ただ、君にもう一度会いたい。
愛してるよ。
呼び掛けてもそこにはもう誰もいない。
世界から色と光が消えて
亀はひっそりと海底で泪し、眠り続ける。
これは、愛する者を喪って哀しみのあまり途方にくれている
一匹の亀のモノローグ。
愛してるよ。離ればなれになっても。
ごめんね。寂しい思いばかりさせて。
わかってるよ。もうどんなに願っても2度と会えない。
でも、ただただ、君が恋しい。
会いたくて会いたくて泪がとまらない。
楽しいこともたくさんあったはずなのに
つまらなそうなその後ろ姿ばかり思い出してしまう。
亀は、深海の底でひっそりと泪を零している。
汲めども尽きぬ泪を、今日も。
~プロローグ~
音も色もない静かな暗い海の底で
ただ亀は泣いている。
泪が渇れ果てる日は来るのだろうか。
それとも泣き腫らした亀の目のまま命尽きる日まで
孤独な泪で自らを沈め続けるのだろうか。
今のところ亀には答えはわからない。
ただ冷たい水の底でぼーっと無為に時を刻み続けている。
希望も光も見えない、冷たい水の底で。
かつて、亀の世界は色彩に満ち溢れていた。
絹糸のように滑らかで艶やかな茶色の被毛、
もの問いたげな上目遣いのアーモンドの形をした黒水晶の瞳、
共に歩く世界は光と色に縁取られて、永遠に続けばいいと心から願った。
初めて出会った時は、右の掌にちょこんと収まる心許ない小ささだった。
亀の掌の上で微動だにせず、ちゃんと育つのか不安になるほどの生気のなさ。
可愛いけれど、大人しいを突き抜けたあまりの覇気のなさに半ば諦めかけたころ、
バックヤードから現れた責任者らしき男性が近づきつつ苦笑して、
その小さな茶色い毛玉にそっと手を伸ばした。
‘駄目だなあ、ホントに自己アピールが下手だよなあ、お前。’
毛玉は、男性の声に振り向き、彼を認めるや否や、突然命を吹き込まれたかのように
その手にじゃれつき始めた。
‘ほら、ちゃんと可愛いでしょ。誰にでも甘えることが出来ないんだよね。’
亀は男性の言葉に一瞬言葉を失い、そして毛玉の豹変ぶりに唖然となり、最後に吹き出した。
その瞬間、世界が変わったのを亀は自覚した。
小さな黒く湿った冷たい鼻面が亀の匂いを嗅ぎ、その暖かな鼻息を指先に感じた時、
突然目の前に出現した新しい道に驚きつつ、
けれどもう他の選択肢はないことを瞬時に覚悟したことに、
亀は密やかに、けれど自信を持ってその時が来たのだと悟った。
それが、家族となる‘風’との出逢いだった。
終わりが見えません。亀はいつか光を取り戻せるのでしょうか。




