62話
パラディンをあと少しのところまで追い詰めたヒロムが完全なトドメをさせようと近づこうとする中で突然起きたシェリーを飲み込むほどの膨大な闇の放出。
あまりに突然過ぎることにヒロムが驚きを隠せずにいると状況的に観戦を続けるのは望ましくないと判断したクロトとアスランが彼のもとへ素早く駆けつけ武器を構えようとし、シンクとリクトもヒロムのもとへ駆けつけようとはしないもののシェリーの動き次第では素早く加勢に構え始めていた。そしてヒロムもクロトたちの行動を魅せられてか消えた白銀の稲妻をもう一度纏うべく気合いを入れ、気合いを入れ直したヒロムに応えるかのように彼の体はもう一度白銀の稲妻を纏い始めた。
突然のことを前にしても動じず対処しようとするヒロムたちの姿を見ていたシェリーは楽しそうに笑うと指を鳴らし、シェリーが指を鳴らすとヒロムにより窮地に追い詰められたパラディンの肉体が闇に飲まれると共にこの場から音もなク消えてしまう。
「なっ……!?」
「仲間を消したのか!?」
「あの人には一旦撤退してもらうだけ、あの状態でここに残られても足手まといにしかならないからそう判断したのよ」
「不覚……オレたちがもっと早く加勢してれば……!!」
「すまない姫神ヒロム。貴様の努力をこのような形で無駄にしてしまった」
「気にするなオマエら。それよりも女、オマエはあの男……獣身武闘拳の師範だったあの男で何をやった?」
「そんな事を聞かれて答えるとでも?」
「普通は答えない。だが……何かを企てそれが思い通りに進んだ時の気分の乗ったオマエの馬鹿な兄なら余裕を見せつけるように語ってくれたかもな」
「あぁ……あの男ならそうするかもね」
「あの男……?」
(コイツ、急にキャラが変わったか?ここに来た時は十神アルトに対して兄妹としての敬意を感じさせるような言葉を口にしていたはずなのに、急に手のひら返したかのように自分の兄の事を見下したかのような言い方をしている……単に気が強くなってるだけか?)
「まぁ、話してあげてもいいかもしれないわね。どうせ何を聞いても手遅れなのだから。私と彼……牙堂詠心はクローン培養技術の内側の問題にどう対処するかを考えた。その過程で牙堂詠心は自らを被検体として《十神》が隠し持っていた《八神》の情報の一部から八神リクトの遺伝子情報の記録を引用した魂を新たに移し替えるための器をクローンとして生み出した。彼の思惑通りに八神リクトの肉体のクローンは完成、私は魂を別の肉体へ転移させる技術を有したある研究者の情報を参考にしながら彼の魂をその器へ移し替えて『パラディン』という男に擬似的な転生を成功させた」
「そんなのはここまでの流れで察しがついてる。オレが聞いたのは……
「ただ、パラディンのやり方には問題があった。老いが始まっている牙堂詠心の肉体から青年の肉体へ移り替わった事で身体能力は彼の全盛期に近いレベルに達したものの、クローン培養技術を成功に導くための決定的なデータは得られなかった。だから彼はそこにいるレイガの記憶を一部改竄して信じた師範と仲間を殺したという認識で死獅王と対立させる形に仕向けてオマエの近くに潜り込ませようとした」
「確認、死獅王と対立するヒロムと行動を共にして成長を期待したのか」
「それもあるけど本質は違うわね。彼の真の狙いは……姫神ヒロム、オマエが精霊との繋がりを本来の形に戻させることにあった。そう、今のオマエのその状態を望んでいたのよ」
「何?」
パラディンの誕生の経緯、そしてそこから明かされたパラディンの真の狙い。獣身武闘拳の師範だった男はパラディンとなって狙っていたのはまさかの自らを追い詰める実力に達した今のヒロムの白銀の稲妻を纏えるようになった状態だったとシェリーは語り、シェリーの言葉を受けたヒロムが耳を疑いクロトたちも意味が分からずにいると絶望に苦しめられていたレイガが何かを思い出したかのように言葉を発し始めた。
「……霊脈……」
「レイガ?」
「昔……師範がオレと獅天に話してくれたことがある。今のこの世界には霊脈を通じ流れるエネルギーを正しく感じ取れるものが少ない。正しく感じ取れるものは魂に触れ魂を理解する心を宿し、その心にはエネルギーを繋げる魂が生まれる奇跡に繋がる……と」
「魂に触れ……エネルギーを繋げる魂……ってまさか!?」
「困惑、それが事実だとしたら……パラディンはわざとヒロムに負けたのか!?」
「末恐ろしい男だ。オレを陥れるだけでなく姫神ヒロムすら自らの手の上で踊らせていたのか……!!」
「エネルギーを繋げる魂……それはこの世にヒロムが生まれてから唯一無二と言い切れるほどに長い時を過してきた存在……つまり、精霊ということか」
「正解よ八神リクト。ちなみにオマエがここに現れるのも想定内だったのよ」
「何?」
「オマエが《八神》の使わなくなった情報網を駆使してコソコソ画策していたのは気づいていた。だからパラディンはそこの男……アスランとかいうその男を利用してその情報網を乱そうとした。オマエが密かに連絡を取りあっていた情報収集のエキスパートの男を殺す事で、ね」
「だがオレが殺す前にあの仮面騎士が殺していた」
「誰が殺したかはどうでもいいのよ。重要なのはあの場でパラディンがその人物を殺すかオマエが殺すかではなく、八神リクトの情報網となっているその人物を殺した場にオマエが居合わせたという事実を確定させることにあったのだからね」
「貴様……!!」
滑稽ね、とシェリーは闇の中で笑みを浮かべながら言うと突拍子もなく浮遊し、そして……
「そうやって踊らされるだけのオマエたちが私に歯向かおうとするなんて……命を粗末にしているに等しいと思い知れ」
「そうはさせませんけどね」
浮遊したシェリーの言葉に反論するように強く返された言葉、その言葉を聞いたヒロムたちが声のした方を向くと、ヒロムたちが向いた方向の天空から片翼だけの光の翼を纏ったトウマが舞い降りるようにその姿を現していた。
「トウマ!!」
「オマエ、どうして……?」
「任せっきりでごめん、兄さん。ここからはボクが引き受けるよ」