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乙女心とは

二人に指示を出してから30分ほど経った頃、先に報告が入ったのはスグハからだった。


「…マスター。まずは貴族家の関与について報告いたします。

黒幕は副団長で、漏れ聞こえた限りの思惑は現当主を殺害の後、その罪を団長に着せて団長も殺害、当主令嬢には洗脳魔法での人格操作、それが不可能だった場合は口封じとして殺害する事を検討しています。


当主、及び団長は既に殺害されており、現在副団長率いる私兵団によって偽装工作が行われている真っ最中です。」


-- …絵にかいたような外道だな、反吐が出る。

-- 令嬢への洗脳魔法とやらは?


「今目の前で始まろうとしているところです。」


-- 何やってもいいから今すぐ止めろ!


「御意!」


はっ!

つい口をついて出てしまった。

まぁ僕に口はないんだけども。


でもまぁ、令嬢の身柄確保が出来れば政治的な面でもメリットはあるし、悪くはないか…。

手間は増えそうではあるが、別に匿うだけなら何とでもなるし。

結果オーライと思おう。


「マスター。レナ嬢の確保に成功しました。」


-- ご苦労様。…相手方の被害は?


「相手方の?ですか?

何やってもよいとのことでしたので、洗脳を行おうとしていた男性二人は頸部をへし折って殺害。

同席していた医師と思われる男性は締め落として放置しております。

それ以外ですと先の殺害に伴った被害として一室の家財全損と、脱出時の外壁破壊くらいでしょうか」


予想以上に軽い被害で安心した。

言っちまった後思い返して、最悪家の焼失くらい起きてもおかしくないと思ってたよ。


-- うん、それなら許容範囲かな。

-- 御令嬢の様子は?


「副団長から事の次第は概ね聞いていたようで、よほどショックだったのか今は虚空を見たままぶつぶつと呟いています。

幸い魔法をかけられる直前で救出は出来ましたが、このまま開放するのはリスクが高すぎますね。」


-- ならとりあえずタオヤメと合流してこっちに連れてきてくれ。

-- スグハの対応に非がない事を示す為にも彼女の身柄は重要だ。


「了解しました」


さて、令嬢をいの一番に殺さなかったという事は、彼女の身分か身の上に副団長は用があるという事になる。

ここまで大袈裟にしているし目撃者もいるから、攫ったのが誰か解らないという事も…まぁないだろう。

下種の考えを予想するのも胸糞が悪いが、順当にいけば悪くともダンジョン近隣での戦闘は実現できそうだ。


神様からは人間を見捨てるなと言われているけど

生憎僕はこの手の類を人間にカテゴライズしないんでね。



== 二時間後 ==


「窮地を助けていただき感謝いたします、ダンジョンマスター様

わたくしオルドビス家当主が娘、レナ・P・オルドビスと申します。

以後お見知りおきを。」


少し土で汚れてはいるが上品なドレスのスカートをつまみ、軽くお辞儀をしながら彼女はそう述べた。

確かカーテシーというんだったっけ、こういう貴族のあいさつ。


-- 礼を言われるほどの事じゃありませんよ。当然の事をしただけだ。

-- こちらにも思惑はあるし、実際に助けたのは君も知っている通りそこのスグハですしね。


「それでも貴殿の命で動いたスグハ様に命を救われたのは事実ですので…。

今の私は何の権力もない子供に過ぎず、何も報いることはできませんが、せめてお礼だけでも言わせてくださいまし。」


-- そうですか。であればありがたく頂きましょう。

-- ただこちらとしても現状のままというのはあまり望ましくない、貴族としてのレナ嬢にお願いしたい事もある。

-- 頭を上げてくれませんか?


「私でもお役に立てることがあるのですか?」


僕に視線を戻した彼女は心底意外そうだった。


-- 寧ろレナ嬢に頼るしかない事柄があります。刃傷沙汰は僕らでどうとでもできるけど、政治的な問題はそうもいかないからね。


「私でよろしければいくらでも協力させていただきますわ。

何なりと仰ってくださいませ。」


よし、これで最低限の準備は整った。

最悪私兵団との全面戦闘に陥っても、こっちはレナ嬢の証言を盾に交渉ができる。

レナ嬢そのものを交渉に使えなくもないが、まぁそれは最後の手段だな。


「時にマスター様…。わたくしの居処についてなのですが…」


-- あー…。そうだったね。


スグハ、タオヤメが初めて来た頃のダンジョンはまさに洞窟そのものだったのだが、到来する冒険者のほとんどが1階層でリタイアしてしまうようになったため、拡張に時間が割ける様になり、今のダンジョンは大きく様変わりしている。


まず入り口(地上下兼用第1層)から地下第4層までは対冒険者用の迎撃層だ。

各層には趣向を凝らしたトラップとボス部屋を用意している。

地下第5層がコアルーム及び加工ルームで、僕と道具作成用ゴブリンがいる層になる。

なおここは全面石張りとなっており、この階からは地上第2層と地下第6層に向かう事ができる。

地下第6層は魔法を使ったボイラーと冷蔵を行う熱交換層であり、温水や冷水を作って地上層に分配している。

そしてスグハ、タオヤメの定住を意識して追加したのが地上第2層から地上第4層までの居住層だ。

居住層には地下第5層からしか来る事は出来ず、地上下兼用第1層とは分断されている。

地上第2層は石張りの上に板をはり、更に各部屋に浴室を用意した寝室ルーム。

地上第3層は石張りの大浴場と多目的ルームのある共有層。

地上第4層は木に偽装した物見矢倉を備えた展望層。


また、当然ではあるが各層には僕の魔力路が張り巡らせてあるので、僕の許可さえあれば、テレポーターよろしく魔力路を使っての層移動も可能である。

実際に今日レナ嬢は第1から地下第5層までを魔力路を使って移動してきている。

まぁ彼女に迎撃層を通って来いというのは無謀なので、これは当然の措置だ。


余談はさておき。

一応居住層は彼女が生活するのに問題は無いと思う。

貴族となると寝室一つとっても目が肥えているだろうから不安ではあるが…。


-- 貴族身分の方には辛いかもしれないけど、とりあえず地上2層の来賓用の客室を使って貰えるかな?

-- 浴場、手洗いは部屋内にあるから、不自由はそこまでないと思うけど、何かあったら傍のゴブリンかスピリットに言伝してほしい。

--タオヤメ、案内してあげてくれる?


宿泊用の個室を作り始めたのはつい最近だが、スグハとタオヤメには居所が出来た旨と簡単な間取りはだいぶ前に伝えてあるので、案内するのに不都合はないだろう。


「「浴場のある個室があるのですか!?」」


と思っていたのだが、重なった声の主はレナ嬢とタオヤメ。


お互いに顔を見合わせ、レナ嬢から「どうぞお先に」と。

そして改めるように一つ咳払いして。


「マスター。浴場のある個室があるというのは初耳なのですが?」


とはにこやかに笑ったタオヤメの弁。


-- 作ってすぐスグハに伝えたはずだけど…。

-- まぁスグハ自身は浴場にはあまり興味はなかったみたいだけどね。


正直僕も各部屋に浴室や浴場は不要かとも思ったのだが、異世界(ちきゅう)の宿泊施設は基本的にどこも浴場を持っており、地域によっては浴場そのものを売りにしているところもあったので、上下水道の予習を兼ねて作ってみたのだ。

地下水を魔力路を使って汲み上げ、風魔法によるヒートポンプで加熱し、再度魔力路で各部屋に引き回す単純な作りで、湯量の増減などは出来ない為にかけ流し風ではあるが、その分清潔な湯を常に供給できる。

異世界(ちきゅう)知識から試行錯誤した結果の割にはなかなかの仕組みに出来たと自負している。



僕からの返答を聞き、ゆっくりとスグハの方へ顔を向けるタオヤメ。



「あ、あぁ部屋が出来たと教えていただいた時に聞いたが

別に入らなくても死にはしないだろ?

垢すりと水浴びは街でも出来るんだ…し…」


「乙女にとってお風呂の有無は大問題です!

なんでもっと早く教えてくれなかったんですか!

そうすればあんな寒い思いして水浴びしないで済んだのに!」


「さ、寒いのが嫌なら水浴びしなければいいじゃないか。


「毎日ちゃんと汚れを落とさないと髪が痛むんです!ふざけてるんですか!」


見た事もない形相(をしていると思われる雰囲気)でスグハに詰め寄り、浴場の重要性を雨あられと語るタオヤメ。

スグハはこっちに恐怖と困惑の混ざった視線を投げかけるが、僕はその視線に気づかないふりをする。

すまんスグハ。僕も我が身が可愛いんだ。


「あぁもう!こんなところで無駄にしてる時間が惜しいです!

マスター!お湯はもう頂けるんでしょうか?」


スグハにひとしきり言いたい事を言いきったのだろう。

話をぶった切ってこちらに振り向きつつ、熱冷めやらぬ語気のまま聞いてくる。


-- う、うん。地下水を熱風で温めて供給しているだけだから、適温への調整は時間が掛かるけど、入るだけならすぐにでもできるよ。

-- はいるならゴブリンに案内させるけど…


「「ぜひお願いします!」」


-- あ、はい。


またも重なる二人の乙女の弁。

鬼丸にガイドを頼むと、数分もたたずにガイド用のゴブリンが現れ、二人は欣喜雀躍(きんきじゃくやく)といった感じで浴場に向かっていった。


レナ嬢がスグハに対して去り際に

「スグハ様はもっと女心を理解された方がよろしいですわ。」

と冷たく吐き捨てたのは聞かなかった事にしよう。


次第に遠ざかっていく乙女二人の楽しげな声を聴きながら、残ったスグハが

「おんなごころって…なんだよ…」

と疲れ果てた声色で呟いたが、それに対して返せる答えを僕は持ち合わせていなかった。


改築されたダンジョン断面図ぽーん

挿絵(By みてみん)


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