35話
『傷憑き』、シンクが紹介しようとしトウマが1度は止めようとした人物を新たな戦力として迎え入れようとするヒロム。今は《八神》の敷地内の地下の独房に隔離されているというその人物に会おうとヒロム、クロト、レイガはシンクとトウマにそこへ案内してもらおうと独房のある地下に移動しており、そして……
ヒロムたちはシンクとトウマに連れられて廊下のような長い通路と思われる薄暗い地下空間へと到着し、その空間の中を奥へと進んでいた。
気味が悪いくらいに無音、地下故に陽は入らず照らすための灯りも電球が傷んでいるらしく光ったり消えたりを不規則に繰り返し、光ったとしても微かに照らす程度の弱々しいものだった。
「んだよ、気持ち悪い……まともな清掃してねぇのか?」
「いや……その、シンクがわざとこうしてるんだよ。《八神》の事を考えると管理費が浮くって」
「難解、何故そのような意味の分からない事をするんだ?」
「清掃作業にかかる費用、人件費、備品費用をわざわざ当主が利用するでもない所に回す意味が無いからな」
「まぁ、その通りか……それで、『傷憑き』ってのはどんな人間なんだ?」
「殺し屋だ。詳しく話すと長くなるが……ヒロムは密入国船乗船者惨殺事件を知ってるか?」
「あー……イクトが気持ち悪いって言ってた事件だな。たしか乗員及び乗客全員何かしら違反してるとかだったけど、警察が船内を確認した時船内にいた人間は全員死体になってたんだろ?」
「補足、全死体に外傷は無いのに対して全死体がひどく流血していた。解剖の結果全死体の血管の多くが破壊され動脈が千切られたような状態になっていた」
「たしかそんなんだったな。けど、金品が盗まれたとかそんなんじゃなかったんだろ?」
「それ故に気持ち悪い事件ではある。それにこの事件の犯人は隠れることもせずに廃墟に潜伏、そして白昼堂々と街を歩いて食糧を確保していたくらいだからな。おかげで見つけるのに時間はかからなかったし拘束するのも早く済んだよ」
「白昼堂々って殺人鬼としては異常だな」
「って、まさかだけど……ヒロムさんに会わせようとしてる『傷憑き』ってその殺人鬼なのか!?」
「ああ、そうだ。だから言ったろ?最悪戦死しても構わないって」
「唖然、殺人鬼の後始末をヒロムに託すつもりか?」
「人聞き悪いこと言うなクロト。『傷憑き』の存在が問題しかないのは分かっているがヒロムが求めてるのはあくまで替えの利く腕利きの能力者、その条件に合う1人がたまたまそいつだったってだけだ」
「オレはシンクの判断を疑ってはいない。現に《天獄》のメンバーとして集めてくれた能力者は全員最高の仲間としてついてくれてるからな」
「兄さんはシンクに甘過ぎるよ……」
「で、その殺人鬼の『傷憑き』がどうして《八神》の地下の独房にいんだよ?」
「命を狙って現れたんだよ、オレの」
「へぇ、シンクの……って、は?なんでオマエなの?
普通、そこは当主のトウマを狙うとかじゃないのか?」
『傷憑き』について話す前に殺人事件に関して話しその犯人となる殺人鬼の異常さに触れるように話したシンクはヒロムの更なる問いに対して自身が狙われたと明かし、シンクが狙われたことに違和感しかないヒロムは耳を疑い聞き返してしまった。
当然なのかシンクの命が狙われたという彼の言葉にクロトとレイガも不思議そうな反応を見せ、3人の反応を見たシンクは彼らの反応を予測していたかのようにただ静かに頷いた後に詳細を語った。
「トウマを狙わなかったのはあくまでそいつがトウマの立場を把握していなかった事が大きい。というかそいつはトウマは《十家》の崩壊と共に当主の座を下りてると勘違いしていたからある意味そこに驚かされたし、どういうつもりなのかそいつはオレを殺せば《十家》の中枢に辿り着けるとかよく分からないことを言ったから更に驚かされた」
「つまり、国内情勢……組織的なものに疎かったのか?」
「疎いというか関心が無いんだろうな。現にオレが拘束して独房に入れ隔離してから数日経ったタイミングで今の日本の事を教えたら……「どうやらオレは損した。今ここにオレの求めるものは無い」とか訳分からない事言い始めたからな」
「求めるもの……つまり、そいつは何かしら目的があって殺人事件を起こして注目を浴びようとし、それで足りないと判断してシンクを殺そうとしたのか?」
「そう解釈する他ない。実際、オレも理解できてない事が多いからな。けど、ハッキリ言える事は『傷憑き』の能力に触れるなって事だな」
「触れるな?」
「疑問、能力に触れるなとは言葉として不可解」
「実際に目にすれば早いかもな」
ここだ、とシンクが足を止めて言うとヒロムたちも足を止めるが、彼らが足を止めたのは長い通路のような空間を歩いた先にある壁の前であり、単なる行き止まりでは無いのかとヒロムとクロト、レイガが思っているとシンクが右手を壁に向けてかざし、シンクの右手がかざされると壁は左右に分かれるように開かれ、そして開かれた壁の先で数段階に設置された鉄格子に囲まれるようにその中心に無数の拘束具により厳重に拘束され自由など既に失っている少年の姿を目にする事が出来た。
「アイツが『傷憑き』か?」
「ああ、アイツの能力からオレたちが『傷憑き』と名をつけた殺人鬼だ」