65話
シェリーはかつてヒロムが倒した十神アルトよりも手強いと鬼桜葉王が語りリクトにも釘を刺そうとするが、鬼桜葉王の言葉に対してリクトは《八神》と《十神》、2つの家が管理を担っていた研究施設に自身が入った痕跡があるかどうかを鬼桜葉王に調べるよう提案した。
リクトの提案、意図として何が隠れているのかわからない鬼桜葉王とヒロムが不思議に思っているとリクトは彼らが予想すらしない驚きの事を話し始めた。
「牙堂詠心と十神シエナはクローン培養技術は器としての完成度は認めつつも中身に問題があるとし、その問題解決のために牙堂詠心は自らの魂をクローン培養技術にて生み出したオレのクローンとなる器に移し替えてパラディンとして暗躍を始めた。ここまでほ分かるよな?」
「まぁ、見聞きしてたからな」
『報告を受けているからなァ』
「ここで疑問に思わなかったか?あの2人はクローン培養技術の問題を把握している、その上で器となるクローンにオレを選んでいる」
「何回も言われなくても分かってるっての」
「待てヒロム、リクトの言いたい事……分からないか?」
「兄さん、リクトさんの話してくれた内容に気づけなかったボクたちはこんなにも大きく目立つ事を当たり前のように見落としていた事になるよ」
「シンク?トウマ?オマエらは分かったのか?」
「解説、ヒロム。オレも分かった、だから簡単に話す」
リクトの言葉にヒロムが理解出来ずにいる中でシンクとトウマは当たり前のように理解し、2人と同じように理解したクロトは未だに理解出来ていないヒロムに対して質問形式での説明を始めた。
「質問、八神リクトのクローン生成は何故成功した?」
「リクトの遺伝子情報が研究施設に残ってたからだろ?」
「質問、八神リクトとヒロム……もしくは鬼桜葉王ならどちらが強い?」
「リクト本人の前でする質問か?まぁ、今のリクトの武装次第と言えるけど今なら負ける気しねぇ」
「そこは素直に自分だと言い切っておけ」
「質問……八神リクトと八神トウマ、どちらの方が強い?」
「いや、それは能力的にトウマの方が有利……
「訂正、質問をやり直す。八神リクトと八神トウマ、どちらの方がヒロム……オマエの心にダメージを与えるという意味ではどちらが強い?」
「っ……!!」
「クロトの言う通りだヒロム。牙堂詠心はリクトのクローンを器に魂に転移させ十神シエナもヤツをパラディンとして協力関係の中にあるが、いくつかの側面で見たとなれば器にするべき適任は他に多くいる」
「肯定、今回の戦闘で八神リクトの顔を見たヒロムが動揺していたのはたしかだがそれならばもっと他に適任がいるはずだ。たとえば……死獅王と十神シエナの件に関して全く関与していない《天獄》のメンバーやヒロムと八神トウマの父親や母親、そういった関わりが何よりも深い人間の方が器の顔を隠し行動する前提なら八神リクトよりも効果的と言える」
「つまり……」
「牙堂詠心がわざわざ実力で劣る、それも半年前までは能力と武装の併用で実力を保っていたオレを選んだのには理由があるということだな。その最たる理由としてかつて十神アルトに傀儡にされていた時に利用されていた《八神》の管轄にあった研究施設とその当時のトウマやオレが何度か出入りした事のある《十神》の管轄にあった研究施設の利用を円滑化させるためとオレは考えた」
『なるほどなァ。研究施設の利用として声紋認証や指紋認証はもちろんの事ォ、顔認証システムが採用されていてもおかしくは無いィ』
「クローン培養技術を試すにしても場所は限られている。十神シエナにとって今の《十神》は大罪を犯した十神アルトにより壊滅に等しい状態にされただけでなく動きを見せること事体リスクがある事だ。が、もし怪しまれることの少ない人間……研究施設の認証に対応出来る上に行動そのものが怪しまれないという都合のいい条件を満たせるのはオレということになる」
「それならトウマは……
「トウマが不用意に研究施設に近づくと世間が何か企んでると非難する材料を与えることになる。だからオレがその辺には関与しないように伝えているし、偽物の出現も考慮してトウマの行動は言質の取れるよう償いをすると決めた日から徹底させている」
「その徹底のおかげでどこに行くにも許可申請求められるんだよね……」
「まぁ、償いとか色々考えてるトウマが下手な事したらマイナスにしかならねぇから流石にないな」
「それらを踏まえると研究施設に出入りする可能性があるのはかつて《八神》の闇として機能していた《角王》に選ばれた人間かその姿を借りた人間、そして《十神》の人間ということになる」
「パラディンがリクトのクローンを器にしてるってなるとそう考えるのが妥当なのか……」
『今部下に調べさせたが1ヶ所だけ該当する施設があッたァ。直近で八神リクトの出入りしてる映像記録がありィ、数時間前に十神シエナと八神リクトの姿をした男ォ、そしてェ……オレは遭遇していないから断言は出来ないがァ、死獅王と思われる男が入ッていッたァ』
「死獅王……!!」
リクトの言葉が伝えようとした意味を理解したヒロムやトウマたちに依頼されてすぐに行動を起こした鬼桜葉王が結果を報告、同時に死獅王の存在が報告されるとレイガはそれに反応してしまう。
死獅王とパラディン、そして十神シエナ。今回の件における敵の中枢といえる存在が揃いに揃っている。ならば……
「やる事は1つだ葉王。今度こそ終わらせる」
『オマエならそうすると思ッたァ。どうせ休めと言っても聞かねぇだろうから既に移動手段は手配してそちらに向かうよう指示してあるから用意を済ませて行けェ。八神トウマァ、物資手配を頼むぞォ。それに伴う出費についてはオレに請求しておけェ』
「了解です。こちらからも支援という形で現地の調査として調査員を数名派遣させてもらいます。調査員の指揮にはシンクを担わせます」
『有難い支援だなァ。姫神ヒロムゥ、失敗するなとは言わないがァ……最悪の事態だけは阻止しろォ。それと戦闘では精霊との繋がりによる力は極力使うなよォ。あくまで温存、最悪の事態に備えておけェ』
「言われなくても分かってる!!」
敵が向かった先が分かった、ならばやる事も決まった。ヒロムたちは今度こそ敵を倒すべくやる気を抱き敵の集まる研究施設に向かおうとした。だがその中で……リクトの様子が少しおかしかった。
「あと少し……もう、時間が無いな」
彼の呟いた言葉は誰にも聞こえていない。果たして彼の言葉に隠された意図は……?