石を笑うものは石に泣く
「くそ、確かに威力は上々だがこの進軍の遅さはどうにかならんのか!
隣の領なのに3日もかかったではないか!」
「はっ、申し訳ありません。
現状の鉄筒の重さでは、進軍速度の向上は如何ともしがたく…」
「あの馬鹿女が逃げてたらどうするつもりだ!全く…。」
シルル家次男、カロン・F・シルルはあまりに遅い進軍速度にイラついていた。
今回の進攻計画を聞いた時には、シルル家が初めて実戦投入する新兵器と、実家を馬鹿にした小娘の領地を蹂躙できる楽しみで浮ついていたが、その新兵器を運搬するのにかかる莫大な手間と敵の斥候による遅延戦術で蓄積した不満は、彼の限界をとっくに越え、なお積みあがる一方であった。
しかしそれもあと少しで終わる。
攻撃対象であるラビリスルーラー領には既に入っており、あと数分で攻撃目標である市街地が視界に入る。
二度に渡る偵察から、向こうもとっくにこちらの兵器の存在を知っているはずだ。
今頃は未知の新兵器に恐れ慄き、如何に長く立てこもるかを頭を抱えながら考えているのだろう。
ひきこもるしかない弱者の蹂躙は何度やっても堪らなく面白い。
そうしてカロンが頭の中で血生臭い蹂躙劇を思い描き、顔をだらしなく弛緩させていると…。
「敵軍視認しました!距離は前方500!前衛にゴブリン!その後ろにスケルトンです!」
屠るべき敵軍を視認したという斥候の言。
(ちょうどいいところに出てきやがった!
この溜まった憂さを、あのクズども相手にぶちまけてやる!)
熟成させた黒い感情の捌け口を見つけ、カロンが口角を吊り上げたその瞬間。
視界の先にかすかに見えるゴブリンが腕を振り上げだした。
「ん?なんだあいつら?何をしているんだ?」
そう問うカロンに、脇に控えてる分隊長が答える。
「どうやらゴブリンが我が部隊に向かって石を投げているようですな。
まだ部隊間は400m弱ありますのでまるっきり届いていないようですが。」
「石を?ただの石か?それも素手でか?
はははははは!所詮ゴブリンはゴブリンだな!
そんなものがここまで届くわけなかろうが!
大方鉄筒より長射程で攻撃できればと望みがあるとでも考えたんだろう。
呆れた馬鹿だ!所詮は一山いくらの下等種族か。
ふん、おい、鉄筒を準備しろ。
射程に入り次第一斉掃射を行い、ゴブリンをハチの巣にしてやれ!
奴らが必死に投げている石の射程外から一匹残らずぶっ殺せ」
「御意」
帝国製鉄筒(いわゆるタッチホール式マスケット銃)の最大射程は150m前後。
有効射程は100m以内である。
最大射程でもある程度の殺傷力はあるが、有効射程以内なら現状の正規兵装の貫通が保証される。
有効射程まで近づいてから発砲し、その威力でもって敵軍の反抗をやめさせようとする判断はあながち間違いではない。
彼らにとって最大の誤算は、銃について彼らよりも遥かに詳細な知識を持つダンジョンコアが敵軍にいた事。
そして彼らにとっての最大の失敗は、これが「たっぷり準備の時間を与えた防衛戦」である事実を忘れていた事である。
「総員構えー!慌てずゆっくり狙いを定めろー!」
両軍間距離が100m程になったところで、シルル家所属正規軍、弓兵三千名は、隊列を組み、敵ゴブリン部隊に銃口を向け、燻ぶる火種を構える。
銃口は水平よりやや上、筒の中ほどを持って角度を合わせ、。銃床を体に当てて固定する。
後は分隊長が手を振り下ろすのに合わせ、火種を筒上部に空いた穴に押し込むだけだ。
しかし…
ぅぅぅぅぅぅううううううう
「「「?」」」
ズズン!!
バギン!!グシャ!!
ゴロゴロゴロゴロ…。
ズシャ。
一言の悲鳴を上げる間もなく。
いくつもの理不尽な質量の暴力が、彼らの命を踏み潰した。




