第1話 父親は魔犬の王
僕はアステリシア王国の新人勇者、フェンリア・ロキムガルド。
うちの国は、アステリシア王家が邪気を払う力を持っているため強い魔物に狙われにくく…今まで勇者がいなくても問題がなかった。
しかし数日前……ある神託がお城に降りて、僕は王様から勇者になるよう任命された。
王国騎士団員の母さんに鍛えてもらっているとはいえ、僕に勇者が務まるなんて思えなくて最初は断ったんだけど…そうもいかない事態になった。
勇者になって責任をはたさないと………今僕が訪れている場所は王国から海を超えた先、はるか南に位置する孤島。
一休みするため海岸に荷物をおろし、あまり湿っていない流木を集めて炎の魔法を唱える。
「フレイム!……剣の手入れもしておかなきゃ」
濡れてしまった少し長めの髪を適当に縛り直し、背負っていた大剣を手に持った。海水で錆びてしまうのは避けたいから。
緊張と焦りを落ち着かせたくていつも通りに剣を磨きながら、今から向かう場所へ目を向けた。
「とにかく確かめるんだ」
視線の先に見えるのは禍々しい空気の中にそびえ立つ不気味な城………10年前に姿を消した僕の父親が、そこにいる。
当時5歳だった僕は父親のことを覚えていない…顔も声も記憶に無いけど、ただ一つだけ……。
「頭を撫でられた感覚しか覚えてないのに、会ったところでわかるのかな」
うっすら覚えているのは、頭に乗せられた手の暖かさだった。
「し、し、侵入者です~!!!」
魔王城の広い廊下をバタバタと走る、魚のヒレみたいな耳とコウモリっぽい翼をはやした魔物。
アイツを追いかければ辿り着けそうだな……【魔犬の王ケルベリウス】のところに。
「ケルベリウス様~!!侵入者が!!」
「状況は?」
「アステリシア王国の新人勇者です!!『新勇者』が『侵入者』ですよ!」
「くだらんことはいい。状況は?」
「その勇者、子供の癖に腕がたつようで上級レベルの魔法まで使っています!しかも!城内の壁や鍵の掛かっている扉を破壊し、正規のルートをすべて無視して進んっぐわぁ!!?」
―ドシャッ!!
「悪いけど、下っ端には用が無いんだ。」
衝撃が強い攻撃魔法をぶつけたら、さっきの魔物は床に転がったけど…もう一人の男は無傷だ。
「こざかしいガキめ…って痛ぁっ!!?ケルベリウス様!踏まないで!」
「アンタがケルベリウス?…………本当に、魔王なの?」
「いかにも」
部下を踏みながら応えた赤いマントの男は首に大きめのチョーカーを着け、長い髪で右目を隠し…頭に獣耳をはやした魔犬の王ケルベリウス。
隠れていない鋭い左目を僕に向ける……その瞳は冷たさを含んだ赤色。
「ならアンタを倒す!!くっらえぇぇ!!!」
「…ふっ」
魔王は僕の大剣を左手で簡単に受けとめ、素早い動きで右手を振りかざし……
「ひっっさしぶり!!会いたかったぞぉフェンリア!こんなに早く来るなんてさっすが俺の子だ!!」
満面の笑みで僕の頭をクシャクシャと撫でまくった。
「あの~…ケルベリウス様の?」
「そうだよ俺の子!かっわいいだろ?10年ぶりの再会だぞ!」
「……って、手をどけろ鬱陶しい!!」
「お?反抗期?成長してる証拠だな~。でも父さん、ちょっと寂しいよ…」
「父さんとか言うなぁ!!僕は覚えてないし!それにアンタには聞きたいことが…」
「あ、ごっめんな~!父さんこれから魔王会議だからまた今度な、はい転送♪」
「うわっ!?」
魔王が軽く手を上げると僕の回りに空間の歪みが発生した…強制ワープさせる気だ…!
「こんのっアホイヌ魔王ー!!」
こうして父親との10年ぶりの再会は、ドタバタしてろくに聞きたいことも聞けずに終わった。
…何このふざけた展開……こんなの納得できるかぁぁ!!!
「かっわいい息子に会えてすっかりニヤケ顔だぜ!魔王会議の前にキメ顔に戻さねえと~!」
「しかしなぜゆえ、ケルベリウス様のお子さんが勇者に?あなた魔王ですよねえ?」
「魔王の血が混ざってても、勇者の潜在能力をしっかり秘めてたんだよ。すっごいな俺の子!!」
「そういえば先程のケルベリウス様、途中まで普段と全然違う口調で話していましたけど…息子さんの前でカッコつけていたんですか?」
「そういやおまえ、さっき俺の子に『こざかしいガキ』とか言ったなぁ?」
「そ、それは~」
-ズドォォッッ!!!
「ぐわぁ!また!?」
「魔王!僕と戦え!!」
僕はついさっき魔法で強制ワープさせられたけど…念のために対策は打ってあったんだ。
戻ってきて再度攻撃魔法を放ったら、またあの魔物だけ転がった。
「痛ぁぁ…強制ワープで飛ばされたのにどうやって…」
「この城の入り口に転移魔法陣を書いておいたからいつでもワープできる」
「フェンリア~!もうお父さんに会いたくなっちゃった?しょうがない子だなぁ!」
イヌ魔王にがっしり捕まれたまま頭をクシャクシャ撫でられる…なんなんだよっ!
「離せっつの!勇者相手に馴れ馴れしくするなアホイヌ魔王!!」
「親子のスキンシップに魔王も勇者も関係無いって~!」
「そういうくだらない事はいい。それよりアンタなんで魔王に……凄腕の冒険者だって、王様からも信頼されてたのに!」
「いやぁ父さんは訳あってアステリシアの王様に…まあそれは、詳しくは母さんに聞いて!」
「訳ってなんだよ!それに母さんは…」
「じゃあもう一回転送~!魔法陣はこっちで消しとくからな~!」
「ふっざけんなぁぁぁ!!!」
「…よく似ていらっしゃる、やはり親子ですなぁ」
「おお!おっまえ良いこと言うな~…………ところでおまえ名前なんだっけ?」
「ギャーゴイルですが…」
「じゃあギャーゴな、覚えといてやるよ」
「ありがたき幸せです……ワタクシ、お仕えしてもうすぐ5年になるのですがね…」