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エスパー病  作者: ズィーベン
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断章2

 南條夏乃はクラスの人気者だ。皆に好かれていた。


 そうであるように必死に努力していたからだ。

 クラスメイトそれぞれの性格、趣味、好きな物、嫌いな物といった様々な情報を記憶し、いつだって相手が喜ぶように振る舞う。


 表情は基本、笑顔だ。人は笑顔で接するだけでも好感を持ってくれる可能性が高くなる。

 必要とあらば、道化にもなろう。皆を笑わせるのだ。楽しくさせるのだ。


 それは夏乃にとって、他者との壁だった。

 好かれることで自分を守る。排斥されることが怖いから。


 しかし、クラスには自分を好いていないと思われる相手が二人いた。

 東郷春樹と西野秋葉。どちらも難敵だ。

 周囲と関わることを拒絶しているように思える。


 誰か彼らと仲が良い相手でもいれば、そちらから情報を得ても良かったが、友達と言える友達もいない様子だった。

 人を介在させず個人情報を探ることは非常に難しい。この現代では特に。


 彼らは危険因子だ。いつ刺されるか分かったものではない。


 だからこそ、籠絡する必要がある。好いて貰う必要がある。


 そう、考えていた。



「南條さん、ちょっといい?」


 担任の教師に声を掛けられる。放課後、雑務の手伝いをして欲しいとのことだった。


 相手の喜ぶ姿を振る舞うのが夏乃だ。

 それゆえ、断るわけもない。快く引き受けた。


 放課後、いざ手伝いに行ってみると、そこには紙の山が積まれていた。

 いや、散乱していたと言ってもいい。


「何です、これ」


「使われていない倉庫に保存されていたものでね、処分しちゃえればいいんだけど、大事な書類があるかもしれなくて……」


「つまり、一通り目を通して、処分していいものと悪いものを分別しろ、と。そういうことですか?」


「そう、まさにその通り!

 こんな昔の紙媒体、人の手じゃなきゃどうしようもなくてねぇ。

 特に歴史的な内容の紙は勝手に捨てるとうるさくて。連絡とかそういうのはポイしちゃっていいから。

 分からなかったら聞いて」


「はい、分っかりました〜」


 めんど、と夏乃は内心で毒づくもなるべく明るい様子で頷いた。


 しかし、程なくして担任を呼び出す放送が流れる。


「ごめん、南條さん。なるべくすぐ戻って来るから、進めといて!」


 そうして、一人その場に残された夏乃は唖然とする。

 先程まで作っていた表情はすっかり崩れてしまっていた。


 何て教師だ、と怒りが込み上げてくるが、とりあえず作業を進めていく。


 三十分経っても、まるで戻ってくる気配はない。

 一人ではとても日暮れまでに終わらない量が目の前に溢れていた。


 そんな時のことだ。扉が開き、誰かが入ってきた。てっきり教師が戻ってきたのだと思ったが、振り向くとまるで違う人物だった。


「何やら大変そうだな。手伝うよ、南條」


「と、東郷君? どうしてここに」


「いやな、偶然この部屋の外を歩いていたら、困り顔の南條が見えたから」


 油断していた。困り顔を見られるくらいどうということはないけれど、失態だ。

 夏乃は落ち着いて普段通りの様子を装う。


「え〜、お気遣いありがとっ!

 でも、大丈夫だから気にしないで!

 もう終わる目途はついてるから!」


 やんわりと協力を拒んだ。

 夏乃にとって、人に迷惑を掛けることは許されない。

 しかし、春樹はそんな拒絶を意に介さず、平然と作業を手伝い始める。

 なぜだかやるべきことも分かっているようだ。


「そんなに無理しても、しんどいだけだろ。

 もっと肩の力を抜いてもいいんじゃないか」


 春樹は手を動かしながらそんなことを言う。

 それはきっと他意はなかったのだろう。現状の話に過ぎない。


 しかし、夏乃にはまるで自分の生き方に対して言われているように思えた。

 ぐさりと鋭いナイフを押し込まれたように感じた。


「……無理なんてしてないよ、私?」


「そうか。なら、別にいいんだけど」


 それ以上は何も言わなかった。ただ淡々と作業を進めた。

 終わると、彼は「それじゃ」とだけ言ってさっと立ち去った。少しして、担任が戻ってきた。


「あー、南條さん、本当にごめん!」


「もういいですよ、終わりましたし」


「東郷君のお蔭ね」


「えっ、何で先生がそのこと……」


「だって、わざわざ職員室に来て手伝いを名乗り出てくれたのよ、彼」


 それを聞いた夏乃は春樹の吐いた嘘に気づく。


 何が偶然だ。知っていてここに来たのではないか。

 いや、そもそも教室で夏乃が担任に頼まれていた時から聞いていたのでは。

 そうして、呼び出しの放送を聞いて、しばらくしても担任が職員室にいたことを疑問に思い、手伝いを申し出た。そう考えれば、辻褄が合う。


 だが、お人好しにも程がある。

 それは夏乃が春樹の思わぬ面を知った瞬間だった。



 それ以来、夏乃は春樹の日々の行動に注目するようになった。

 当然、誰にも気づかれないように。そういうことは得意だ。


 そうして、気づいたことがある。それは彼が誰にでも同じようなことをしている、ということだ。

 何なら当人が知らぬ間に手助けしていることも少なくない。


 異常だ。

 普通ではない。

 どうしてそんなことが出来るのか。


 その尽力を誇るわけでもなく、むしろ隠しさえするように、ただただ誰かの手助けをする。

 博愛と言えば聞こえはいいが、正直言って気味が悪い。あまりに自己犠牲的だ。


 普段は人を拒絶しているようなのに、なぜ困っている相手には迷わず手を差し出すのか。

 臆せず踏み込んでいくのか。


 夏乃は紛れもなく春樹という存在に心を動かされていた。

 これまで抱いたことのない感情を抱かされていた。


 そんな時だ。

 秋葉がエスパー病の発作で猫の内に入ってしまった、という話を聞いたのは。


 二人を取り込むチャンスだと思った。

 もう一つの顔、エスパー病研究部を用いることで。


 しかし、夏乃が思い出すのは、あの時の春樹の言葉。


 本当は秋葉こそついでだったのかも知れない。

 同じエスパー病患者として、関わってみたいと思ったのもまた事実ではあるが。


 春樹の言葉は今も胸に刺さったままだ。やはり自分を刺してくる相手だという判断は間違っていなかった。

 けれど、それは不思議と嫌な気分ではなかった。


 そうして、夏乃は春樹に声を掛けた。

 初めて呼ぶ親しみを込めたあだ名で。


「ね、ハル君! ちょーっと、お話いいかな?」

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