表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/45

正を以て合い、奇を以て勝つ。

《マスター。ダンジョン前方300mの地点に私兵団約500、一時雇用と思われる傭兵が200程集まっております。》


-- 副団長は?


《スグハ様からお聞きした特徴に合致する人間なら、私兵団の中心から少し後方の場所におります。》


-- ふむ。まぁ予定通りか。

-- スグハ、こっちへはあとどれくらいで着く?


「あと20分もあれば到着できるかと。」


-- おっけー。

-- レナ嬢。スグハが戻りましたら私兵団へ向けて先刻打ち合わせた布告を行っていただきます。

-- 心の準備はよろしいですか?


「わ。わわわわわわかってるわ!あたしに任せて頂戴!」


いや、緊張しすぎて言葉遣いがやばくなってんぞ。


-- …タオヤメ。すまないがしばらく傍にいてやってくれ。


「かしこまりました。」


現在スグハにはオルドビス家の窮状を知らせる書面を国王が住む王都へ運んでもらい、更にその返答を持って帰ってきてもらっている。

常人であれば早馬車を使って一週間といったところだが、その法則は彼には通用しない。

正に今、ものの二時間ほどでこっちに戻ってこようとしている所だ。


僕の5000倍というスペックで作られたホムンクルスの面目躍如といったところだろう。


そしてダンジョン前に陣取っている私兵団+傭兵の面々だが、先程彼らの斥候からダンジョンに打ち込まれた矢文によれば。


1.オルドビス家の全権は元副私兵団長のトレマドック・オルドビスが継承したのでおとなしく降伏する事。

2.レナ・P・オルドビスの身柄を速やかに引き渡す事。

3.加えてタオヤメの身柄も引き渡せば、それ以外の者の安全は保証する事。


が滅茶苦茶長ったらしい口上で書き連ねられていた。

A4相当の皮紙2枚にわたってびっちり書かれていた内容を要約すれば1.の内容だった。という事実からも、その異常な冗長性(じょうちょうせい)は伝わるだろう。

尤も、レナ嬢はそれをサラッと読み解いていたから、貴族社会においてはこれが日常的な書式なのかもしれないが…。


書面に対する返答を先頃ゴブリンに持たせる形で渡そうとしたが、案の定というか予想通りというか、手渡しは叶わず矢を射かけられ、ゴブリンの死体から書状を奪い取られた。

返答自体が相手方に伝わったのなら別にいいが、白旗も両手も上げ、武器を一切持っていなかったというのに射殺とは…。

すこぶる気に入らない。


尚返答は「全てまるっとお断り。寝言は寝て言えクズ(原文ママ)」である。


返答を受け取った直後の襲撃を期待したのだが、どうも向こうは視界の悪いダンジョン内に攻め入るより兵糧攻めを選んだらしい。

予想よりずっと冷静で残念至極。

ダンジョンから街に向かうあらゆる道に見張りを立て、陣地を作り、食糧供給の機会を断って干上がらせるつもりなのだろう。


ま、備蓄もあれば上水道も完備しており、やろうとも思えば自給できるこのダンジョンには無意味なのだが。


「マスター。ただいま戻りました。」


-- ご苦労様。奴らの包囲網はどんな感じだった?


「ザルですね。まぁ常人なら突破は難しいかもしれませんが、俺やタオヤメにとっては全く意味を成しません。」


そりゃそうだろうな。


-- で、王都の反応はどう?


「事態を収拾させる為に、至急軍を寄越すそうです。

具体的な内容はこの書面に。布告用の写しもくれました。」


そう言ってスグハはレナ嬢に金箔で縁取られた物々しい紙っぺら数枚を渡した。


彼女に翻訳してもらった内容が期待通りであったことに安堵し、予定通りの手順で彼らを煽ることにする。


-- んじゃレナ嬢。予定通り布告をお願いします。


「わ、わかったわ」


先ほどと比べいくらかマシになった口調で、彼女は地上4層へと向かっていった。

すぅはぁと深呼吸をしたあと、風魔法を使った即席拡声器に向けて、打ち合わせた内容を朗読し始めた。



「皆さん、わたくしの声が聞こえますでしょうか。

わたくしはオルドビス家当主が娘、レナ・P・オルドビスです。」


私兵団の面々はもちろん、傭兵達の中にもレナ嬢の声を聴いた事がある者がいたのだろう。

レナ嬢が話はじめると同時に、集まった700人余りの私兵団、傭兵に動揺が走ったのがダンジョンマップ越しでもはっきりと分かった。


「わたくしを含めたオルドビス家の家人は、先日そこにいるトレマドック副団長率いる私兵団の蜂起を受け、わたくしを残し家人は全員惨殺されました。


わたくしを助けるために最後まで尽力してくださったダリウィル団長も殺され、副団長は私を洗脳し、喉を潰し、オルドビス家の全てを奪うとはっきりわたくしに言いました。


そこに現れてわたくしを助けてくださったのが、今同行頂いているタオヤメ様とスグハ様です。」


設置高度の効果もあり傭兵の所まで間違いなく聞こえているであろうはっきりとした声の告発に、件の副団長は顔を真っ赤にして周囲に大声で自身の正当性を主張している。


「わたくしはオルドビス家で起きたすべての事柄を手紙にしたため、王への訴状と併せて王都へ送付いたしました。


そして今しがた王都からその返答が届いたのです。」


そうレナ嬢が言ったと同時に、スケルトンの放った矢が私兵団陣地に届いた。

その矢には金箔の捺された上質な紙が括り付けられている。


今までのレナ嬢の発言を聞いていたなら、それが副団長に宛てた書状である事は誰にでもわかる。

矢から紙を取り外した一人の私兵は、それをそのまま副団長に渡す。

丸められていたその紙を乱暴に開き、中身に目を通した瞬間、副団長の目は見開かれ、顔色は死人のように真っ青になり、紙を掴んでいる手はぶるぶると震え始めた。


それもそうだろう。その紙には


・レナ嬢の訴えを真実だと認め、王国は軍を治安統制の為にトライロ城壁都市へ至急派遣する。

・トレマドック・オルドビスは王国に仇成す犯罪者であると断定し、軍が到着次第、王の名の元、可及的速やかに処刑する。

・トレマドック・オルドビスに与し、蜂起に加担した私兵には労働刑、加担の程度によってはトレマドック同様極刑に処す。


つまりレナ嬢の訴えが全面的に王家に認められ、副団長の思惑が木っ端微塵に砕け散った事を示す文章が書かれていたのだから。


ちなみにこれは王都からこっちに向かう途中でスグハが気づいた事だが、副団長は自分に都合よく捻じ曲げた今回の件の訴状を、早馬車で王都に送っていたようだ。

先に述べた通り、王都までは片道でも三日以上かかる為、スグハの帰り道ですらまだ王都へ「向かう」道半ばだったそうだが。



自分の野望、思惑、企みを粉々に粉砕された副団長が次にできる事と言ったら、数えるほどの選択肢しかない。


1.このまま兵糧攻めを続ける

2.レナ嬢と同様に王都へ訴状を送り、自分が正しいと訴える

3.王都軍の到着前にレナ嬢を拘束し、訴状を出した本人に王都正規軍を止めさせる。正規軍が止まらなかったらレナ嬢を人質として逃げる。


1は王都正規軍が到着した時点で自軍は崩壊するし副団長は殺される。


2はそもそも訴状が間に合わない。片道だけで三日以上かかるのだ。

王都正規軍へ訴えようにも、正規軍は王命で来ているので訴えても助かる見込みは薄い。


となると死なない為に出来る方法は3番くらいしかない。

傭兵や私兵団員がどこまでついてくるかはわからないが、副団長に現状を理解する頭があったなら、高確率でレナ嬢を捕縛するためにダンジョンへ突っ込んでくるだろう。


「王都の回答はただいま矢文でそちらにお送りしました通りです。

どうかわたくしをこれ以上悲しませないでください…。

私兵団に雇われている傭兵の方々、わたくしは無用な犠牲を望みません…。

もし出来るなら、私兵団に協力しないでください。

どうか皆様にわたくしの願いが届きますように…。」


ブツッと音を立ててレナ嬢の演説が切れ、それに合わせるかのように傭兵は私兵団から離れ始めた。

この場で私兵団と戦うには傭兵の戦力は足りないが、私兵団に与すると思われても命が危ない。

そう判断した傭兵が私兵団から距離を取ろうとしているのだろう。


副団長を含めた私兵団側はどうにか引き留めようと言葉を尽くしているようだが、結局諦め傭兵を解散させることにしたようだ。

と同時に、私兵団全体の殺意がダンジョンに向いたのがわかった。

ようやくこちらに来る気になったらしい。

望むところだ。


僕は来たるべきダンジョン内での包囲殲滅戦と、その向こうにある安定したダンジョン運営に向けて、ダンジョンの内壁を隙間なく赤色に発光させた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ