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1、出たよ

黒光りGや昆虫がダメな方は無理かも、ごめんなさい。

 

 そうか、これが不審者を見る目か。


 眉間に刻まれた皺と、その下から躊躇も遠慮もなく送られて来る最大限の警戒と訝しみ、それから軽蔑のまなざし。

 肩に掛けたバッグの持ち手からぶら下がる防犯ブザーであろう物体を握りしめるはお隣のおそらくは会社員のお嬢さん。


 はい、それ正解。

 非常に正しい対応だと思われるんだけど、今日だけはちょっと待っていただきたい。


「大っ変申し訳ないんだけど、もし虫とか平気ならちょーっとうちのどうにかしてくれたりしませんかね」


 夜の十時過ぎに隣の男にそんな風に声かけられたらそりゃ警戒すると思う。

 しかも彼女の部屋はうちより奥にあるせいで帰れない上、奇天烈な事言い出すんだからマジで怖いだろうとは思うんだけど。

 小柄で恐らく年下のお嬢さんにこんな事して本当に申し訳ないと思うんだけど。


 けれども!

 こっちだって相当悩んだから!


 こんな不審者まがいの事言ったら下手したら悲鳴上げられて、サイアクは通報されるんじゃないかって。

 でもアイツがどうにかならねーと、こっちは寝られやしねぇからさ! 死活問題なわけですよ!

 そうでもなきゃ朝のゴミ出しで顔を合わせた時に義理程度の会釈しかしない間柄の隣人に、こんなナイーブかつ申し訳ない事この上ない非常識にも程がある頼み事しないって!


 あ、徐々に後ろに下がらないで、OLさん(仮)!

 相手から目を放さず距離を取るのは実に正しい対処法だろうけども!


「いや、あの、ちょっと虫が罠に掛かってて」

 とっさに言ったら眉間に寄せられた皺が深まり、防犯ブザーを握る手に力がこもったのが見えた。


「すみませんが他の方にお願いしてください。お友達とか。すみません、失礼します」

 あくまでも正対の姿勢を崩さず、見事な社会人スルースキルを披露しながら防犯ブザーを握る手を緩めること無くじりじりと自宅のドアへと横移動するOLさん(仮)。


 ごもっとも。

 ほんと正論。

 隣人に襲われただの、ちょっと困った風を装った男に襲われただの、今の世の中ホントろくなもんじゃないのは俺も知ってる。

 鍵を開けてる最中に背後から襲われるとか警戒するのも理解できる。

 だから。


「その辺に俺縛っといていいからお願いします」

 言った直後、ものすんごい、どんびいた目で見られた。


 でも背に腹は代えられねーんで。それっくらい切実なんで、と思っていたら

「て言うか、片付けられないのになんで罠仕掛けるかな」

 ぼそりと告げられる。


 ……え、確かに。

 俺なんでアレ仕掛けたんだ。


 実家で使ってたのがアレだから何の疑問も考えずに仕掛けたけども。

 オカンか親父がいつも片付けてたんだな、と親のありがたみに今気づいても遅すぎる。

 しかし俺は気付いている。


「虫っていうかゴキ、平気だよね?」


 あー、この単語を口にするのも嫌だ。

 だからこそ分かる。

 彼女は「虫」やらその単語に対しては平然としている。

 俺に対するドン引き感は満載だが、拒否反応も嫌悪感もなかった。

 まあ恐怖感が振り切っているだけかもしれねーけど、多分俺の読みは当たっているはずだ。


「だから友達でも呼べと」

「え、こんな時間に呼べないっしょ」

 呼べるような奴がいたらとっくに呼んでるし。


「なんでそこで常識人ぶるかな。しつこいと警察呼びますよ」

「ゴキで警察を呼ぶ人間にだけはなりたくない」

 こんな事で警察を呼んだ、みたいな例でネットに痛いニュースとして晒されて馬鹿にされる挙げられるやつだろ?


「不審者で呼ぶんでご心配なく」

 ……ゴキで警察呼んだって馬鹿にされる方がマシかもしれない。

 スマートフォンを探すためだろう、バッグに手を突っ込む隣人女性。


 虫で隣人と揉めて警察沙汰。

 もうどう行き着いても詰む。それならばと。


「もらいものの手錠あるからッ。あと首輪とリードも! その辺に繋いどいてくれていいから」

 手すりにでも繋いでくれたら万事解決かといい案だとばかりに咄嗟に言って、すぐさま後悔した。

 一気に極限ってこの事かと思うくらい表情が険しくなるOLさん。


 ヤベ、これあらゆる意味で人生詰んだ?

 それも虫が原因で。

 絶体絶命な膠着状態になったその時、そこに救世主が現れた。


「こーんばんわー」

 そう満面の笑顔を浮かべた救世主の両手にはそれは重そうなコンビニ袋が一つずつ。

 透けて見えるそこにはそれぞれ真っ二つにされたスイカが入っているのは一目瞭然で。

 一難去ってないのにまた一難来た。

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