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領主の責務

俺はアーノルド。

トライロ城壁都市からラビリスルーラー領へ避難して、今、シルル家正規軍との戦争に加わっている。

つい数十分前には俺らの部隊の隊長が爆発に巻き込まれ、部隊の統率も崩れに崩れていた。

敵の攻撃は見た事もない苛烈なもの。敵の装備は金のかかった頑強なもの。

そのうえ部隊の統率も満足にできなくなったなら、この戦争は俺らの負けだと諦めていた。

ところが…


「俺は…夢でも見ているのか?」


ついさっき自軍に加わったリッチによって、戦局は180°様変わりした。

リッチの繰り出す凄まじい規模の水魔法と土魔法によって、目の前の奴隷兵は軒並み地面の裂け目に吸い込まれてしまったのだ。


思わず傍に降りてきたリッチに、なぜそれを最初っからやらなかったのか、語勢荒く問うてしまった。

リッチと言えば数十人規模のパーティでやっと討伐できるクラスの、高位モンスターだというのに…。

しかし当のリッチは気分を害した雰囲気もなく、丁寧な口調で説明し始めた。

彼が言うには、敵の持つ銃という新兵器の威力が高く、かつ射程が長すぎるため、銃が使える内は戦線での詠唱はリスクが高くて出来なかったのだという。

今唱えた水魔法も万全を期すために詠唱をほとんど必要としないものであり、規模は大きい代わりに威力が極めて低い上に魔力を大量に使用する出来損ないだと言っていた。

(地面に出来た地割れはリッチがやったわけではないそうだ。)


あんな大規模魔法を出来損ないだと?

俺の知っている魔法使いはあの千分の一の規模ですら、ひいこら言いつつ唱えるというのに…。


ともあれ厄介だった奴隷の壁が消えたのだ。

敵陣へ再度突入しようと、隊員へ声掛けをし、陣形を整えていたその時。


-- 隊員総員撤退。


そんな声が頭に響いた。



なんだと…?



馬鹿な!今こそ攻め時じゃないか!今攻めないでどうするのだ!

今頃臆病風に吹かれたのか!?

今更手を引いたってシルル家の侵略行為は止まらないぞ!


この声の正体は隊長から聞いている。

領主と組み、領地運営に尽力しているダンジョンの長だという話だ。

いくら領主と懇意だからと言って、こんな指示が聞けるか!

たまらず声の主に一言物申そうと、息を吸い込んだ。

そして…


-- もしそこに残るなら、敵軍諸共ひき肉になるぞ。


次いで頭に響いたその声に、吸い込んだ息を思わず飲み込んだ。



…そうだ。

彼の家の侵略が止まらないなんて事は領主にだってわかっている。

勿論ダンジョンの主にとってもそうだ。

この戦争に負けた時、一番の被害を被るのはここの領主であり、ダンジョン自身なのだ。


この声の主は臆病風に吹かれて撤退を指示してるのではない。

『味方の区別がつけられない何か』を。

『味方にすら被害を及ぼしかねない何か』をしようとしているんだ!


「総員撤退だ!早く戻れ!死ぬぞー!!」


俺は一瞬前の自分のように敵陣へ突撃しようとしていた隊員を掴み

体力の許す限り、限界まで急いで自軍陣地へ撤退した。


俺を含めた二千人余りの傭兵が陣地に戻った時、俺達の遥か後方、自陣の真っ只中から臓腑に響く轟音が聞こえ、その数瞬後、眼前に小さく見える敵の戦列に鉄球が降り注いだ。


---------------------


時は少し巻き戻り。



『マスター。奴隷兵を全てダンジョンルームへ流し込みました』


-- ご苦労黒丸。タオヤメ、火薬の回収は?


「ダンジョンルームに落ちた奴隷兵から逐次回収。回収した分から乾燥させて指示された場所へ送っていますわ。」


-- おっけ。敵がやってた魔法の糸はちゃんと切れてる?


『私が流しこむ際に切っております。

腐っても魔法特化型。魔法に関して取りこぼしはございません。』


-- それもそうか。

-- スミス、そっちはどう?


「は、はい。マスター。

教えていただいた通りにこの地面の臼に装填し、今第一射を打ち込むところですっ!」


-- よし、自軍はほとんど陣地に帰還済みだ。

-- 準備が出来たらこっちの合図を待たずに第一射を撃て!


「わ、わかりましたぁ!」


-- さて、これで装薬のあてはついた。「ねぇ」

-- 砲台の精度補正も魔人種の計算力があればあまり時間もかからないだろう。「ねぇちょっと」

-- あとは試し打ちで照準を合わせて一斉砲撃の準bわわわわわわわ!「もしも~し」


こ、この野郎、俺をツルハシで殴りやがった!


-- 馬鹿!お前俺が壊れたらどうすんだよ!


「ダンが私の声に反応しないのが悪いんでしょ!

何やろうとしてるのか教えなさいよ!」


…こいつどんどん遠慮なくなってくるな。

…いや、さすがに今のは俺が悪いか。


-- …臼砲だよ。火薬を使った銃より長射程、高威力の兵器だ

-- あっちが先に火薬使った武器で殴りこんできたんだ、だからそれ使って目にもの見せてやるんだよ。


そう。目には目を歯には歯を。

火薬の兵器には火薬の兵器で報復してやる。

あっちが小銃持ち込むなら、こっちは固定火砲というわけだ。


「ふーん…」


-- …なんだよ。なんか不満でもあるのか。


「…ねぇダン、そのきゅーほーってやつの指示。

今からでいいから私にやらせて頂戴。」


-- …なんで?


「領地の敵を掃うのは領主の責務よ。その敵が人間だろうとね。

私は、領主としての責任を人任せにはしたくないのよ。」


‥‥‥‥‥。


正直気が進まない。

レナは領主である前に、まだ若い女の子だ。

出来れば人を殺す兵器の、その準備の指示ですらやらせたくない。


でも、彼女の目は今もまっすぐ僕を見ている。

彼女が言ってきたこれも、興味本位やおふざけではなく、自分が領主だからこその物だ。


彼女は賢い。

きっと僕が今持ってる稚拙な感傷なんかお見通しなんだろう。


その上で尚、彼女は自分の責務に関する殺人の引き金は、自分で引かなければならないと考えている。

そしてそれを嘘偽りなく、真っ直ぐ僕に伝えに来ている。


-- …わかったよ。

-- 今から僕が中継器になって君の指示を皆に伝える。

-- これから先、皆に指示を出すのは…レナだ。


そう伝えると彼女はゆっくり微笑み。


「ありがとう、ダン。


あなたは私に優しすぎるわ。私の家族と同じかそれ以上に優しい。

人はおろか生き物ですらない、ダンジョンコアなのにね。」


-- 僕が優しいものかよ。今まで何人殺してきたか、知らないわけじゃないだろう?


「自らを害する敵を殺しているだけでしょう。

それは優しさと矛盾しないわ。馬鹿ね。


でも、私はその優しさに甘えるわけにはいかないのよ。

これでも領主ですからね。」


-- …さいですか。


「ええ、そうよ。


さぁダン。私の指示を皆に届けて頂戴。


私の領土に手を出したらどうなるか、奴らに教えてやるわ。」

書き溜め分ここまで。

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