よろしい、ならば戦争だ。
更にそれからしばらくすると、今度は男性はタオヤメと、少女はスグハと二人でクエストに行きたいと言い出すようになった。
ここまで来れば、流石に二人も依頼達成ではなく個人的な都合で着いてきているのだという事に気づく。
そこで二人は別々に依頼に連れていく事は出来ないが、私的な時間であれば個別に付き合ってもよいと提案した。
男女はその提案を聞き、自身らが街を統治しているオルドビス家の私兵団長と現当主の娘である事。
私的な時間をとって会ってくれるのであれば、貴族家からの正式な護衛依頼の形をとると言ったのだという。
二人は男女がまさか貴族とその部下だったとは思いもよらず驚いたが、正式な依頼の形をとってもらえるのであればそれに越したことはないと考え、承諾した。
タオヤメが私兵団長の護衛をするうちに、私兵団長は今回の行動に至った流れを少しずつ話してくれたそうだ。
スグハとタオヤメは二人がいるトライロ城壁都市では有名であり、オルドビス家もそれをもちろん知っていた。
特にオルドビス家の現当主はタオヤメに非常に惚れ込んでおり、現当主の娘であるレナ嬢も地竜討伐時の祝祭で見たスグハに一目惚れしたのだとか。
現当主は当初、強引にでもタオヤメを妾として迎え入れ、スグハも強制的に娘と結婚させる事で家の管理下に置き、統治をより盤石にするつもりだったらしい。
二人の元に仕官の要請があったのはこの頃だったようだ。
私兵団長はそれを聞いて耳を疑ったが、おそらく当主もレナ嬢も一時の気の迷いで言っているだけであり、時間を置けばあまりにも貴族らしからぬ行いだと自覚し、考えなおすだろうと考え、当主には強引な方法は反発を招くと言って短慮を起こさないよう釘を刺し、表向きはスグハ、タオヤメの人となりを知る為に、本心は時間を稼ぐ為に依頼への同行を提案したのだという。
一番の誤算は依頼への同行にレナ嬢も来てしまったことである。
本来であれば私兵団長一人が同行し、それとなく貴族に相応しくないと報告することで、当主とレナ嬢の慕情が冷めるよう誘導する予定だったのだが、依頼に同行するようになってからというものレナ嬢の恋心は燃え上がる一方であった。
しかし結局の所、貴族の娘は政略結婚に利用されるのがこの社会の常であり、タオヤメに対する当主の懸想さえ落ち着けば、当主命令でレナ嬢はスグハから引き離されるだろう事。
それならばせめて、引き離されるまでは好きにさせたいと考え、護衛依頼の形でお願いしている事。
家庭の問題に付き合わせてしまって申し訳なく思っている事などを依頼中に話してくれた。
これが先刻リッチとオーガのコアをもらったあたりの話になる。
そして今日、いつも通りタオヤメが私兵団長の護衛依頼を終え、スグハと合流して宿に戻ろうとすると、路地から覆面を被りナイフを持った男に襲われた。
ナイフを持っているとはいえ二人に普通の人間が敵うはずもなく、スグハは襲ってきた男に対しすぐさまカウンターを叩きこんで気絶させた。
しかし問題はそのあと起きた。
かすり傷一つ負っていないはずのスグハが気を失い、その場に倒れてしまったのだ。
そしてそれを待っていたかのように、路地からは次々と華美な鎧を纏った男が現れ、タオヤメにおとなしく拘束されるように言った。
タオヤメが彼らの身元を聞くと、オルドビス家の私兵であり、当主からの勅命だという。
私兵団長から聞いていた当主の思惑を思い出したタオヤメは、スグハを抱えて家屋の屋根に飛び移り、その場から逃走した。
まさか成人男性を抱えるだけの力がタオヤメにあるとは思っていなかったのだろう、自称私兵達からの追跡はなかったらしい。
その後、近くの屋根に身をひそめ私兵の動向を探っていると、彼らは二人が泊まっている宿も把握しているらしいことが分かった。
そこまで理解したタオヤメは、前に僕が言った「嫌な予感がする」という言葉を思い出し、連絡してきたのだという。
「マスターは…こうなる事をわかっていらしたのですか?」
-- いや、その話をした時にも言ったと思うけど、あくまで直感的に嫌な予感がしただけだったんだ。
-- 起きる事まで解っていたわけじゃない。
「でも「何か良く無いことが起きるのではないか」と予想する事は出来たという事ですよね…。」
-- それは…まぁね…。
「ふふ…凄いのですね…。マスターの知識は…。
…私にもその知識があれば、何か変わったのでしょうか…。
もうあの生活には戻れないのでしょうか…。」
タオヤメの声色から悲しみが伝わってくる。
彼らが街に居ついて4、5か月くらいにはなるだろうから、二人なりに相応の思い入れがあるのだろう。
僕は、今後の事を考える前に一番気になっていた事をタオヤメに聞くことにした。
-- タオヤメ、君はこの先どうしたいんだい?
「私がどうしたいか…ですか?」
-- うん。僕は君たちがその街で経験し、学んだ結果、君たち自身が今どう考えているかを聞きたいんだ。
-- 今後の事はそれを踏まえて考えたい。
「私が学んだ結果…」
実際問題、最適解としては名前や容姿を変えて別の街に行く事だ。
別にこの街にこだわる必要はないし、もし貴族との関係が面倒になったら僕自身も危ない。
でもそれは彼ら二人と街との関係を知らない僕の見解だ。
もし二人が今回の件でこの街を見限るのであれば先の方法でいいが、もしそうでないなら…。
僕は彼らの希望を実現するために万難を排して臨みたい
「…この街に残りたいです。
この街の人たちはとてもいい人たちばかりです。
宿屋のおばさんは、街に来て間もない私やスグハに、とても親切にしてくれました…。
冒険者ギルドで受け付けをしている女の子は私より年下なのにきびきびと仕事していて、依頼内容も全部把握してて、すごく可愛くて頼りになるんです…。
鍛冶屋のおじさんは無口ですけど、スグハの武器の手入れや壊れてしまった装備品の修理はすごく丁寧で、壊れにくい取り回しや立ち回りをよく教えてくれるんです…
他にも食堂のアンナちゃん、雑貨屋のルート君、教会の牧師さん、もっともっとたくさんの大切な人がこの街にはいるんです…。
マスター…私。この街が好きです…」
…正直予想外だったけど、普段あまり自己主張のないタオヤメからここまで言われるとグッとくるな…。
「マスター…。俺からもお願いします。この街に残らせてください。」
「スグハ…、起きていたの。」
「多分気絶させた奴が運ばれるとかして俺から離れ、奴が持っていた魔道具の効果範囲から出たんだろう…
リッチの時に一度体験した睡眠魔法と同じ感覚だ。くそ…。」
彼らが最初に赴いた街がそこで本当に良かった。
彼女が語った人達に僕は微塵の面識もないけれど、顔も声も何もかも知らない街の住人に、僕は心から感謝した。
-- さて、二人の希望はわかった。
-- であればこの先もその街に残る為の方法を考えようか。
「…そんなことができるのですか?
俺が言うのもなんですが、オルドビス家私兵団の兵力は侮れません。
一人一人の能力は並の人間より少し強い程度ですが数が多い為、恐らく俺とタオヤメの二人では数に押し負けてしまいます…。」
-- まぁそこはあまり気にしてないかな。問題があるとしたら私兵を壊滅させた後の話だ。
-- それより気になるのはその街での貴族家の評判についてかな。
「あまり良くはないようですが、街中には常に私兵団の目があるので大っぴらに批判する人は多くありません。
私兵団長の評判は高いですが、反面副団長は素行が悪く、街の住民からも「副団長の横暴で被害を受けたが団長が謝罪、賠償をしてくれた」という話が散見されました。
特に重税を課していたりしているわけではないので、住民の生活もそこまで困窮してはいませんが、私兵団の管理は不十分で、それによって貴族家は評判を落としているように見えます。」
なるほど。それは重畳。
流石に街を丸ごと敵に回すのは心情的な負担が大きすぎるからな。
-- タオヤメを妾にするとかいう寝言にその副団長が噛んでいる可能性は?
「…ちょうど今日私兵団長からその可能性がある旨をお聞きしたところでした。
副団長が当主様に上申したタイミングと、当主様が強硬策を述べたタイミングに一致が見られると…。
素行と併せて調査してみるとの事でした」
-- 私兵団長もそう考えていたとなると根本的な黒幕が副団長という可能性があるな…。
-- 最後に当主の令嬢だっけ、スグハに懸想している子。
-- 彼女はこの件にどの程度絡んでいると思う?
「俺の私見ですが無関係だと思います。」
-- その判断の理由は?
「今までの彼女の挙動から推測するに、姑息な方向に頭の回るような女性ではありません。」
-- そ、そうか。
-- タオヤメはどう思う?
「私もスグハと同意見です。
…同じ女性としてそのような評価は心苦しいのですが…」
-- そうか…。
二人そろってそういうのならよっぽどなんだろう…。
貴族令嬢にしては珍しいように思えるが。
-- よし、まずは二手に分かれよう。
-- タオヤメは先刻襲ってきた奴らに「ばれるように」街を抜け出し、僕のダンジョンまで来てくれ。
「ばれるように…ですか?」
-- あぁ。戦闘をするなら僕のダンジョンのそば、可能ならダンジョン内まで引き込んで処理したい。
-- 人目を完全にシャットアウトできるしね。
「なるほど。了解しました。」
-- スグハはオルドビス家に赴き、誰にもに気づかれないように私兵団長の状況、副団長の状況、そこのお嬢さんの状況、当主さんの状況を把握してくれ。
-- 被害者と加害者の切り分けは重要だ。
-- とはいえこの時点での深入りは不要だから、タオヤメの動向がオルドビス家に届いたあたりで撤収してくれ。
「了解しました。」
-- 頼みたい事は以上だ。
-- もし指示外の事があったら即連絡する事。
-- どんな些細なことでも連絡をくれ。
「「了解しました。マスター」」