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7、もみじ饅頭と怪談

「家にもみじ饅頭があるんだけど」

 ユキちゃんの言葉に俺もいつだったかけっこう最近、もみじ饅頭の紙袋見たなとふと思う。

 なんだっけ。


「もみじ饅頭があるんだって」

 ユキちゃんの話の続きを待っていたらむこうもこっちの判事を待っていたらしい。少し怒ったように同じ事を繰り返された。


「得体が知れなくて食べられないヤツが」

 ああ……それもまた怖かろう。


 もみじ饅頭は賞味期限がそろそろピンチになっているらしい。

 それはいかんとユキちゃんちに行き、いいと言うのでそのままユキちゃん宅にて食後のデザートがわりにもみじ饅頭を毒味を兼ねてまず俺が食べる。

 この間広島まで駆り出された悟君が言付けたもみじ饅頭は若い女の子相手だからかチョコレートやクリームも入った大きめのアソートセットで、犬を一晩預かってもらったお礼にはちょうどいいように思えた。


「んーとね、オオカミ筋ってやつ? みたいな? つぎ抹茶いってい?」

「マジでか。夢にしとこうと思ったのに。抹茶とこしあんはいいけど粒あんは置いといてほしい。でも犬にしか見えなかったけど」

 抹茶の許可をもらって二個目に手を伸ばした。


「血は薄まるってやつ?」

 自分の事ではあるんだけど確証がある訳でもないので疑問形になった。研究結果がある訳でもないし。

 それにオオカミ姿だったらさすがにその辺りうろつけないし。


「先祖返り的な?」

 そう言いながらユキちゃんはもみじ饅頭の箱から視線を上げない。

 ごまかしようがなくて正直に言ってみたけど、ユキちゃんは理解が早いらしい。

 ただ本当に理解しているのか、妄想家につきあっているつもりなのかユキちゃんの態度は判別しにくい。そんなユキちゃんは二つ食べた後、次を物色している。


「それそれ。え、三つめ?」

 ていうかホントにこっちを見ようとしないな。


 当たり前か。


「……今なれたりするの?」

「今はムリ。親戚の兄ちゃんがいないと」

 悟君は犬になったりはしないけど『説得上手』だ。

 もともとの素質もあった上に、弁護士の勉強の賜物と怪しげな血のせいでハンパなく人に何かを『思い込ませる』。


 例えば電話でユキちゃんに「普段通り(・・・・・)」と暗示まがいの『説得』も出来てしまう、みたいな。


 そして俺は悟君の言葉でしかあの姿にはなれない。思い込みの力恐るべし。

 警察犬がいるように興信所では犬がいると何かと便利という事で年に数回、高額なバイト料で使われている。

 三つめになるもみじ饅頭をじっと見ていたが、大きなため息をついてこちらを見上げるので何を言われるのかと緊張が走った。


 目が合って、ユキちゃんはもう一度小さくため息をつきながらもみじ饅頭を手にした。

 人の顔見てため息って地味に傷付くんだけど。でもまぁこの場合は仕方ないか。


「あーもー嘘でしょ。根幹が揺らいだ」

 ユキちゃんはもみじ饅頭片手に頭痛でもするかのように残る片手を額に添えてもう一度ため息をついてぼそりとそう零す。


「なんかごめんね。心霊系がダメなら俺、嫌だよねぇ」

 場を和ませようとへらりと笑って見せたけど、なんか自虐感がきつい。


「……幽霊とかいたらさ、殺人犯はほとんどみんな『見た』って言うはずじゃない?」

 相変わらずこちらを見ようとせず、ユキちゃんは突然そんな事を言い出した。


「連続殺人なんてまず起きないはずだし、未解決事件なんてないはずじゃない? だから別に信じてるワケじゃなくてさ。ご住職の話じゃないけど復讐も出来ないんならやっぱいないんだろうなって思うし。亡くなった人が守ってくれるなら災害とか事故で小さい子が亡くなる事もないはずじゃない? だから常々この世には神も仏も無いなって思ってるんだけどもさ」

 ユキちゃんの言う事はご尤もだった。

 正論で、悲しくてつらい話で、過去に何かあったのかと不安になる。


「わたし想像力がめちゃくちゃ豊かなのよ」

 唐突だった。


「シャンプーしてる間に後ろとか何かいたらとか」

 ああ、よく聞くよな。


「ふと窓見たら何かと目があったらどうしようとか」

 うんうん、あるある。


「夜トイレから出てゼロ距離に女の人立ってたらとか」

 あー、それはヤバいヤツ。


「寝てる間にベッドから落ちそうになってたタオルケット引きづり上げたらおばあさんがべったりくっついてて一緒に上がってきたらどうしよう、とか考えちゃうワケよ」

「こっっわ!」

 最後のが一番怖かった。


 信じてないけど想像して、自家中毒になるみたいな?

 しかも「神も仏もない」と断固とした信念があるなら逆に縋る対象もないだろうし、それは相当キツイだろうなぁ。

 夜間、電気をつけっぱなしにするのが分かる気がする。


「ホント申し訳ない」

 思わず心の底から謝罪した。

 それだけ想像力が豊かなら、心霊番組なんて見た日には色々想像してしばらく怖い思いをするんだろうか。するんだろうなぁ。


「やっぱ泊まろうか」

「何を言うかバカタレ」

 流暢になじられた。


「いや()みたいにしたらちょっとはマシなのかな、と。前の時は電気消して寝れてたじゃん?」

 ユキちゃんは軽く目を瞠った後一つため息をついた。


「なんでそんな平然としてるかな。ひとごとだと思って」

 恨みのこもった目でまたぼそりと非難される。うん、よく「最終手段があるからって緊迫感なさすぎ」と悟君にも窘められるんだよな。


 そこでフッとユキちゃんは小さく鼻で笑った。まるで勝ち誇るみたいに。

「児玉さん、首輪とリードが趣味だと思ってるよ」


 ユキちゃんはそんな恐ろしい事を言って手にしていた三つめのもみじ饅頭を箱に返した。

 曰く、食べられるけど食べたら後悔するのが分かっているからと。


 ヤベェ、ひとごとじゃなくなった。

 児玉の姉さんに次会ったら普通に接する自信がねぇわ。


 そして「首輪とリードと手錠って思ったら馬鹿馬鹿しくなった」と清々しいまでのにやにや顔で家に帰された。

「蜘蛛ごときでうっかり人間に戻るような人に家にいられてもねぇ」とも言われてしまうと反論の余地もない。

 体力が戻ってたところにアシダカグモとの遭遇という不測の事態だったとはいえ、面目ない事この上ないわけなんだけれども。


 大丈夫なのかなぁ。

 一人になってふと思い出したら寝られないんじゃないかね。

 ベッドに入る前にベランダからちょっと隣を伺うとやっぱり電気はついていて━━ああ、悪い事をしたなぁと自己嫌悪に陥った。


 ※


 もみじ饅頭から一日空けて出勤時に会ったユキちゃんは沈痛な面持ちで俺を恨めしそうに見てきた。

「得体の知れないもみじ饅頭が減ってたんだけど」

「一緒に食べたじゃん」

 また夢で片付けようとしていたのか。

 駅に向かって並んで歩くが、それにしてもユキちゃん歩くの速い。

 背の低い友達が「普通に歩くと置いて行かれるから自然と速くなった」って言ってたな。


「言おう言おうと思ってて忘れてたんだけど。ユキちゃんの寝間着さ、男ものを外に干すためなんだろうけどアレで来客応対はやめといた方がいいよ」

 ちょっと前の話で何を言われたか一瞬理解出来なかったらしい。


「あれは朝っぱらでまだ夢だと思ってたからで! だいたい」

 怒らせた。 


「犬になるような人間に言われたくない」

 あ、一応認識はしてるのか。


 あれから何にも言わないからなかった事かまた夢だと思ってるのかと思ってたんだけど。

 往来では言わないでほしい。

 周囲からちらっと見られた気がする。前を歩いていた若い兄さんまでちらっと振り返ってたぞ。


「……なんで服着てるの?」

 実に不思議そうに聞かれた。服の話になってふと思いついたらしい。

 また前を行く兄さんが振り返る。さっきよりこっちを見る時間が長い。キツイ。


「大きな声でそう言う事を言わないように。上級の変態にしか聞こえないから」

「変態の方がまだよっぽど現実的だった」

 そう言ったユキちゃんの目は遠かった。ちなみに会社勤めだと言ったらそれはそれは微妙な表情で見られた。スーツ着てるのになんで疑われるかな。


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