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第1話 鼠人族の少年

 かつて、人類は五つの大陸を支配していたらしい。しかも、高度な文明を誇り、宇宙にさえも手にしていたとか。


 また、世界は無数の自然に満ちていたらしい。蒼く澄み切った空は無限に広がり、白く輝く太陽が大地を照らす。大陸一つを埋め尽くすほどの森林や砂漠があった。


 まるでおとぎ話だ。


 (あお)い灰が舞い落ちて積もった荒野を見て、僕、一期(いちご)ホムラはそう思った。


 今から、五百年以上前。旧時代とも、栄光時代とも呼ばれた頃。


 突如として、黒瘴気(こくしょうき)という特殊なエネルギーガスが世界に満ちた。あらゆる生命を蝕むそれは、瞬く間に植物を、動物を、人類を殺していった。


 人類が誇ったいかなる技術をもってしても、黒瘴気(こくしょうき)に抗うことはできなかった。


 それを嘆くように、世界中に雨が降り注いだ。


 植物を失い荒野となり果てた大地の殆どはその雨によって押し流され、元の一割もみたないほど小さな大地だけが残った。


 そして雨が止むと、その代わりと言わんばかりにおどろおどろしい雲が空を覆い、青みがかった灰、黒瘴灰(こくしょうはい)が降り注いだ。それは黒瘴気(こくしょうき)の結晶だった。


 世界はますます朽ち、人類は死にゆく定めだと思った。


 けれど、一つの希望があった。


 霊力だ。


 突如として生命や大地に宿ったそのエネルギーは、唯一黒瘴気(こくしょうき)を防ぎ、浄化する力だった。 


 また、聖域と呼ばれる膨大な霊力が大気中に満ちた領域も現れた。その領域内では黒瘴気(こくしょうき)は存在することができず、太陽は輝き恵みの雨が降り注ぎ、植物は芽吹くのだ。


 そして人類は、旧時代の国相当の広さをもつ五つの大聖域と、それよりも小さく各地に点在する小聖域に移住した。


『まもなく、コルクシオー小聖域に入ります。アルクス小聖域行きのお客様はそのままご乗車ください』


 霊航機(れいこうき)の窓から灰色の外を見ていたら、機内アナウンスが響いた。


 霊航機とは、黒瘴灰(こくしょうはい)が降り注ぐ黒瘴(こくしょう)地帯を航行し、あらゆる聖域を繋ぐ航空機だ。航空機といっても、旧時代の飛行機とは違い、数メートルほどしか浮かないし、列車ほどの速度しか出ない。


 しばらくして、薄く輝く大きなドームが窓から見えてきた。


 そこは灰色の世界とはまるで別世界で、穏やかな街並みとそれに調和した豊かな自然が広がっていた。


「うわぁ! 綺麗な湖!」


 ドーム内、つまり聖域に入って数分。キラキラと太陽の光を反射する大きな湖が目に入った。


 思わず感嘆の声をあげてしまう。


 窓に反射した自分の姿を見やれば、鼠人族特有の青みがかった灰色の瞳が輝いており、同じく青みがかった灰色の鼠の耳がピコピコと動いていた。


 どうやら、僕は湖に相当感動しているらしい。夢中になって窓から眺める。


「ちょっといいかしら?」

「あ、はい――」


 いつの間にか霊航機は湖の隣に建てられたコルクシオー聖域の駅に着陸していた。搭乗してきた女の人に声を掛けられる。


「わぁ」


 そして声がした方向を振り返った僕は、見惚れてしまった。


 美しい竜人(りゅうじん)族の少女がいたからだ。


 歳の頃は、十八くらいだと思う。大人っぽいクール系の服を身に纏っている。


 (くれない)の長髪は艶やかにたなびいていて、切れ長の眼は黄金に輝く。スッと通る鼻筋に小さな唇。幼さを少し残した顔立ちは凛々しく、肌は陶磁器のように澄んでいる。


 竜人族特有の二本の黒の巻き角が頭から生え、黒の竜鱗を纏った尻尾を生やしている。


 そして何よりもおっぱいが大きい!!


 地元では(つい)ぞ見ることの叶わなかった、高身長でおっぱいの大きい美少女が目の前にいたのだ!


 兄ちゃん。僕、おっぱいが大きい美少女に話しかけられたよ! 地元を出てきてよかった! 母さん、僕を生んでくれてありがとう!


 母さんに感謝をしていると、竜人族の美少女が咳払いした。


「こほん! あの、いいかしら?」

「な、何でしょうか!」


 緊張で声が上擦ってしまう。


「その、君の隣の席、私なのだけれども、座ってもいいかしら?」

「ぜ、ぜひ、どうぞ! あ、お菓子とかいりますっ?」

「……ありがとうね。けど、そうじゃなくて、尻尾をどかして欲しいのよ」

「尻尾……?」


 僕は隣の席を見やった。僕の鼠の尻尾が隣の席でブンブンと振り回されていた。なるほど。無意識に振り回していた尻尾のせいで、彼女は座れなかったのか。


 僕は尻尾を自分の前に移動させ、竜人族の美少女に謝る。


「ごめんなさい」

「いいのよ」


 竜人族の美少女は僕に優しく微笑み、隣に座った。


 ……やばい。いい匂いがする。フローラルっていうのかな? 甘くて優しい匂いがする。


 というか、世界の絶対法則、万乳引力のせいで、竜人族の美少女の大きなおっぱいに視線が引き寄せられてしまう。


 駄目だ! 


 初対面の女性のおっぱいをガン見するなどしてはならない。相手の女性にとても失礼だし、不快な思いをさせてしまう。


 僕は竜人族の美少女に気づかれない内に、おっぱいから目を離そうとして、しかしその前に、


「君、えっちね」


 竜人族の美少女が少しだけ責めるように僕に言った。バレていたらしい。


 僕は慌てて謝る。


「ご、ごめんなさい! 決して邪な気持ちで、いや邪な気持ちだったんだけど、アナタがとても魅力的だったから、その、つい……嫌な思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」

「いいわよ。君くらいのお年頃だとそういうのに興味が出てくるものね。お姉さんは寛大だから許してあげるわ」

「うぅ」


 竜人族の美少女は僕の青みがかった灰色の髪を撫でた。恥ずかしさで、顔が真っ赤になる。


「ところで、君はもしかしてアルクス聖域の中等学校に通うのかしら?」

「うっ」


 僕は胸を抑える。薄々気が付いていたけど、グサリと心を貫かれた気分だ。


「ちょ、だ、大丈夫かしらっ?」

「だ、大丈夫。気にしないで」

「なら、いいけど。それで、君は中等学校の何科に入る予定なのかしら? 刀を持っているし、もしかして騎士科かしら?」


 竜人族の美少女は僕の前に立て掛けられた黒の刀を見やって首を傾げた。けど、小さく「あり得ないわね」と呟いた。


「やっぱり普通科よね」

「……いや、違うよ」


 僕は首を横に振った。 


「それじゃあ、どこに?」

「アルクス聖霊騎士高校」

「え、なんて」

「だから、アルクス聖霊騎士高校だよ!!」

「えっ!?」


 竜人族の美少女は酷く驚く。


「アルクス聖霊騎士高校って……じゃあ、君って十五歳なの!? 十一歳とかじゃなくてっ?」

「うっ」


 僕は再び胸を抑えた。 


 仕方ない。仕方ないよ。


 いくら僕が鼠人(ねずみびと)族の中でも比較的身長が高くても、所詮155センチメートルあるくらいだし、鼠人族特有の童顔だし、声変わりも殆どしかなったから、十一歳かそこらに見えちゃうよね。


 ……ぐすん。


「あ、ごめんなさい! 鼠人族は小柄で童顔だとは聞いてたけど、こんなに子供っぽいなんて」

「うっ!」


 止めをさすのがとてもお上手だ。僕の胸はナイフで貫かれた。


 ……泣きそう。


「本当にごめんなさい! ごめんなさい!」

「だ、大丈夫だから、顔をあげて」


 竜人族の美少女が鼠人族の僕に必死に頭を下げているこの光景は、ちょっとよろしくない。


 周りの人たちの注目を集め始めていた。彼女もそれに気が付き、下げていた頭を上げた。そして僕に顔を近づけ、小声で言ってくる。


「……その、さっきのは忘れてちょうだい」

「さっきの?」

「その、頭を撫でたりしたことよ」

「……分かったよ」


 理由は分からないけど、竜人族の美少女が望んでいるため僕は小さく頷いた。彼女はそれに満足したのか、笑顔を浮かべ僕に手を差し出した。


「私は竜人族のローズ・ヴァレリア。君と同く今年、アルクス聖霊騎士高校に入学するの。よろしくね」

「あ、はい。僕は鼠人族の一期ホムラ。こちらこそよろしく……」


 僕は差し出されたローズの手を握り返し、それから一拍おいて。


「えっ!? 僕と同じ年っ!?」

「え、何故驚くのかしら」

「いや、だって、年上だと思ってたので」

「……それは私が老けていると言いたいのかしら?」


 ローズの竜の瞳孔が恐ろしく細められる。めっちゃ怖い。僕は慌てて弁解する。


「ち、違うよ! ローズがとても大人っぽくて綺麗だったから……」

「大人っぽくて綺麗……なら、仕方ないわ。それに年齢を間違えたのはお互い様だものね」

「は、はい」


 ローズの瞳孔が元に戻った。


 ふぅ、良かった。ちょろかった。


 そして僕が胸を撫でおろしたのと同時に。


『お待たせしました。これより当機は終点、アルクス小聖域に向け出立いたします。ご搭乗のお客様はシートベルトをしっかりとお付けください』


 霊航機は離陸し、しばらくしてコルクシオー小聖域を出て黒瘴(こくしょう)地帯へと入った。


「意外に柔らかくて、モフモフしているのね。種族全体でそうなのかしら?」

「い、いや。こ、個人差があって、ぼ、僕は人よりもちょっと毛が多い、んだよ」

「そうなの」


 僕はローズに尻尾を撫でられていた。話の流れで、ローズが僕の尻尾を触ってみたいと言ったためだ。


 彼女は優しく僕の尻尾を撫でる。その撫でテクがかなり凄くて、変な声が出てしまう。


 それを誤魔化すために彼女にある質問をしようとした。


「ところでローズって、もしかしてあの英雄の――」


 だが、僕の耳がある気配を捉え、


『お伝えします! 只今、黒瘴獣(こくしょうじゅう)の反応を捉えました。これより、当機は緊急航行に移行します。急発進、急ブレーキなどを致しますため、シートベルトを必ず着用の上、手すりにしっかりとおつかまりください!』


 緊迫した機内アナウンスが響いたのだった。

読んで下さりありがとうございます。

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