面倒くささは万国共通
「こ、ここは…本当にダンジョンなのか…。」
「はい、叔父様。ここは紛れもないダンジョンですわ。」
レナが戻ってきてから更に二週間後、クリティシャス家当主を名乗る、やたら偉そうなおじさんが護衛と家令とメイドを連れて訪ねてきた。
製氷をダシに協力を取り付けた王都のお偉いさんだと聞いていたけど、コアルームと熱交換室を見て回り、何かを見る度にその仕組みを聞き、それに驚く様はとてもそうは見えない。
控えめに言っても新しいおもちゃにはしゃぐ子供に見える。
まぁ気持ちはわかるよ。
今の僕のコアルーム、熱交換室、作業室は、ミスリルを多分に含む石造りになっており、場所によっては完全にミスリルに置き換わっているところもある。
下手したら高度な実験施設と見紛うばかりの内装であり、一般的なダンジョンのイメージとはかけ離れているだろう
どうやら魔力路が通っている石材、鉱物は、数日から一週間ほどで、その組成をミスリルへ変化させるらしい。
ダンジョンの床や壁が頑強になるなら願ったり叶ったりなので、これもまた嬉しい誤算だ。
で、どうやら彼は爵位をもらう時にレナとした約束を果たしに来たようだが、事ある毎に驚いては立ち止まってを繰り返しており、話が一向に前に進んでいない。
あの人がこっちに来るんじゃなく、こっちから届けた方が楽だったんじゃないか?
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規則正しく動き、接待、労働に勤しむするモンスター。
休みなく動く熱交換装置。
無尽蔵に生み出される湯と水。熱湯と氷
それら全てに驚きまくっていたレナのおじさんは、上層の居住区で接待を受ける頃には完全に疲れ果ててしまっているようだった。
「レナ、いやラビリスルーラー伯よ。
このダンジョンは実に素晴らしい、長く生きてきたわしですら、ここまで高度な生産施設は生まれてこの方一度も見た事がない。
更に大湯量の浴場にこの素晴らしい料理の数々。
これならば王国のより一層の発展が十分期待できるだろう。
わしの期待に副う働き、実に見事だ。はっはっは」
「お褒めに与り光栄です、叔父様。
わたくしも趣味の産物に過ぎなかったダンジョンの研究が実を結び、王国の発展にも貢献出来て嬉しい限りです。
これも叔父様のお力あればこそですわ。」
「ははは、そう謙遜するな!
わしの領地が氷を欲しているのは事実だが、これだけ高品質な氷はどこの貴族も欲しがるじゃろう。
偶々わしが最初におまえに投資しただけの話。
この功績はお前のものだ。」
「ありがとうございます。
叔父様にそういって頂けるなんて、身に余る光栄ですわ。」
おおぉ…貴族っぽい会話だ。
でも確かレナから事前に聞いてた話によると、おそらく今日中に氷の商取引までは進むだろうという話だったと思うけど、こんなペースで行けんのか?
もう日とっくに沈んでんぞ?
+++二時間後+++
「さて、では貴族の会話はここまでだ。
…ここからは、商売の話をしようじゃないか。」
「…はい。」
なっが…。席に座って二時間もだらだら世間話かよ…。
化物かあのじじい。
レナも疲れ切ってんじゃん。あんなんで大丈夫なのか?
…は!もしかしてこれもあのおっさんの作戦か!?
体力を消費させて取引を自分の有利に進めようと!
「わしはまだるっこしい話が苦手でな。単刀直入に言わせてもらおう」
どの口が。
「1m立方の氷一つに対して、金貨50枚で買い取ろう。もちろん輸送費はわしが持つ」
「なっ!!それは!!」
なんだなんだ。レナが目を見開いて立ち上がったぞ。
そんな動揺するくらい安値で買いたたかれたのか!?
「それは高すぎます!叔父様!」
へ?
「高すぎておまえが困る事はなかろう?
なに、変に勘ぐらずともよい。これは単なる先行投資だ。
今後おまえは社交界や商取引の場でこの製氷技術を売り込みにかかるだろう。
制限が少なく高品質な製氷技術ともなれば、国内外を問わず買い手が押し寄せるだろう事は想像に難くない。それは一向に構わん。お前の商売だからな。
しかし、わしとしてもこの氷の供給ルートは可能な限り維持したい。
それこそ「最低限クリティシャス家にだけは融通しなければ」とお前に考えてほしいくらいにはな。」
「そ、それでしたら何もこんな高値でなくとも優先いたします!」
「いや、人の心に絶対はない。少なくともわしは信じん。
故にわしは金で縛るのだ。
こういえばわかりやすいか?
「常に高い金で買うのだから、うちには優先的に卸せ」とな」
なるほど。
あえて最初から高値を示す事で卸値のつり上げを抑え込み、更に自領への供給を最優先にする(正確には最優先にした方が利益になる)ように許容できる上限値ギリギリで交渉に来ているのか。
こうも自信満々に言っているという事は、これ以上の卸値は他の貴族にはまず出せないという事か。
レナも同じような結論に達したのだろう。
にらみつけるような強い視線をおっさんに向けている。
それを受けているはずのおっさんは涼しい顔でその視線を受け止めている。
「それで…構いません…。」
「まるで私が強制したかのような声色だな。
おまえの苦悩はわかる。しかしそれを隠すのも貴族たるものの資質の一つだぞ。」
そういわれたレナは佇まいを正し「失礼しました」と感情のこもっていない声で一言告げた。
レナの思惑とは少し離れたが、商取引としては上々の出来だったと思う。
おっさんは話し合いが済んだあと、今回訪問するにあたって連れてきた自前のメイドを呼び、最上級スイート(として最近作った部屋)に向かっていった。
-- おつかれさま
「ありがとう、ダン…。
でもごめんね、向こうの言い値を呑むしかなかった…」
-- 取引額自体は市場値より上なんだろ?んじゃ商取引としては成功だよ。
「それは「今は」の話よ。
貴族同士の取引ってのは、一時の利益より交渉の主導権を握れるかどうかが重要なの…
理由がどうあれ、相手が取引額を一方的に決めたというのはこちらにとってよくないわ。
それが今後も継続する大口取引なら尚の事よ…。」
それは今回の取引の前に聞いてはいた。
交渉の前に相手を動揺させ、自分主導の交渉をしたいというレナの要望にこたえる形で、ダンジョン内ひいては熱交換室まで見せている為、レナはどうにかして今回の取引では主導権を掴みたかったのだろう。
対して向こうは雑談で動揺から回復する時間を稼ぎつつ、長話に慣れていないレナを疲弊させ、更に自分から高価な買い取り額を叩きつける事で、主導権を奪い取って見せたのだ。
こちらにとっては試合には勝ったが勝負には負けたというところか。
「ううう…まさか相場の5倍以上の値を最初に投げつけてくるなんて…
あんなの予想できっこないわ…ずるいわよ…。」
まだ気持ちの整理がつかないのか、テーブルに突っ伏したまま、ぶつぶつとぼやき続けている。
-- まぁまぁ。やられてしまった事は仕方がないじゃないか。
-- 次の機会に生かせばいいんだよ。
「ふん。ダンは私よりずっと年下なのに大人っぽくてむかつくわ。」
-- 人間じゃないんだからそこは勘弁してくれ。
そう返すと、ぼやくのに飽きたのかレナは突っ伏した顔を上げ。
「ねぇ、なんか彼に突き付けられる様な技術、無い?」
-- 突然何言い出すんだ。
「このまま帰してしまうと、彼を喜ばせるだけなの。
何か…彼が警戒してもいいから、何か意表を突く方法はないかしら。
せめて目にもの見せてやりたいのよ。」
-- そんな都合のいい話がポンと出てくるわけ
あ。
-- …ないじゃないか。
「…今一瞬言いよどんだわね。」
くそ、耳聡いやつめ…。
-- 一応ない事もない…
-- 最近黒丸が実用化した装置なんだが、制限てんこ盛りで話さないとまず間違いなく安全保障上の大問題になる代物だし、制限入れてもまずいかもしれん。
-- そういうのなら…ある。
「なによそれ?こんな辺境のいちダンジョンなら、余程の事がない限り大した問題にならないわよ。
いいから教えて。」
-- …後悔すんなよ。あと先に言っておくけど、これは興味の産物だからな。悪用が目的じゃないしたまたまで出来ただけで狙ったわけじゃないしそれに
「い・い・か・ら・教えなさい!!」
-- …はぁ。
夜遅くながら黒丸、スグハ、タオヤメに協力してもらいレナに実践してみせたところ
彼女はまず信じられない現実に開いた口が塞がらなくなり。
次にそれが示す政治的な大問題に気付き頭を抱え
次にそれが今のこの世界にとって何にも勝る価値を持ちうる革命の火種であると気づいて口角を上げ
最後にそれがこのダンジョンそのものを殲滅する口実に充分なりうる事に気づいて蹲りながら「聞かなきゃよかった…どうしよこれ…」と呟いた
だから言ったのに。




