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死というもの

ぱりん


剣が僕に刺さった瞬間、僕の世界に小さな音が響き、世界は暗転し、地図が砕け、手足のように感じとれていたダンジョンの感覚が根こそぎ消え失せた。


知識としては知っていた。

ダンジョンマップが魔力路から作られる都合上、魔力路が消えうせると同時にダンジョンマップは何も映せなくなること。

魔力路はダンジョンコアの神経そのものである為、失った瞬間にとてつもない喪失感を伴う事。

どちらも知識として知ってはいた。


しかし…


-- 今まで見えていたものが見えなくなり、聞こえていたものが聞こえなくなり、感じていたものが感じられなくなるというのは、たとえ一時的でもここまで絶望を煽るものなのか…。


見えず聞こえず感じ取れない。

その上『かけがえのない物がなくなった』という形容しがたい喪失感だけが残り続けている

破壊から幾許も経っていないようにも、既に何分、何十分過ぎたようにも思える。

今まで感じ取れていた時間の感覚がなくなったことで、体感時間が既に狂い始めているのだ。


侵入者はもういなくなったのか。

ダンジョンは大丈夫なのか。

僕は埋もれてやしないだろうか。

あの侵入者は、僕のコアが再生するのを待っているのではないだろうか。

もしそうだったら僕はどうすればいい?

再生する度に僕は成す術もなく毎回この喪失感を味わわなければならないのか?

…嫌だ。そんなのは嫌だ!




…あぁ、これが神に自死を請うコアの気持ちなのか。

今すぐにでも自分の被害妄想に押しつぶされそうだ。


《マスター。手筈通り残存している偵察用ゴブリンは周辺警戒に当たらせています。》


-- …ああ、ありがとう。ちょっとあまりの感覚に呆然としてたよ…。


《たとえどういう状況になっても、最後の瞬間まで私がおります。ご安心ください。

しばらくは侵入者にも動きはないでしょう。

私に任せて少しお休みください》


-- 助かるよ。本当に。



鬼丸からねぎらいの言葉をもらいながら、僕は神様から言われたことを思い返していた。


モンスターコアは、ダンジョンコアか実体のモンスターのどちらかが存在していれば存在を維持できる。

もし両方がなくなり、モンスターコアが消えたとしても、ダンジョンコアが再生し、十分な魔力さえ戻れば、消滅時の記憶、経験をそのままに再生成する事は可能だ。



しかしもし、ダンジョンが完全に制圧されて実体のモンスターが駆逐され、ダンジョンコアが破壊されると同時にモンスターコアが消え、しかもそれが魔力石目当ての大人数での侵攻だったら?


「リスポーンキル」という言葉が脳裏に浮かぶ。

異世界の娯楽で用いられていた死ぬたびに蘇生する不死の戦場に於いて、圧倒的な戦力差によって発生する、蘇生直後に何もできず殺される弱者いじめの名前。


その悪夢が無防備になったダンジョンコアを現実に襲うのだ。


もし今回のような数人規模のパーティではなく、数十人規模の侵攻だった場合、モンスターは駆逐され、コアを破壊した後、ダンジョンは解体され、ダンジョン「だった」場所は、魔力石の採掘場として作り変えられ、コアは再生と同時に破壊される尽きない資源へ成り果てる。


今の僕のように助けてくれるモンスターコアも作れず、世界を見ることもなく話す相手もおらず自然に死ぬ事もできない完全な孤独。

それは正に『生き地獄』だろう。



《マスター、侵入者が洞窟から出てきました。》


鬼丸の声に意識を引き戻される。


-- 何人いる?


《五人ですね》


負傷し、途中から戦線を離脱していた前衛二人を無事回収してきたのだろう。

戦闘以外の傷が特に見て取れないとの事から、少なくともダンジョン内に大規模崩落は起きていないようだ。

あくまで最悪ケースの話だったとはいえ、その最悪を引かなかった事に安堵した。


《…笑ってますね》


スグハ達から、一抱え程度の魔力石は、家族四人が半年程贅沢に暮らせる程の額で売れると聞いている。

それなりの怪我を負ったとはいえ、彼らにとって得か損かでいえば間違いなく得なのだろう。


-- …ふぅ。

-- ここで不快感を育てていても仕方がない。

-- スグハ達に連絡をとって、今後の方針を話し合う事にしよう。


《了解しました。マスター》


くそ…胸の内がざわざわする。

…同じ轍は二度度踏まないぞ。


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