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5、犬の主張

 昨夜のことだ。


 家に入れないという絶望。

 何やってんだよ、悟君。

 さっさと帰って来てくださいよ。


 合流するはずの遠縁の兄ちゃんがトラブりやがった。

 仕方なしに自宅まで帰ってきたものの……荷物は預けたまんま。これじゃ家に入れねーじゃねーか。


 今日は朝から悟君に付き合ってもう一歩も動きたくない。

 連絡取れねぇしなー

 期待した程は冷たくないステンレスのドアに体をもたせかけて涼んでいると近付く足音に気付く。


 あー、どうしたもんだかなー。

 まぁ誰が相手だろうとスルーされる(・・・・・・)んだから、どうもこうもないんだけど。


「どうしたい、おまえさん」

 随分古風な口調でそう言ったユキちゃんは実に不快そうに眉間に皺を寄せて俺を見下ろした。

 マジでか。声かけられるとは思わなかったわ。


 ※


「だから蜘蛛ぐらいでガタガタ言うなっつーの。今日もお仕事よろしくお願いします、って温かく見守っときゃいいんだよ」


 普段なら、こんな事にはならない。

 それが不測の事態というやつで悟君が依頼人の痛い女につかまって、なんでか県外まで行きやがった。

 俺が危害を受ける事はない。

 悟君の能力はすごくて、そこは信頼できる。


「ゴキなんてね、何億年も前から姿が変わらない生きた化石なんだから。こっちが後なんだからしょうがないでしょ」


 危害を受ける事はないけどもよ! 締め出されたらどうしようもないんですよ!


 悟君は明日にならないと帰れないって。

 うん、まぁそれはいい。よくある事だし。


 ただね、元に戻る体力がない時にほっぽり出すのだけはホントに勘弁してくださいよと!


 隣人宅に宿を借りられたのは助かった。

 巻き込んだような気もするが、こっちはあの格好だ。まぁ問題もなかろう。

 おかげで何とか体力を取り戻して朝、悟君にお迎えに来てもらえばこの仕事が終わる。


 そのはずが、蜘蛛を見ても放置するこの女傑なお隣さんのおかげで!

 あいつ動いたら音がするんだよ!


 こっちは犬なもんで聴覚が発達してたのがまた最悪だった。

 気付いちまったんだよ! ベッドの下のそいつと目が合ったんだよ! アシダカさんとやらとさぁ!


「寒いトコは苦手でコロッと死んでたのが温暖化で冬まで越すようになっちゃったんだから人間が悪い。自業自得ってやつ」

とか。


「飲み屋でバッグに入ってそのままお持ち帰りして家にリリースとかやってんのよ。それを家でお留守番してたアシダカ将軍が待ってましたとばかりに退治してくれるんだからむしろ感謝すべきでしょ」

とか。


 身の毛もよだつようなえぐい話を延々聞かされるのは、どうやら危害とはみなされないらしい。

 そりゃ通報されるよりは断然マシなんだけど、それにしてもこの拷問のような説教はいつまで続くのか。


 でもって男物なんて着るから大きめのTシャツにトランクスというなんとも見ているこっちが目を逸らさざるをえない格好なんだが、本人は気にならないのか。

 それほどまでにブチ切れているのか。


「このパータレさんが!」

 うん、ブチ切れてるな。

 この珍妙な罵りは二回目だし。


 でもってトランクスは短パンとして履いてるんだよな?

 中、履いてるよな、とチラつく組んだ足を前に無心を心がける。


 修行だ。

 昔やらされたあれを思い出すんだ、俺。

 滝とか何にもない部屋で精神統一みたいなマンガみたいな事やらされた、あの日々を思い出すんだ。


「ワンコを迎えに来たからと、勝手に人の家に夜中上がりこむのは犯罪だと……」

 悟君は弁護士資格も持ってるし、この窮地を救ってくれるとは思う。

 いやもう弁護士としてだろうが、もう一方の方でもいい。

 そしてやっと約束の時間だ。

 九時ちょうどに玄関からうちと同じ音の呼び鈴が鳴る。


 ユキちゃんは自分の格好を見て一瞬顔をしかめたが、結局そのまま玄関へと足を向けた。


 おいぃ、その格好で出るのかよ。

 用心深いタイプかと思ったのに単なるズボラかよ。

 土間の端に置かれた使い古された男物のスニーカーも、男物の衣類も防犯かと思ったらちがうのかよ。


「大上の遠縁です」

 迎えに来たのは悟君ではなく、秘書のような、助手のような仕事をしている顔見知りの男だった。


 そいつは俺の今の人の姿に少しだけ眉を動かしで驚いたようだが、社交辞令感しかない笑顔で菓子折りの入っているだろう紙袋をユキちゃんに渡している。

 遠慮を見せるユキちゃんに「とんだご迷惑をおかけしました」「大変助かりました」と一般的な礼を述べ、その間に俺は靴下のまま外に出た。犬を迎えに来た人間が靴なんか持って来るわけがないから仕方ない。


 ユキちゃん宅をお暇し、二人で向かうのは隣の俺の自宅だ。

 玄関に入って言葉を発したのは同時だった。


「さすが悟君」

「さすがですね、宗助さん」


 ……ん?

 お互い褒めちぎった後、ん?と眉をしかめる。


「悟君がこの格好でも大丈夫なようにしてくれてるんじゃねえの?」

「そんな余裕ないですよ。ド修羅場だったんですから。宗助さんが自分でうまい事ごまかしたんじゃないんですか?」

 あの悟くんがド修羅場ってあの依頼人やっぱヤバかったんだな。先に家に帰らせてもらって良かった。

 まぁこっちも蜘蛛とド修羅場で、うまい事ごまかすなんてそんな余裕はなかった。


 ……なんでユキちゃん平然と対応してたんだ?

 犬が人間に変わったってのに。


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