121話
体が重い。
何かがのしかかっているというよりは地面か壁面に吸い寄せられているような感覚に近い。そして、今何が起きていてどうなっているか把握出来ない。
意識が朦朧とする中でヒロムはゆっくりと意識を完全な状態に戻そうとし、ヒロムの意識が完全に戻ると彼の視界はどこかの部屋の天井を最初に捉えた。
「……ここは……?」
状況が読めないヒロムは回復した意識の中で自分がどこにいるのか不思議に思い、ヒロムが周囲の情報を得ようとする中で体が感覚を取り戻し、それに伴ってヒロムは今何かの上に仰向けで横たわっている事を認識すると体をゆっくりと起こそうとした。
白い壁、白いカーテン、風通しを良くするために開けられた窓、来客用のものと思われる部屋の隅に重ねて置かれた椅子、木製の簡易的な棚とその上に置かれた小さなテレビ、そしてヒロムを載せているベッドがあるだけの部屋。ヒロムの体には包帯が巻かれ、左腕には点滴が打たれていた。
部屋の状態と自身の状態からヒロムはここがどこなのか察し、ヒロムが現状を把握するとそれを見計らったかのように部屋の扉が開くと1人の女性が中へ入り、入ってきた女性にヒロムは少し気まずさを感じながら目を逸らそうとしたが、彼女はそんなヒロムの反応を前にするとまずため息をついた。
「……数日眠っていた状態から目を覚まして最初の反応がそれですか?」
「はぁ……怒ってるだろ、母さん?数ヶ月ぶりに会う息子がボロボロで自分の病院に運ばれるなんてさ……」
「怒ってませんよ、ヒロムさん。状況はトウマさんから伺いましたので。ですが……いくら無茶をするとは言っても肉体を酷使するような真似だけはやめてくださいヒロムさん。私も1人の大人、何より息子であるアナタとトウマさんが傷ついて平気なわけ無いのですから」
「……悪い」
(相変わらず親子関係とは思えぬよそよそしい呼び方……慣れてるからいいけど)
「謝らないでください。リクトさんの件、辛かったでしょう?」
部屋に来た女性……ヒロムの母親である姫神愛華の言葉を前にしてヒロムは簡単にではあるが謝罪するが、彼女は謝罪は不要とした上でヒロムの前で消えたリクトの事を触れようとした。リクトの事を触れられたヒロムは少し悔しそうに拳を握ると愛華に向けて胸の内を明かし始めた。
「辛いとかじゃない……単純に、悔しいんだ。アイツは最初から自分で何もかも背負おうとして自分の死を受け入れていた。オレかトウマ、今の情勢なら《一条》や母さんが当主の務めてくれている《姫神》も手を貸してくれるだろって中でアイツは悪意を纏い真実を引き出す代わりにこれまでの過ちをその命で全て引き受けようとした。そうとも知らずにオレはアイツを力に溺れた……いや、道を間違えたとして単に倒す事しか考えずに戦えなかった。きっと、気づけたはずなんだ。アイツの言動に不自然な点があったはずなのにオレは……」
「リクトさんは飾音さんと同じように余計な心配をかけたくなかったのでしょう。アナタは言葉よりも先に手を出しやすい反面で優し過ぎます。弱い人を見つけたら助けずにはいられない、そういう優しさを持っていると理解していたから話せなかったのですよ」
「けど、オレは……」
「仮にリクトさんの命をヒロムさんが救えたとしても……リクトさんの置かれる状況は非常にまずいものだったはずです。現にここ数日、連日放送される報道はリクトさんの行動を暴挙、国家転覆に匹敵する大罪として真相が判明しないまま都合よく非難する内容ばかりです。死人に口なし、そう言わんばかりにです。《一条》の当主である一条カズキさんが情報の統制と真相解明に《八神》と連携し捜査をするとして負の連鎖を絶とうとしてくれていますが……生存されていたら彼はどんな思いをするか」
「だけど死ぬよりは……」
「ヒロムさん、アナタはこれまで見てきたはずです。アナタを守るために命を賭した人たちの覚悟を。私たちの今はその人たちの覚悟の上で成り立っています。その人たちの覚悟を私たちの身勝手な願いで否定してはいけないと思います」
「……大人になれ、て?」
「そう言ってるように聞こえるかもしれませんね。否定はしません。ですが、忘れないでください。リクトさんの行動はアナタに未来を託すためのものです。託された未来を閉ざす真似だけはしないで」
「……分かってる」
「……すいません、起きて早々に失礼な事を。しばらくは安静にしてもらいますが、ヒロムさんの体の状態なら数日で退院手続きを出せると思いますのでそれまで待ってください。何かあったら連絡をください」
では、と愛華は胸の内を明かしたヒロムに母親としてなのか大人としてなのか分からない言葉で諭した上で簡潔に用件を伝えると部屋を出ていき、愛華が出ていって部屋に1人になったヒロムはリクトへの思いと彼を止めようとするも真に止められなかった自分の悔しさに苛まれるかのように拳を強く握ってしまう。
「クソッ……!!」
悔しさが勝ったのか思わず言葉に出てしまい、ヒロムが悔しさを言葉に出してしまったタイミングで誰かが部屋の扉をノックする。
誰なのか?ノックしてきた人物が誰なのかとヒロムが考えようとする中、返事すらしていないのに扉が勝手に開けられ、そして……
扉が開くと同時に中に黒衣を纏った青髪の青年が入ってくるとヒロムは彼の登場に驚くしか出来なかった。
「一条カズキ……!?」
「元気そうで何よりだ姫神ヒロム」