13話
精霊、その言葉はこの世界においてある時まで御伽噺のように扱われていた。人や獣、時には竜などの姿をしたそれは人の魂に宿り宿主の有する魔力を糧に現代世界にその姿を現界させる霊的存在とされ、霊的存在でありながら万人にその姿を視認させる事が可能という不可思議な存在とされていた。
人の心にある潜在意識と深層にある望みを具現するかのように宿主の前に現れる精霊はどこから来て何故宿るのかなど未開のままとされ、昔に確認されていたその存在は現代においてある時までその姿が報告されることが無くなった。
そう、ヒロムが産まれる瞬間までは。
姫神ヒロムが現代に産まれて数ヶ月、彼のもとに11人の少女の精霊が現れ物心もつかぬ彼の魂に宿った。これが現代において精霊が確認された最初の事例であり、ヒロムは16歳の夏まで現代唯一の精霊使いとして知られていた。だがヒロムの周りに集まった人間……とくに《天獄》のメンバーは彼と共に過ごす中で彼に影響されたのか後天的という言い方が可能なレベルでの形によって精霊を獲得してその魂へと宿らせ、《天獄》のメンバーの精霊獲得とヒロムのその存在から確定要素は無いにしても何らかのトリガーが作動することによりその魂に精霊が宿るのではないかと考察されるほど精霊という存在は次第に現代において多くの人間に認知される存在となりつつあった。
そう、生誕から数ヶ月で11人の少女の精霊を宿したヒロムは16歳の夏、《十家騒乱事件》において黒幕となる十神アルトと対峙する際には40を超える精霊を宿し精霊という存在で表裏一体とまで言われる存在となっていた。
が、この騒動の十神アルトとの戦いでヒロムは持つ力の全てを賭して勝利を掴み、そして代償として魂に宿す全ての精霊を1度は失った。
そして現在……
姫神ヒロムは勝利の裏より襲いかかってきた絶望の中で再び精霊を魂に宿し、精霊使いとしてその力を再び世に示そうとしていたのだった
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鉄千を相手にするヒロムのそばに現れた2人の少女。鉄千が『精霊』と呼称した2人の少女はそれぞれが大剣と刀を装備しており、鉄千が2人の少女の精霊を前にして警戒心を異様なまでに高める中で精霊の1人……金髪碧眼の少女は大剣を構えながらヒロムの身を案じるかのように彼に話し掛けた。
「マスター、お身体の方は大丈夫ですか?」
「あん?ああ、大丈夫だ。殴って蹴ってして相手に触れてはいるが何か起きてるわけでもない。おそらくだがアイツは魔力を纏うという基本技能だけで十分な実力を発揮してるタイプだ」
「マスターの攻撃を受けて平然としている……なかなか手強い相手ですね」
「相手が何だろうと最後に勝つのはマスターよ。どうせすぐに力のメカニズムを解明されてマスターにボコボコにされて終わる……それがアイツの末路なんだから」
金髪碧眼の少女が話していると横から紫色の髪の少女がヒロムの勝利を確信するかのような強気な物言いで語り、ヒロムの事を『マスター』と呼ぶ2人の少女のそれぞれの言葉を聞いたヒロムは少し嬉しそうに微笑んでしまう。
「……2人がいるだけで少し気が楽になるな。いや、2人の存在があるからこそアイツを倒さなきゃいけないな」
「マスター、何か作戦があるのですか?」
「マスターの中から見させてもらってたけど、生半可な攻撃はあの魔力に邪魔されて届かない。相応の作戦が無いと厳しいけど……私たちをここに呼んだということは何かあるってことかしら?」
「まぁ、単に数を増やしたかったってのが大きい。クロトの技量と短剣による一撃を受けて怯むどころか傷すら無いのは流石に異常すぎる。だから先ずはどうにかしてヤツの魔力の秘密を暴くことにした」
「なるほどね。それで私とフレイが呼ばれたのね」
「私の力とラミアの力はああいう得体の知れない力を対処するには適してますからね。そうと決まれば……マスター、ご指示を」
「フレイとラミアに今更指示は出さねぇ。その代わり、2人の思う通りに派手にやれ。それで十分だ」
「マスターのご指示の通りに」
「さて、いくわよ」
フレイと呼ばれた金髪碧眼の少女とラミアと呼ばれた紫色の髪の少女はヒロムの言葉を受けると武器を強く握り、彼女たちが武器を強く握ると2人の体から殺気のようなものが解き放たれて鉄千を威圧し、2人の精霊に好きにやれと伝えたヒロムは首を鳴らすなりこれまでとは比較出来ぬほどの速度で鉄千の背後へと回るといきなり殴り掛かり、ヒロムのあまりの速さに驚きを隠せなかった鉄千は想定外と言いたげな反応を見せながらも魔力を纏った拳でヒロムの一撃を防ぎ止めてみせる。
「小僧……急に、加速した!?」
「どうした?基本技能が卓越してるオマエが基本技能が使えないと酷評した相手に驚いてんのか?」
「このっ……!!」
「あんまオレに意識取られんなよ?今のオレの攻撃は……まだ終わらない」
ヒロムの攻撃を止めた鉄千に対してヒロムが忠告すると大剣を持っているフレイは手にする武器の重量を無視しているかのような速度で鉄千に接近すると勢いよく振り下ろす形で敵に斬り掛かり、フレイの大剣が振り下ろされその一撃が迫るとこれまで回避など行動として行わなかった鉄千がヒロムの拳を押し返すなり初めて回避行動を取って大剣の直撃を避ける……が、フレイの振り下ろした大剣を鉄千が避けたその直後、大剣を振り下ろしたフレイの背後から回避しようと動いた鉄千の動きに反応するかのように彼女の後ろから現れたラミアは刀を地と水平に構えるなり素早い突きを放って敵の胸を穿とうと襲いかかり、ラミアの突然の出現と虚をつくような突きが迫る中で鉄千は両手を重ねるように前に突き出し魔力を強く纏わせることでラミアの素早い突きを受け止めることに成功してみせた。
「この……!!」
「流石に余裕がなくなったか?」
ラミアの突きを止めた鉄千だったが一撃を止めた彼は何やら苦戦してるような表情を一瞬浮かべてしまい、それを見逃さなかったヒロムは彼の左側へと現れるなり右の拳で敵の顔面を思い切り殴り、ヒロムの拳が鉄千の顔へと叩き込まれると何かが炸裂するような音が響くと同時に鉄千が勢いよく殴り飛ばされ近くの建物の壁へとその身が叩きつけられてしまう。
「がっ……!?」
「どうやら強固に思えたオマエのその魔力の層も今のオレには攻略可能な難易度らしいな。なら、オマエが能力者として能力を出す前に仕留めてやるよ!!」
ヒロムの一撃を受け殴り飛ばされ壁に叩きつけられた鉄千が立て直そうとする一方でヒロムは拳を鳴らすとフレイとラミアと共に敵を倒すべく走り出し、さらにクロトも短剣を握り直すと彼らに加勢しようと駆け出し加速していく。
「流石、それでこそオレの知るヒロムだ」
「遅れんなよクロト!!後ろはオマエに任せるから派手に暴れるぞ!!」