第2話 複雑な子供心
『おっかえり父さん!母さんがホットケーキ作って待ってるよ!』
『おー!迎えに来てくれたのか~!よしよし、ありがとなフェンリア!』
何を思い出してんだよ……あのイヌ魔王に頭撫でられたせいかな…。
「ケケッ!弱そうなガキがいるぞ!」
だいたい!普通の父親だったとしても15歳の息子にベタベタするのおかしいだろ!!
「チビの癖にデッケェ剣もってらぁ!ちょっと泣かせてやろうぜ!」
………………。
「素手でオイラ達を倒すなんて…」
イヌ魔王の強制ワープによって僕が飛ばされたのは、アステリシア王都の森だった。
この森はたいして強くない…いわゆるザコと呼ばれる魔物しかいない。ちょうど今ザコっぽい奴らに絡まれて、気晴らしに返り討ちにしたところだ。
「こっちは一応勇者なんだよ。おまえ達なんて剣を使うまでもない」
『剣に頼りすぎないように』って母さんによく言われてるし、体術を鍛えるために僕はこうやって戦うことが多い。
今みたいな小さい魔物相手には、大剣振り回しても当たらなさそうだから手でしばいたほうが早いし。
「勇者なのか!?なら話は別だ」」
それよりこれからどうしようかな。
イヌ魔王に転移魔法陣を消されちゃったから魔王城へワープは出来ないし…辿り着くのけっこう時間かかったのに。
「オイラ達だっていっぱしの魔物!勇者に挑んで散るなら本望だ!!さあとどめをさせぇぇ!!」
「しょうがない、とりあえず帰って報告…」
「キィーーー!!!無視しやがったー-!!!」
アステリシア城、第二王子の自室前…廊下にいるメイドさんに挨拶をして扉をノックした。
「テューラァ、いるー?」
「フェンリアか!?よくぞ戻った!」
部屋から慌てて出てきたのはテューラァ王子、僕の幼馴染で2歳上の親友。
喋り方に特徴があるのは、テューラァのお祖父ちゃん……先代の王様の真似をしてたらいつのまにか癖になっていたんだ。
「して、どうであった?魔犬の王とは……」
「うん、僕の父親だ」
「そう…か」
アイツのことをほとんど覚えてなかった僕と違って、テューラァはしっかり記憶に残っている。
遊んでもらった思い出もあるらしくて……魔王になったって聞いたときは泣きそうだった。
「しかし、何故ゆえ魔王に?」
「詳しくは母さんに聞けだってさ………聞けないから、わざわざ会いに行ったってのに…」
「それはあえて話さなかったのかもしれぬぞ?きっと何か事情があるのじゃろう」
「面白がってるだけなんじゃない?なんか楽しそうだったし」
「ふむ…昔フェンリアと一緒にいるときも、とても楽しそうにしておったぞ。」
僕が覚えてない『昔』か…。
「やはりケルベリウス殿は変わっておらぬようじゃな。お主も懐かしかったであろう?」
「どうでもいいよ、あんな犬耳がはえたロン毛の変なやつ…」
「犬耳?……いや待て、確か昔フェンリアが…」
『ケルベリウス殿大変じゃ!フェンリアが転んだのだ!』
『なんだとこのデコボコ地面め!!大陸ごと叩き割ってやろうか!?』
『痛いよ~!膝切れた~!』
『大丈夫だぞフェンリア!父さんの究極癒し魔法で……ほら治った!』
冒険者だった僕の父親はいつも帽子型のバンダナを被っていたけど、僕が豪快に転んだあの日…。
『うぅ~…』
『泣かない泣かない、ほーら父さんの犬耳!ふわっふわっで面白いだろ?いじっていいぞ~』
『…ホントだぁ、ふわっふわ~!』
泣きやまない僕をあやすためにバンダナを外して犬耳をいじらせたんだ………。
「……のうフェンリア、こういう事を言うのもなんじゃが」
「昔から変なやつだったね…なんで僕、犬耳を不思議に思わなかったんだろ」
それに家にいるときは普通に犬耳を出してた気がする…。
「ま、まあ世の中には獣の特徴を持つ種族もおるゆえ不思議ではなかろう!」
「仮にそうなら息子の僕にも犬耳がないとおかしいでしょ?」
僕は母さんと同じで見た目は普通の人間種族だ。ハーフなら多少なりとも別種族の特徴があるはず………あれ?もしかして僕がおかしいのか?
「フェンリアは母親似という事なのではないか?顔は父親似だと思うが…」
僕ってあんなに目つき悪いのかな……ちなみにテューラァや王様は、シアエルフと呼ばれる人間とエルフの血が入った種族だ。
「そうじゃ、さっきちらっと言っておったが今のケルベリウス殿は長髪なのか!フェンリアも長いから親子でお揃いじゃな!」
お揃い…………………。
「テューラァ、ハサミある?」
「ハサミ?何に使うのじゃ?」
「髪を切る」
「なぜ急に…」
「ナイフでいいや、これ借りるね」
「それは余の護身用の!?いつのまに…って待てフェンリア落ち着くのじゃー!!!」
イヌ魔王は黒に近い紺色のストレートな長髪で、逆に僕はやや白っぽい色素の薄い紫色の髪…なんとなくのばしてたけど特に思い入れは無い。
「けっこうスースーするなぁ」
「結える長さの髪をいっきに切ったのだからとうぜんじゃろ…」
縛っていた髪の毛を拝借したナイフでバッサリ切り、お城のメイドさんに残りの髪を整えてもらった。
「フェンリア様は無造作ヘアーも似合いますね~!」
「そ、そうかな?ありがとうございます」
「…テューラァ様はサラサラツヤツヤで、エメラルドのような髪色も素敵なんですけど、髪型をあまりいじれないので物足りないんですよねぇ」
癖の少ない髪質のテューラァはミディアムっていう長さが定着している…王子がボサボサ頭はまずいもんなぁ。
「…スッキリしたことだし、もう一度魔王城に行く準備をしないと。」
「忙しないのう………しかし怖くないのか?道中襲ってくる魔物もおるであろう?」
「魔物に対して怖いって思ってるのか…自分のことなのによくわからないんだ。やっぱり僕、おかしいのかもね」
「いや、フェンリアの精神が強いのじゃ……お主の10歳の誕生日、共に戦士の遺跡に行ったのを覚えておるか?」
「王様が管理してて安全だから行ったんだっけ?」
戦士の遺跡は、新人の冒険者が腕試しをする定番の場所だ。
「うむ。安全な場所だが中は薄暗く、不気味な石像もあった…じゃがお主はまったく怖がっていなかった。」
「テューラァが一緒だったからだよ。一人で行ってたら僕も怖かったと思う」
「うふふっ!テューラァ様が怖がってしがみついていらしたから、フェンリア様は怖がる暇が無かったんですよね!」
「よ、余計なことを言わんでよい!というか笑うなぁ!」
昔から知ってるテューラァ専属のメイドさんにつられて僕も笑い、旅支度をするため部屋を後にした。