ダンジョン攻略(1)
俺の名はジルクニフ、Dランクの冒険者だ。
年は今年で35、駆け出しの頃から使い込み、すっかり手になじんだ
メイスを振りながら、仲間と一緒に人気のない森を進んでいる。
目的はただ一つ、最近生まれたらしいダンジョンだ。
その存在を知ったのはつい最近、少し前に街を去ったはずの友人からだ。
風の噂で、郊外にアジトを作り、夜盗まがいの事をしていると聞いていたその友人が、身なりを整え王都へ向かう馬車に乗り込もうとしているのを見た時には目を疑った。
来ている服だけでも銀貨5枚以上する上に、王都への馬車など、どんなに交渉しても金貨1枚は下らない。
王都へ入るためには華美な装飾と通行証と賄賂の全てが必要不可欠だからだ。
何をしにそんなところに行くのか。どうやって金を工面したのか、気になって問いただすと、友人は苦笑しながら、母の病気を治すために王都へ行くのだと、そして金は近くにできたばかりのダンジョンコアを運良く見つけ、そこの魔力石を売って作ったのだと教えてくれた。
自分も自分の仲間も、もうこの街には戻らないだろうから、あのダンジョンが復活したらお前も行くといいと、詳しい場所を教えて友人は去っていった
千載一遇のチャンスだと思った。
ダンジョン攻略で手に入る魔力石は最低でも金貨100枚以上の額で売れる。
俺のパーティは6人組だ。山分けしても一人頭金貨16枚強。
それだけの金があれば危険な冒険者から足を洗える。
何より同じパーティの妻にいい生活をさせてやれる。
その晩、俺はパーティメンバーを集め、ダンジョンの攻略を提案した。
攻略に向かう事は満場一致で決まった。
何年も苦楽を共にした仲間たちだ。
生まれたばかりのダンジョンの希少性など、みなまで説明せずとも解っている。
「ジル兄、あれが問題のダンジョンじゃないか?」
先行していたトニーからそんな声がかかった。
「なんだ、全然小さいじゃないっすか。
ダンジョンなんて言うからもっとおどろおどろしいものを期待してたのに。」
「ほんとだ。あんなんじゃ全然手応えないよ。
ゴブリンしかいないじゃん」
ルークとジョンがそれに続いて軽口を叩く。
長剣使い三兄弟のトニー、ルーク、ジョン
三人とも俺の従兄弟で、十年前の内戦で叔父が死んでから、陰に日向にパーティを支えてくれた弟同然の間柄だ。
兄弟故に彼ら三人のコンビネーションは抜群で、三人がかりであればオークすら容易く倒すだろう。
「こらこら。ダンジョンをなめてかかるでない。
ダンジョンはコアが再生するたびに学習し、難しくなる。
あのダンジョンはまだ若い様じゃが、甘く見てはならんぞ。」
「「はーい」」
右目に眼帯をした弓使いのグルドが二人を窘める。
彼は俺の義父に当たる。
若いころは名のある傭兵だったそうだが、事故で片目を失ってからは冒険者に転向した。
頼れる冒険者の先達である。
そして…
「どれどれ…。あらほんとだよ。
大体のダンジョンなら、二回目以降ならウルフやオークくらいはいるもんだけどねぇ。
中に引っ込んでんのかね?」
彼女が俺の妻でグルドの娘、アディルーナ。
父と同じ弓使いだが、ダガーも使える。
ジョブとしてはレンジャーになるだろう。
何度も視線を潜り抜けてきたこのメンバーなら、生まれたてダンジョンの一つや二つ、赤子の手をひねるようなもんだ。
メンバーと同じように茂みから顔を出してダンジョンの入り口を見てみる。
アディルーナの言う通り、入り口付近にはゴブリンしかいない。
大抵のダンジョンは一度破壊されると戦力を多様化するために、近くにいるウルフやボア種を生むようになるのだが…。
「グルド、例のを使ってもらえるか?」
「やれやれ、老人は労わるもんじゃぞ」
そういってグルドは眼帯を外して両眼を閉じ、詠唱を始めた。
「荘厳なる大地よ…溢れる英知を我に授け給え…。グランドリーディング」
呪文を唱え終わった刹那、グルドを中心に地面に光の輪が広がり、すぐに消える。
「ふう。ジル、あのダンジョンなかなか深いぞ。
入り口のある部屋は円形で少し大きく、その先に少なくとも三つの部屋があったな。
三つの部屋の感覚は少し違和感があった。トラップルームかもしれぬ。
ただ動いているのはゴブリンだけじゃの。その三つの部屋を含めてじゃ」
これは土魔法に分類されるとても高度な探査魔法だ。
余程才ある魔術師でもなければ使えない代物だが、グルドは失明した右目に魔道具を埋め込む事で限定的ながら使う事が出来、周囲の情報を得る事が出来るらしい。
真に才ある術者ならば、その土地で過去に起きた事柄をも知る事が出来るんだとか。
俺らが初めての場所で行動する際には、露払いの代わりにグルドにこれを使ってもらうことにしている。
「伏兵がいるわけでもない…か。
よし、アディ、グルド。今見えているあの三体のゴブリンを弓矢で撃ってくれ。
それを皮切りにまず最初の部屋を攻略する。
先行するのはいつも通り俺だ。」
「うむ」
「あいよ」
目で確認できない場所への先駆けは俺の役割だ。
こればかりは他の誰にも譲れない。
最も危険な役割を果たせずリーダーも何もないものだ。
シュシュン、シュン
風切り音が聞こえ、視界の先で三体のゴブリンが倒れ、それと同時に茂みから飛び出し、その勢いのままダンジョンへ突入する。
突入し、警戒しつつ周囲を窺ってみるが、グルドのいう通り生物の気配は感じられない。
入り口の対面に奥へ続く道が見える以外は、何の変哲もない洞窟だ。
「大丈夫だ。お前らも来い。」
外に声をかけると警戒を保ったまま五人の仲間が入ってきた。
先ほどのふざけた雰囲気はもうない。
ここはモンスターが巣くうダンジョンなのだ。
「陣形はいつもの通りだ。俺とトニーが先頭、ルークとジョンは左右を警戒しながらアディとグルドの護衛に回れ」
言うが早いかトニーが俺の左につく。
「流石だな」
「何年組んでると思ってるんですか?兄さん」
「いっぱしの口をききやがって。行くぞ。」
「はい。」
陣形を維持したまま、グルドがトラップルームかもしれないと言っていた一つ目の部屋に足を踏み入れる。