11~20話
「なぁ、名前聞いていいか」
少し前を歩く大きな背中に向かって話しかけた。
「あっ、そうだった。まだ名前言ってなかったね。俺の名前は”向井 裕太”だよ。気軽にユウタって読んで」
(なんだよこいつ、めっちゃ印象良いじゃん。イケメンで愛想がいいとか神様の配分の仕方は一体どうなっているんだよ」
「あぁ、よろしくな”ムカイ”」
しばらく歩いた後、いかにもここでセーブしておいた方がいい感じの門の前に俺の隣の席の少女が見えた。彼女は学校の前の道を渡るために車が来ていないかを確認していて、俺達には気づいていないようだった。
まだ4月だというのに湿度が高すぎる教室に入った俺の前には異様な光景が広がっていた。教卓に立つ男子生徒が話しかける座席にはクラスの男子がまばらに座っていて、静かな教室の中のどこを見ても女子の姿は見えなかった。教室の中にいる人間が一瞬にしてこちらに敵意を向けるようにこちらを見た。
「真翔君、この前窓ガラス割った人が誰か覚えてる」
異様な空間の中で一番偉そうな人間が話しかけてきた。
(いったいどう答えたらいいんだ。こんな空で少しでも間違った答えを出してしまったらまずいな、ここは一旦無難な答えをしとくか)
「いや、わからない」
どのくらいの時間だったのだろう、5秒だったのかそれとも5時間だったのか、次の言葉が聞こえるまでとても長い時間がたったように感じた。
「こいつらの言ってる通りの返事が返ってきたってことは割ったのはおまえだな」
「なぁ、俺らはもう帰っていいか」
後ろから聞こえる向井の声をかき消しながら座っている生徒が俺を睨みながら帰宅の合図を待っている。
「いいぞ」
教卓に立ってる奴が偉そうに許可を出すと教室の中の人たちが次々と立ち上がり、一人ずつ湿った空気を換気していった。教室の中に残り3人になった時にあの返事は最悪な返事だったと気づいた。
「おい、翔太!まだ決まったわけじゃないだろ。なんで誤解を生むようなことをしたんだよ」
「じゃあ裕太は100%こいつじゃないって言うのか」
「それは…」
「ほら無理じゃん」
翔太という人物が見下ろしながら質問をしてきた。
「窓ガラス割ったのって君なんでしょ」
(きっと彼はぶつけどころのない怒りをどこかにぶつけたいだけだ。きっと彼は自分の関わる人たちにただ嫌な思いをさせたくないだけだ。きっとそうなんだろう、ならばここで出すべき答えは一つしかない)
「うん、俺が割った」
「なんであの時、嘘ついたんだよ」
(こいつの怒りを発散させる受け答えはどうしたらいいだろうか、弱弱しい感じで受け答えをしたら少しは落ち着いてくれるだろうか
「…実はこのまま言わなければばれないと思ってた。そしたらこんな風になって、出てきたって感じだよ」
「お前人にケガさせてそれで謝罪もなしに黙ってるなんてなんも感じなかったわけ」
「……」
「なんか言えよ」
(なんかだんだん声量大きくなってないか、俺の反応の仕方で何か違えたか、ひとまずそのまま続けるか)
「悪気はあったけど怖くて言い出せなかった」
「お前ほんとにウザイな、これから覚えとけよ」
そう言い残すと翔太は鞄をもって教室を後にした。早すぎる梅雨に一言も喋ることができずに、教室の中二人しばらく立っていた。
「ごめん、こうなるはずじゃなかったんだ。」
静寂を破る向井 裕太の声が教室に染み渡った。
「じゃあどうなるはずだったんだよ」
「君をここに連れてきて全員の誤解を解くつもりだったんだ。そして誤解を生まずに何事もなくこの件を終わらせたかったんだ」
「そうか、じゃあ残念だったな。この件の犯人は俺になったんだよ」
「本当に申し訳ない」
灰色の空の下、家に着く。玄関に見覚えのない靴を一組見つけた。自分の靴を下駄箱の端に寄せていると後ろの扉の開く音が聞こえた。予想はついていたが改めてその扉の方を確認したら妹が立っていた。妹は目が合うとすぐに心配そうな顔をして問いかけてきた。
「大丈夫、なんかあった」
「そうなんだよ、金曜日になぜか出費が多くて今金欠なんだよ。おかげで今週末発売の新作ゲームが買えなくなっちまったんだよ」
「そう…それならしょうがないね。今友達来てるから帰るまで部屋の中に居てね」
「お、おう」
ベランダに出る窓ガラスは半透明に染まっていた。
手に持って帰ってきた紙袋を妹の部屋の前に置こうと持った時、ふと上に乗っていた可愛げの一切ない真っ白でどこでもすり抜けてしまうほどに薄い隔離箱に目が行った。何かに突き動かされる右手はゆっくりとそれを手に取った。隔離されたものを封を開けて中に入っている物もまたこちらを覗いていると、文字がぎっしりと詰まっている紙が複数枚見えた。何枚もある紙が二つのグループに分けられていて片方のグループは集団には混ざらないという強い反骨精神が感じ取れた。たった一枚だけ別になっている紙を取り出して文字を一文字ずつ丁寧に眺めた。
高橋真翔君へ
この前は私が道で転んだところを助けていただきありがとうございました。あの時、真翔君が通らなかったら私はそのまま学校に行こうとしてました。無理に学校に行こうとした私を止めてくれた真翔君にはとても感謝してます。きっとあのまま学校に行っていたら私は入学早々笑いものになっていました。本当にありがとうございます。
この袋の中に入ってるお菓子はお礼です。お口に合わなかったらすいません。そして、同じ封筒に入っているもう一組の手紙は妹さんにお願いします。
栗原りんより
(いろいろ思うことはあるがまず…こんな名前だったんだな。人に簡単に名前を聞けない俺にとってこの情報はかなり助かるな。そして、先にこっちの手紙から見ておいて良かった、って言うか渡すときに言ってほしかったな…そうだ、このお菓子差し入れってことでリビングに持っていくか)
リビングの扉を開けた瞬間、沸騰しているお湯に冷水を入れたかのように静かになった。
「これ、差し入れ。二人で食べな」
軽いフットワークでこちらの方に妹が来た。
「何お兄ちゃんどうしたのこんなの持ってきて、もしかしてあの子狙ってるの。残念だったねお兄ちゃん、先にお兄ちゃんの悪いところ吹きこんでおいたから」
「違うよ、金曜日にお前の服を貸した人からのお返しだ。手紙と一緒に服を部屋の前に置いておくからな」
「わかった、じゃあばいばい」
勢いよく閉められたドアは思ったより丁寧に閉まった。
透き通った空にすずめの鳴き声があたり一帯を埋め尽くすほどに響いていた。布団とシーツに挟まれた暖かい魔境に心と体が完全に取り込まれてしまっている。意識が再び吸い込まれそうになる中、淡い女の声が耳に入ってきた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、目覚ましが鳴ってるんだから早く起きてきなよ、テレビ見てるのにうるさいんだよ」
ベッドの横から的確に腹を狙ってバシバシと叩いてくるあたり、さすが俺の妹と言わざる負えない。
「わかっt…起きる…だから叩くn…」
「じゃあ早く起きてきて、お兄ちゃん」
その言葉と同時に妹の猛攻撃は落ち着き、魔境をすべて破壊した後にリビングへ戻っていった。
静かにリビングの扉を開けて中に入った。机の上にはあの伝説の白米と漬物のコンビが鎮座していてその隣に卵焼きが堂々と並んでいた。魔境とは違う別の種類の引力に引かれて席に着き、朝ごはんを食べ始める。止まらない箸を無理やり止めるようにして妹が話しかけてきた。
「お兄ちゃん、結局昨日は何があったのさ、私に話してみな」
(やっぱりそうだよな)
「昨日もらってきた差し入れのお菓子なんだがな、実はあまり好みじゃないやつだったんだよ。でも、結衣たちが美味しそうにしてくれてたから良かったよ」
一瞬間が開いた。
「なんだそんなことか、私も心配してなんか損したよ。まぁなんかあったら言えるときに言ってね」
「あぁ、そうするよ」
時間の流れは曇りのない春らしい空気に浄化しているらしい。
耳栓から流れてくる湿った音を耳に通している。地面の上から桃色の水玉が消えかけてることに気づき、俺は内心『ざまぁみろ』と皮肉っていた。
「そういえばこの前学校の窓ガラスが割れたらしいよ」
「それ聞いた、意外とどの学校にも荒れてる部分って少しはあるのかな」
「そうかもしれないね。っていうかこの後の日本史面倒くさくない」
そんな会話が左の肩を叩かれるとともに後ろのげた箱から聞こえてきた。すると左側から気の強そうな声が聞こえた。
「高橋君」
左右であべこべな世界を聴きながら黙って会釈をした。再び自分の世界に統一しようとした俺に今浪先生は話しかけてきた。
「昨日の話は向井君から聞いたよ、君は本当にこれでよかったのか」
「しょうがないでしょクラスのみんながこれを望んでたんだから、先生は周りが笑顔で笑ってたら先生自身も幸せですよね」
「そうか、君がそう言うならきっとこれでよかったんだろう。一応私も教師だからな、昨日の件については知っておかなければならんのだ。何か言い忘れがあったらいつでも言ってくれ」
「わかりました、そうします」
今浪先生が去った後、周りを見ずにまっすぐ教室に向かうことにした。下駄箱から上がってくる人たちの視線を脊中で感じながら自分に与えられた教室にたどり着いた。
両手で数えられるほどの人数しか来てない教室の中は、席なんて言葉がこの世から消えたみたいに人が移動していて俺はその流れに逆らうように席に着いた。一つ息をついたその時、右の肩にやさしい衝撃が1度感じられた。そちらを見てみると、体をこちらに向け左手の人差し指を軽く曲げてこちらを指さす栗原りんの姿があった。両耳についている加湿器を取って彼女の声を聴いた。
「差し入れどうでしたか、お口に合いましたか」
「あぁ、妹が美味しそうに食べてたよ」
「そうですか、良かったです。ところで勝手にお礼としてお菓子を渡してしまいましたが他に何か考えていましたか」
(そういえばそんなことがあったな、いろんなことがありすぎて忘れてた。そうだ、ちょうどいいな、これにしよう)
「うちの妹と話してくれないか」
「え…わ、わかりました」
昨日の夜に妹が言っていたことを思い出した。
さっぱりとした醤油味のスープに絡みつく中太麺をどんぶり一杯食べ、食後にバニラアイスを頬張った。[美味しい]が腹の中を満たしたまま部屋の中で一人携帯でゲームをしていた。
「お兄ちゃん」
「なんだ結衣か」
「なんだとはなんだ失礼だねぇこの兄は」
「で、急に俺の部屋にきてどうしたんだ」
「久しぶりにお兄ちゃんと遊ぼうと思って来た」
「そーかそーか、また今度な」
「うわー冷たいな私の兄弟は、まぁまぁそんなこと言わないで私と一緒に遊ぼ」
(うわぁ、この感じは遊ばないとしつこく言ってくるやつだ。それより何でいきなり遊ぼうとしてくるんだよ、ここ何年もまったく一緒に遊ばなかったじゃん。本当にこいつわかんねぇ)
「遊ぶって言ったって何で遊ぶんだよ」
「それはね…これ!」
妹がポケットから取り出した手のひらサイズの透明なケースの中には、4種類の1から13までの数字が書かれた古典遊具が入っていた。
妹はカードを一枚ずつバラバラにまき散らしながら話しかけてきた。
「お兄ちゃん、服を貸した人ってもしかして仲良かったりする」
「仲がいいって訳じゃないけど一応隣の席だ」
「だよね良かったぁ、お兄ちゃんが入学早々に女の子と仲良くなるとかありえないもんね」
(こいつ俺をバカにしに来たのか)
「ところでお兄ちゃん、その人って家に呼ぶことできる」
「何でだ」
「あんな手紙を書くような人がお兄ちゃんのすぐそばにいるなんてすごいなぁって思ってね、一回お話してみたいんだよ」
「それわざわざ家に呼ぶ必要あるのか」
「お兄ちゃんは呼ばなくてもいいの…あっ、自分のコミュ力に自信がないのか、ならしょうがないなぁ。サイゼとかのお話しが一緒にできるところでいいよ」
神経衰弱の勝敗は全部妹が勝った。
世間では初々しい雰囲気が消えてきて次第に気温が上がり始める時期、窓が一か所段ボールが張られている教室に昨日までの淀んだ空気が嘘のような程透き通った世界が広がる。そんな日の昼休み、屋上で春風を感じながら、高校に入るときに親に買ってもらった平たい片手サイズの相棒とともに一人弁当を食べていた。
(見つけてしまったようだ、俺だけのための場所が。一人でこの広大なスペースを独り占めできてると考えると…素晴らしい!しかもここにきて気づいたことだが、ここにいるとなんか落ち着く。俺は決めた、これからはここで昼ご飯を食べることにしよう)
昼ご飯を食べ終わり屋上でしばらくの間暇をつぶした後、5時間目の準備をするために教室へ戻る途中で、金色の髪の毛をフワフワと舞わせながら、ある教室の前で壁に右手をついて背中を丸めている少女が見えた。その髪の毛の持ち主は間違いなく低血圧のお姫様だった。俺は次々に頭に浮かんでくる疑問を必死に押し殺しながら彼女の横を静かに通り過ぎた。気づかれてないと思ったその時、後方から弱弱しい声が聞こえた。
「ちょっと、そこの人…こっちに来てほしいんだけど…」
(やっぱり見つかってしまったか、俺が誰か気づかれる前にさっさと話し済ませて教室に戻ろう)
「本当に申し訳ないんだけど…私を背負って…保健室に連れて行って…お願いします…」
「わかりました」
下を向いている彼女の息は長距離を走った後と思えるほどに荒くなっていた。
色白で小柄な少女を背中に乗せながら次の授業に遅れることを確信して一歩ずつ足を踏み外さないように進んでいると少女が耳元で話し始めた。
「なんか、あなたに寄りかかっていると落ち着きます。何故でしょう、以前どこかでお会いしましたか」
「そんなことありえないですよ、気のせいじゃないですか」
「そうですよね、あり得ないですよね。変なこと聞いてすいませんでした」
保健室の前に着き脊中から少女を下ろそうと声をかけたが反応がなかった。そのまま保健室の中に入り、保健室の先生に彼女が低血圧であることを伝えて預けた。
教室に戻る階段の足取りはとても重かった。
学生にとって一日の中で最も嬉しいであろう時間がやってきた。教室の中に一つの合図が出るとともに秩序が無くなり、すぐに帰る人や教室の中でほかの人と喋る人、依然として勉強を続けている物好きなどまさに無法地帯だ。そんな無法地帯の中からいち早く抜け出そうと支度を済ませていると隣の席にいる栗原りんが人差し指でわき腹を突いてきた。
「私まだ部活入ってないからいろんな部活の見学に行きたいんですけど一緒に行きませんか」
(すぐに帰りたいんだがこの顔で言われて断れる男子がこの地球上に何人いるのだろうか、少なくとも俺には断る資格は無いだろうな)
「いいよ」
広い学校の中を二人で回りながら様々な部活を見学していた。今日やっている部活のほとんどを見て回り、次にどこに行くか二人で相談していた時、目の前の曲がり角から今にも消えてなくなってしまいそうなほどにフワフワした少女が出てきた。その少女の後ろからついてくる金髪は気配を消すのを一瞬遅らせ、そのせいですぐに見つかってしまった。
「え…あなたなんでこの学校にいるのよ、もしかしてあの時私のことを調べ上げて特定したの。気持ち悪いわね」
「俺はちゃんと勉強してこの学校に入ったんだ。それよりお前高校生じゃねぇか」
「それが何なのよ。関係ないでしょ」
「俺はお前が『ロリコン』って言ったのは忘れないからな」
「実際、私幼く見えるでしょ」
「確かにお前はガキみたいに見えるな。まぁ今はガキには用はないんだ、じゃあな」
「ちょっと待ちなさい、あなた今何してるのよ」
「部活を見て回ってるんだよ」
「そう、そういうこと」
金髪によってより白さが目立つ彼女がニヤッとした。
「あなた今どこの部活にも入ってないってことなのね」
「まぁ、そうだけど」
「じゃあ私の部活に入って」
「一応聞くけど何の部活だ」
「知らないわよ、これから作るんだから」
「え…どういうことだ」
「やっぱり知らないのね。まず、この学校がなんで部活動に入ってる人が多いいと思うかわかる」
「教師が必死に入れようとするから」
「確かにそれもあるけど、それだけじゃこんなに部活動に入ってる生徒は多くならない。ならどうしてこんなに多くの生徒が部活動をしているのか。それは、この学校は簡単に部活動が作れるからよ。あなたが侍らしてるその女の子と一緒に部活を作りましょ」
「まぁ、俺は構わないが…」
「そちらの子はどうかしら」
急に話を振られたことに焦ったのかしばらく間が開いた。
「あ…私はいいと思います…」
(前々から思っていたがこの子はかなり人見知りなんだろう)
「じゃああ明日の昼休みに集まってどんな部活にするか決めるわよ。いい」
その後俺たちは解散した。
解散後、一度クラスに忘れ物を取りに行ったためほかの二人より帰るのが遅れてしまった。急いで校門に向かうとそこには見た目が幼い高校生が門の端に寄りかかって立っているのが見え、避けるようにして逆側の端から校門を抜けようとしたとき運悪く彼女が話しかけてきたのがイヤホン越しに聞こえてきた。油断していたところに聞こえてきたので反射的に反応を余儀なくされた。
「そこのあなた、ちょっと待ちなさい」
彼女の方に向いた目は太陽から出てる橙色の光をその身にまとった少女を捉えた。
(やべ、反応しちゃった。まだこのまま通り過ぎれば何とかなるだろ)
「ちょっと、聞こえたんでしょ待ちなさいよ」
「…なんだ」
「あれだけしっかりとこっち見ておいてそのまま通り過ぎるのはすこし図々しいんじゃないの」
「それはごめん。それで、なんか用があるのか」
「……」
「何もないならこのまま帰るぞ」
「…ありがと」
「気にするな、どの部活に入るか全く決まってなかったからな」
「あなたってバカなんじゃないの…やっぱりあなたはバカなままの方がいいわね。じゃあ、また明日」
「じゃあな」
(この答えは彼女にとって間違えは無いだろう。きっと彼女は気づいている、だが互いに知らないふりをしてる方が出来つつある人間関係に傷をつけなくて済むから)
遠のいていく人々の後ろ姿は日陰になっていた。
もう4月も残りわずかになり外の気温がより一層上がってきた日の昼休み、右肩を人差し指で貫手してきた少女は人気のない教室に一緒についてきてほしいという誘いをしてきた。いったいどんなことをされるのかと期待していたが、その教室に入った瞬間にここは現実だったということを思い知った。なぜなら教室の中には先に入っていた金髪の少女が弁当を広げて待っていたからだ。
「あなた達遅かったわね」
「しょうがないだろ、弁当食べてから来たんだから。それで、何を話せばいいんだ」
「そうね、立って話すのは疲れるでしょ、ここに座りなさい」
彼女が弁当を片付けてる間に指定された席に座った。
「まずあなたたちは部活を作るために必要な条件って何かわかるかしら」
「昨日の放課後に初めて部活を作れるなんて知ったからわからない」
「そうよね、じゃあ、まずは条件から話すわね。条件は二つしかないの、一つ目は参加する部員がいること。二つ目は顧問の先生が一人以上いること。これだけよ。そしていま私たちは一つ目の条件はクリアしてる。問題は二つ目、顧問の先生がまだ見つかってないのよ」
「その辺の先生に声かけて適当に顧問にするのはダメなのか」
「昨日の昼休みにそれはしたけどみんな口をそろえて『何をするか決まってない部活には顧問になれない』って言われたわ」
(なるほどな、だから昨日あんな感じになってたのか)
「それでこの昼休みで何をする部活か決めるわよ」
「ちなみにお前のやりたいことはなんだ」
「私はだらだらとした部活がしたい」
「栗原さんは何かある」
「わたしはこの子がやりたいものなら何でもいいです」
「この子ってなんかよそよそしいわね、私は佐藤・マレーナ・ユリア気軽にユリアって呼んで。それで、なにかいい案はないかしら」
「何かいい案って言われてもな…あ、今思いついたんだが【日々の楽しいことを研究する部活】ってのはどうだ」
「いったいどんな内容の部活なのかしら」
「自分たちの楽しいことをする部活という表向きの何もしない部活だ」
「いいじゃない、でもちょっと名前が長すぎないかしら。やっぱり部活を代表する名前なんだし長すぎるのはダサいわ、もう少しスタイリッシュに短くならないの」
「そうだなぁ【楽研部】ってどうだ」
「それいいわね、じゃあ放課後になったら顧問の先生を探すわよ」