む。
「私はまだ許してないからな!」
「お姉ちゃん、何言ってるのよ!?」
「だからまだ付き合うことは許さないと言っているのだ! 付き合うなら、私を倒してからに――」
「お姉ちゃん、ちょっと黙って!」
「ぶへっ」
ローズがヴィクトリアさんを殴り飛ばした。
「私はホムラ君が好きなのよ! いくらお姉ちゃんでも、邪魔をするなら許さないわよ!」
「ち、違うのだ、ローズ。決して邪魔をしたいわけじゃ」
「ふんっ」
ヴィクトリアさんが項垂れる。
……とてもカッコいい人だと思ってたけど、こんな一面があったなんて。
「はぁ。だから言っただろ、束縛し過ぎると妹に嫌われるって」
「え、兄ちゃんっ!? どうして――」
僕は兄ちゃんに驚き、どうしてここにいるのか尋ねようとするより先に、ヴィクトリアさんが兄ちゃんに怒鳴った。
「うるさい! そもそも貴様の弟でなければまだ許せたのだ!」
「あん? それはどういう意味だっ?」
「そのままの意味だ! このままでは貴様と私が家族になってしまうだろう! 何故、私がこの変態クソ野郎と家族にならなきゃならないのだ!!」
「……ただ妹が付き合いだしただけなのに、そこまで考えてるとか。やっぱお前重すぎるな。ひくわ」
「ッッ! 貴様ぁッ!!」
ヴィクトリアさんと兄ちゃんのやり取りに唖然とする。
「に、兄ちゃん。その、ヴィクトリアさんとは……?」
「ん? あれ、言ってなかったか? コイツとは昔馴染みなんだ」
「違う。単なる知り合いでありそれ以上でもそれ以下でもない! 昔馴染みなんて言うな気持ち悪い!」
「酷いな。一緒に風呂まで入った仲なのに」
「ローズに誤解を招くようなことを言うな!」
ギャースカピースカ叫ぶヴィクトリアさんに、もう何が何やら。放心してしまう。
「お、お姉ちゃんがこんな怒鳴って……」
ローズも放心していた。
僕は慌てて空気を変える。
「そ、それより、どうして兄ちゃんがここに!? というか団長の仕事はっ!?」
「どうしてって、そりゃあ世界一可愛くてカッコよくて優しい弟が死にかけたんだぞ? 見舞いに来ない兄がいないわけないだろ。んで、病室の前でコイツと会った。あと、団長の仕事は親父に押し付けてきた」
そして兄ちゃんは僕を抱きしめた。
「家を出た翌々日には霊航機から放り出されて黒瘴竜に襲われて、その一ヵ月後にはショッピングモールでテロリスト事件に巻き込まれて、そして今回の急襲の黒竜の件。しかも、全部大けが負って入院してんだぞ。めっちゃ心配するだろ。もっと自分を大切にしてくれ!」
「に、兄ちゃん。恥ずかしいよ……」
兄ちゃんが心配しているのは物凄く伝わってくるけど、ローズの前なのだ。照れてしまう。
「……言いたいことは色々とあるが、後にするか」
それを察したのか、兄ちゃんはすぐに僕から離れた。そしてローズを見た。
「初めまして。俺は一期ユウマ。ホムラの兄だ」
「は、初めまして。ローズ・ヴァレリアです。その、ホムラ君の……」
「恋人だろ。さっき見てたぞ」
「「ッ!」」
ローズの顔が真っ赤になる。僕も真っ赤になった。
「だから、私はまだ認めてないと――」
そしてヴィクトリアさんがまた怒鳴ろうとして、黒っぽい物を落とした。
「お姉ちゃん、何か落としたわよ」
「あ」
それは黒のつげ櫛だった。ローズはそれを拾い、ヴィクトリアさんに渡す。
「傷は……よかった。ついてないな」
ヴィクトリアさんはホッと胸を撫でおろした。
「お姉ちゃん。それ初めて見るけど、大事な物なの?」
「……ああ。そういえば、見せてなかったな。これはな、昔ある人に貰った物だ」
ヴィクトリアさんは遠くを見つめた。
その表情を見て、理解した。
「あの、ヴィクトリアさん」
「……なんだ?」
警戒するヴィクトリアさんに苦笑しながら、僕は尋ねる。
「彼に手を合わさせてください。お願いします」
「ッ」
ヴィクトリアさんは大きく息を飲み、静かに頷いた。
「……そうだな。君がローズと本気で付き合うなら、そうした方がいいだろう」
「え、どういう事なの、お姉ちゃん?」
「……後で話す。ローズも知っておいた方が良いだろうしな」
ヴィクトリアさんは儚く微笑んだ。
そしてそれから二週間後の休日。僕たちはヴィクトリアさんに付き合うことを認められた。
Φ
一週間で僕たちは退院した。
それから数週間も経てばアルクス聖霊騎士高校の一学期も終わり、僕たちはそれぞれの地元に帰省する事となった。
「じゃあ、家についたら必ず連絡するから」
「絶対よ」
アルクス小聖域の霊航機駅で僕とローズは指切りげんまんする。あと、頬にキスをしあった。
バーニーとマチルダがニヤニヤする。
「……こほん。バーニーもマチルダも元気でね」
「おう、元気でな」
「帰り際に変な事件に巻き込まれんじゃないですわよ」
「変なフラグ立てないでよ」
恐ろしい事をいったマチルダにジト目を向けつつ、僕はローズと一言二言話したあと、ノイトラール地方行きの霊航機に乗った。
「ええっと、僕の席は」
霊航機のチケットに書かれた座席番号を睨みながら、自分の席を探す。
「あった」
窓際の席に僕は座った。本を読みながら、霊航機が発進するのを待っていると、隣の席に男の子とその母親が座った。
そして男の子が僕を見て叫んだ。
「もしかして最弱最強の英雄騎士っ!?」
「……そうだよ」
どんな聖霊騎士にでも成しえない、最弱の種族でありながら最強の黒瘴竜を倒したことでそう呼ばれるようになった僕は。
「あ、握手してください!!」
「いいよ」
男の子に頷いたのだった。
いままで読んでくださりありがとうございます。
タイトル回収と書きたいシーンが書けたため、これにて完結とさせていただきます。