~再会~
あの日、2人が再会していなければ。
元々、彼らの間に絆などなければ。
後の悲劇は起こらなかったのかもしれない……。
「誰も悪くなんかなかった。ただ欲望に忠実過ぎただけ。」
そう、他者のことを一切考えられない程に、
自分の欲望のみに忠実に生きた男女の生き様……。
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「あれ?彩花?彩花じゃね?」
平日の郊外型ショッピングモールにはさほど人がいない。
シフト制の勤務で中々連休の取れない高村彩花は、
普段都心近くのワンルームマンションで独り暮らしをしている。
今回の実家帰省は久しぶりのことだ。
そろそろ母親の誕生日が近いのだが、当日は仕事があるため
少し早めの誕生日パーティーを計画し、ケーキはこの地元ショッピングモールにも出店している
有名パティスリーに予約をしておいた。
流石にケーキまで手作りしているほどの余裕はなかった。
「昔はお菓子作りも良くしてたんだけどなぁ……。」
今の自分の生活に特に不満があるわけではないが、時間的余裕が無いことが
彩花には唯一の不満と言って良いかもしれない。
ケーキの受け取り時間までまだ少し余裕があったのでモール内の書店をブラついて出てきたところに急に声をかけられた。
知らない声ではなかった。
「え?あ、拓也?わー!何年ぶり!?」
「何年だ?高校卒業以来だから……10年近いんじゃねぇの?お前進学する時すぐに引っ越したからな。」
「うん、だって満員電車に1時間以上も乗って通勤とかヤだったからさぁ……。大学の時からバイトで貯金してたし。」
「計画性あって偉いじゃん!」
「当たり前じゃん!それくらい考えてたよ!」
「の、割には就活苦労してたみたいだなぁ?」
図星を突かれて彩花は言葉に詰まった。
"第一希望”と伝えた会社はことごとく不合格。
彩花が卒業した大学は、所謂"一流大学"ではなかったため、書類選考すらしてくれない企業もあった。
今いる大手の通信関係の会社も、最初は派遣での就職だった。
学生時代に様々なバイトを経験し、学生がやる一般的な販売職だけでなく事務系やコールセンター経験もあった彼女の"実績"を買ってくれての採用だった。
『試験的に派遣として採用して、半年勤務して貰って見込みがあるようなら正社員登用する』
という、いわば"紹介予定派遣"としての入社だった。
当然……と言えば当然のように彩花はその条件をクリアし、半年後には正社員として働き始めた。
それから2年ほど経った時にはグループリーダーになり、今ではSVとして勤務している。
だから他の正社員や派遣社員よりも休みの融通がきかない。
シフトを組むのは彩花自身。
お人好しの彩花はついつい他のスタッフの希望を優先して自分の都合は後回しにしてしまう。
更に当日欠勤者が出て人手が足りない場合"一番家の近い独身SV"と言う事で、休日にも急な呼び出しが来ることもある。
そんな事情を拓也にどう話そうかと戸惑っているとニヤニヤしながら彼の方から
「んな顔すんなって!今のお前の活躍は聞いてるよ!お前んちのおばさんがよくウチのオカンと話し込んでるの聞いてっから!」
と意外な事を言ってきた。
「なんであんたがそんな事知ってんのよ!?盗み聞きは良くないよ!」
「聞きたくて聞いてんじゃね―って!あの家の造りじゃしょうがねーだろ!リビングでオバハン2人がワイワイ話し込んでたらイヤでも耳に入ってくるっての!」
郊外の建売住宅の隣同士の家は作りも殆ど変わらない。
拓哉の言う事に彩花は納得するしかなかった。
「でも……あんた、まだ実家にいるんだ?専門卒業したんだよね?その後どうしてんの?あたし、全然聞いてないんだけど。先月始めかな?里奈と飲みに行ったけど……大地とまだ付き合っててさ。あんた大地と仲良かったじゃん?でも全然あんたの話題でなかったよ?」
急に拓哉の顔が曇る。
「ああ……。卒業して、今は母校の事務みたいなことしてるよ。アシスタントが足りなくなった時とかにオレならとりあえずレッスン代行できるからって……その、口利いてくれた講師がいてさ……。」
なんだか歯切れが悪いのは彩花の気のせいだったのだろうか。
拓也は元々役者になりたくて、高校卒業後役者の養成専門学校に進学した。
高校時代も演劇部に所属していたので彩花も当然その事は知っている。
『そういう業界って厳しそうだもんね……。中々芽が出ないんだろうなぁ……。あんまり深く詮索するのはやめといてあげるか……。』
彩花は一人でそう納得すると、話題を変えた。
「ね、今夜あんた空いてる?お母さんの誕生日パーティーを前倒しでやるんだけどさ。よかったら来ない?久々じゃん?積もる話もあることだし!あたし明日も休みだから今日は実家泊まるしさ!」
当然二つ返事でOKされると思っていた彩花に、拓也は意外な言葉を返してきた。
「あ、ごめん、今日はこれからバイトで、その後に先約があるから帰らないかもしれない……。」
「え、そうなんだ……。わかった、じゃあ仕方ないね……。」
「あ、でも明日の昼間はお前実家にいるんだろ?」
「うん、夕方に帰るつもり。」
「じゃあ、昼飯一緒に食おうぜ。ウチでも良いし、そっちんちでも、外でもいいし。」
「え。ムリしなくていいよ?夜遅いんでしょ?寝れないじゃん……。」
なんだか拓也が無理に取り繕っているように彩花には見えた。
伊達に18年間も一緒に過ごしていた訳じゃない。
拓也が"埋め合わせをする"なんて言うデリカシーは、少なくとも彩花に対しては持ち合わせていないはずだった。
「あ。お前今"拓也にはデリカシーがないから埋め合わせとかするはずない"って思ってるだろ?」
またまた図星を突かれて彩花は慌てた。
そうだ、あっちも同じく18年の付き合いなのだ。
「……まぁね。」
「ばぁか。10年近くあってない間にオレだって少しは学んだんだよ!社会とか、女心とかな!」
「は?拓也に女心わかんの!?」
思わず大声を出してしまい、途端に恥ずかしくなって彩花は辺りを見回す。
幸いなことに書店の周りには殆ど人がおらず、特段注目を浴びる事もなかった。
「だっせ!ま、彩花はあんま変わってないみたいだな!安心したわ!じゃあオレ遅れるから行くわ!あ、明日のことは後で連絡するから……とりあえず連絡先交換しとくか!」
「あ、うん。」
拓也がスマホを取り出したので慌てて彩花もそれに倣う。
互いの連絡先が追加されたのを確認し、拓也は
「じゃ、バイト終わったら連絡すっから!日付変わる前にはレスくれよな!」
と言って早足で駅と直結している出口に向かって去って行った。
彩花はなんとなく釈然としない想いを抱えながらスマホの画面を見ると、もうケーキの受け取り時間になっていた。
「あ!急がなきゃ!ケーキ受け取ったら帰って料理しなくちゃだし!拓也のことに一々関わってる暇無いや!」
と、急いでデリカテッセンコーナーのあるフロアに向かって足を進めた。
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バイト先に向かう電車の中で、拓也はスマホを弄っていた。
『今日オレは23時に上がります。千秋さんの講座は21時で終わりでしたよね?いつもの場所でいいですか?』
そう打つとすぐに既読マークが付き、返事が来る。
『2時間差があるのね。軽くジムにでも行って時間潰してから行くから大丈夫。くれぐれも他のスタッフには気づかれないように気をつけてね?』
それに対して拓也は
「OK」とスタンプを返し、いつもプレイしているスマホのゲームを起動した。