44話
暴言で煽りに煽り冷静さを奪ったシェリーを潰そうとしたヒロムの前に彼女を守るかのように現れた巨躯の男・岩鯨の名を語ったもの。
名前になど興味も何も無いヒロムはただ単に目的であるシェリーを前にするべく岩鯨を倒そうと接近しようとし、岩鯨へと接近したヒロムは相手が何を仕込んでいるのか、何を仕掛けるのかなどの余計な事を思考する気もないらしく素早い正拳突きを巨躯の男を殴り飛ばそうとその体に一撃を叩き込んでみせる。
が、ヒロムの放った一撃が大した威力を発揮しなかったのか、それとも単に目の前の肉塊が頑強なのかは分からないがヒロムの叩き込んだ一撃を受けても岩鯨は微動だにせず立っており、一撃を叩き込むも手応えを感じられないヒロムは反撃を警戒してか素早く距離を取り構え直して敵の動きを窺おうとした。が、ヒロムが距離を取り構え直しているにもかかわらず岩鯨と名乗った巨躯の男は構えようとせずに何故か周りをキョロキョロ見渡しており、戦いの最中と思えぬ程に呑気なその態度を見せる岩鯨にヒロムは少しばかり苛立ちを感じていた。
「コイツ……ッ!!」
「自分、今のでは倒れないので許せ」
「許せ?許しも何もいらねぇよ!!」
岩鯨の言葉の意味など理解する気も無ければ岩鯨と会話を成り立たせる気もないヒロムは地を強く蹴り岩鯨の目線の高さまで跳び右脚を勢いよく振り上げると敵の脳天に踵落としを喰らわせようと振り上げた脚を素早く振り落とし敵に叩き込もうとした。が、ヒロムの踵落としを予備動作の開始からその直撃まで岩鯨は避ける様子もなく立ったまま、それどころかヒロムの踵落としが脳天に叩き込まれたはずが何も無かったかのように、たまたま蹴飛ばした小石が当たった程度の気の所為で済ませるかのように平然としていた。
「なっ……」
(避ける気ゼロかよ!?)
避ける気など皆無な岩鯨の反応、そして攻撃を受けても動く気配の無い岩鯨に得体の知れぬ脅威のようなものを感じ取ったヒロムは踵落としを受けても微動だにしない岩鯨を柱を蹴るようにして離れ跳び間合いを確保するとシェリーの姿を視界に捉えようとし、岩鯨の出現でヒロムの視界から外れていたシェリーのその姿を視界に捉えたヒロムは岩鯨の事など後回しにするかのように彼女の方へ向かうように走ろうとした。
が、ヒロムがシェリーの方へ走ろうと数歩踏み出した時、まるでシェリーを守るかのようにヒロムの行く手を塞ごうとするかのように岩鯨が巨躯に見合わぬ速度でヒロムの進もうとした方へ素早く動き、岩鯨の図体に見合わぬ速度もヒロムは驚くような反応を見せることも無く歩を止めようとし、岩鯨の動きにヒロムが冷静に対応しようとしていると岩鯨はヒロムをじっと見つめながら何やら不思議そうに彼に尋ね始めた。
「質問なのだが何故姫や自分の邪魔をする?」
「あ?邪魔?」
「邪魔だ。姫も自分も強き者の世界をつくる為に活動している。能力者だけでなく力ある者が納得して生涯を謳歌できる世界だ。だがオマエはその世界を良しとせず姫の邪魔をし、姫を守ろうとするオレの邪魔をする。何故なんだ?」
「オマエらの計画とか目的なんて知らねぇしどうでもいい。オレはオレの目的のためにオマエらが邪魔だから潰すだけだ。その先に求めているものがある……だからオレは邪魔となるオマエらを潰すために戦う、それだけだ」
「オマエも強き者……自分や姫の考えに賛同するべきだ」
「思想を強要されたくねぇな。それに、オマエが姫って呼ぶあの女はオマエじゃなくて死獅王と計画を実現するつもりみたいだぞ?」
「死獅王の事は存じている。だがしかし、強き者の世界は姫の悲願であり達成せねばならない目標だ。死獅王が居ようが居まいが自分のやる事に変わりはない」
「図体と一緒で頭ん中もガチガチってか……ったく、笑えねぇな!!」
岩鯨を相手に探るように言葉を発すヒロムだったがその岩鯨はヒロムの言葉を受けても付け入るだけのスキに繋がるような脆さを見せる様子もなく自らの存在と使命を一貫して口にし、岩鯨の言葉を聞き続けて苛立って来たのかヒロムは全身に殺気を纏うと敵を睨み威圧しようとした。すると、苛立ちを募らせるヒロムのそれを表したかのような殺気を感じ取った岩鯨は小さく息を吐くなり三角形を作るかのように腕を前に出しながら両手を構え、そして両手で作った三角形の中にヒロムを捉えるようにそこから覗き込むように彼を見た岩鯨は少し間を開けるなり不可思議な事を語り始めた。
「ふむ、理解した。オマエの肉体は強き者であるが、魂は弱き者……均衡が保てていない」
「あ?魂だと?どういう……」
突然の奇行に加え謎の言葉、岩鯨の一連の言動が不可解かつ不審に感じるしか無かったヒロムが警戒しながら聞き返そうとした瞬間、岩鯨は気がつけばヒロムの背後に移動して拳を構えようとし、巨躯の岩鯨の瞬間的な移動に気づき反応出来たヒロムは難無く自身の背後に現れた敵の方を向くと同時にカウンターを決めようとした。
しかし、ヒロムがカウンターを決めようとしたその時、彼が放とうとしたその一撃は岩鯨に届かずに終わる事となった。
ヒロムの背後に移動し拳を構えようとした岩鯨を返り討ちにしようと行動を起こしたヒロム。しかしそのヒロムの一撃が放たれるかと思われた瞬間に彼の体は何かによって勢いよく吹き飛ばされてしまい、吹き飛ばされたヒロムが倒れると岩鯨の加勢により救われたシェリーは嬉しそうに得意げに語り始めた。
「ハハハハハ!!やはりアンタじゃコイツには勝てないようね、姫神ヒロム!!実力がどれほど高く肉体を鍛え上げても魂まではどうにも出来ない!!まして今のアンタじゃ勝ち目は無い!!」
「んだと……!?」
「心を砕く拳、岩鯨の扱うその技の前ではアンタは無力なのよ!!」