54話
パラディンの正体はヒロムとトウマの従兄弟にあたる存在の八神リクトだった。予想すらしていないその正体にヒロムはただただ信じることが出来ず敵対するように立つ彼に視線を向けるしか出来ず、シンクは八神リクトという人物について知識のないレイガたちに簡潔な説明をして伝え、シンクが八神リクトについて伝え終えるとパラディン……いや、八神リクトは外した仮面を投げ捨てるなりヒロムとシンクを見るとどこか鬱陶しそうな顔をしながら言葉を口にしていく。
「……姫神ヒロムの存在だけでも腹立たしいのにオマエが絡むと憎悪が増すだけだな氷堂シンク。今思えばオマエが《八神》の中に入り八神トウマの忠臣として入り込まなければオマエに対してのオレの感情がこんな風に醜いものにはならなかったのにな」
「忠臣でなかったら好かれてたってか?ふざけたこと言うなよリクト。オマエはオレがどの立場だろうが部外者として受け入れる気なんて無かっただろうが。まして……オマエら《角王》が見下してきたヒロムと一時でも親しくしていたオレの事なんて信用も信頼もしなかっただろ?」
「違いないな……だが、少なくともオマエに対して利用価値の有無を認識することは出来たかもしれない。そういう意味ではオマエの立場は大きかったのかもしれない……と思わないか?」
「思わんな。オレに最初からあの時のヒロムの約束を果たした未来に至る道しか見えていなかったからな」
「……こんなハズレに何の価値があると?」
「ハズレだと……?」
『ハズレ』、八神リクトの口にしたその言葉が何を指すのかその意味をニュアンスで理解してしまえたシンクは目の前の男に対して怒りに近しいものを抱き始め、シンクが怒りを抱き始める中で八神リクトはヒロムを睨むように冷たい眼差しで見ながら自身にとってのヒロムに対する認識について語り始めた。
「そいつの存在がこの世界の均衡を壊した。これまではその存在すら奇跡として扱われそれを宿すことは稀少とさえ思われた精霊を能力者にも成れない器の価値しかないそいつが掻き乱した。産まれて自我の芽生えたばかりのそいつは複数を宿す事でこの世界……いや、この国の能力者のバランスを崩壊させようとした。そして、そいつが産まれた事で全ての均衡は徐々に保てなくなり、その影響を受けたオレの姉は……そいつのせいで死んだ」
「オマエの姉……八神ホタルはたしかにヒロムがこの世界に現れるまでは精霊を3人宿していた所謂稀少種とされていたが八神ホタルの死はヒロムの出自には関係ない彼女自身の精神崩壊に伴う自死だったはずだ」
「だがそいつが産まれたこと、精霊を多く宿している事実は姉を追い詰め死に追いやった。そいつが産まれなければ八神ホタルという人間は精神崩壊を引き起こすような事もなく生き続けられた……つまり、そいつのせいでオレの姉は死んだんだ」
「だがオマエはそんなヒロムに姉が果たせなかった事を成し遂げてくれると期待を抱いていたんじゃないのか?」
「かつては抱いていた事もあった……だが、現実を理解したんだよオレは。今のこの国の現状、そいつの行動が正しかったと主張するかのような今の世論の中に身を置いて日々を過ごして理解させられた……そいつがいたらこの世界は破滅するってな」
「ふざけるな。オマエの言う破滅とやらはそこの十神の女こそ呼び寄せかねないことだ。洗脳されてるのか血迷ったのか知らないが目を覚ませリクト」
「目を覚ますも何もないかもなシンク」
「ヒロム?」
「もう何を言っても手遅れだ。コイツはもう、オレたちの知る八神リクトじゃない……それだけが今ハッキリしてる事だ」
「その言い方は間違いでは無いが、一部間違いでもある」
目の前の八神リクトは自分たちの知る男では無い、ヒロムが自身とシンクに言い聞かせるように口にしたその言葉に賛同するかのように誰かの声がどこからか聞こえ、聞こえてきた声に全員が注目していると空高くから勢いよく真紅のコートに身を包んだ八神リクトが現れた……のだが、おかしい。ヒロムたちの目の前にはパラディンと名乗っていた八神リクトが既にいるのに今新たに八神リクトがもう1人現れるなんてことは普通に考えておかしい。何が起きているのか?
突然の2人目の登場にヒロムやシンク、クロト、レイガが困惑を隠せずにいるとこの信じられないような光景の謎について知ると思われるシェリーが2人目の八神リクトを目にするなり舌打ちをし不愉快そうな顔で言葉を発した。
「八神リクト……!!まさか、オマエもここに姿を現すとはね!!」
「相変わらずだな、十神の女。早速で悪いがそこのオレの偽物は消させてもらう。そいつの存在は本物としてかなり腹立たしいからな……!!」