3、3階住人の朝の風景
びっくりするぐらい短いです。
スイカの皮ってのはホント重いよなー。
こんなに水分含んで重いものが可燃ごみとして認定されるのか。不安になりつつ玄関を出たところで同じく出てきた小柄な隣人に声を掛ける。
「はよ」
「……ざいます」
二日前に受けた恩はもちろん忘れていないので陽気に声を掛けたが、胡乱な目で小さく返された。
うん、不審者を見る目から蜘蛛殺しを見る目に変わったな。
それでも人として朝の挨拶は返してくれるんだから悪い子じゃないんだろう。
「スイカ食った? マジ美味くなかった?」
「高級品っぽかった」
なおも明るく声を掛けるとぶっきらぼうながら会話には応じてくれた。ヨシ。
「じゃちょい交換」
実を言うと大したものは入っていない、ほぼ形だけのビジネスバッグを押しつけ強引に重量級の可燃ごみを強引に受け取る。
「え、ちょ」
「スイカの皮って重いっしょ。この間のお世話になったから。あ、ゴミ触られるのダメ?」
もしかして気持ち悪がられたりするんだろうか。
「いや、ゴミだし」
「おはよう、ご両人。お、おーちゃん男前だね♪ えらいぞ」
朝からご機嫌なスイカ姉さんこと児玉さんは「ひゅーひゅー」と古風に冷やかしてくる。この世代の姉さんは最強だな。
聞けば姉さんはスイカの皮がないそうだ。最後の仕上げを俺達に食わせやがったな。
「この間はごちそうさんでした。美味かったすよ、嫌がらせスイカ」
児玉さんはきょとんとした顔をした後、一瞬バツの悪そうにして笑う。
「いやいや、こちらこそ助かったよー」
「ね?」
ユキちゃんに同意を求めれば「過去イチ、他のスイカじゃ満足できなくなるかも」と少し興奮した様子で頷き、児玉さんは途端に悪い笑みを浮かべる。
「じゃあ来年は一玉あげるね」
「一玉はいいです」
思いきり食い込んで答えたら「遠慮しなくていいって」とすごい笑顔でこれまた即座に返された。
遠慮じゃないです。
それにしても元ダンナさんとやら、どれだけやらかしたんだよ。
あんな高級感満載のスイカを毎年何玉も。
その後、地道な挨拶運動と声かけにユキちゃんの眉間に力が入るのは少し軟化した。やはり虫退治という出会いがまずかっただけで、ユキちゃんも塩対応が標準という訳ではならしい。
こうして俺はちょくちょく児玉の姉さんにからまれ、たまに会うユキちゃんには率先してからむようになった。
なぜならまた虫が出た時にお世話になる気満々だからだ。
殺伐とした現代社会においてこんなご近所づきあいが出来るとは。まだまだこの世も捨てたもんじゃねぇよなぁ。
ちなみに「ユキちゃん、ユキちゃん」と絡んでいたら「名前、雪村だから」とぶっきらぼうに教えられた。
「あ、それでユキちゃんなんだ」
武将のような心意気を持ったユキちゃんに相応しい、かっこいい名前だ。
児玉姉さんから俺とユキちゃんが同じ27歳だと聞き、からんだら生まれた年は同じだけどユキちゃんの方が学年が一つ上だった。
ユキちゃん童顔だなぁ。