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エスパー病  作者: ズィーベン
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二章 中篇

 翌日。

 春樹は小鳥がピーピーと鳴く声で目を覚ました。鳥の間らしい自然の目覚ましだと思えた。

 秋葉と夏乃は花の間で寝ているが、花の間らしい目覚ましもあるのだろうか、などと他愛もないことを考えながら身体を起こす。



 まずは眠気覚ましに窓を開けて、朝の景色を堪能した。建物自体が高い位置にあり、更には二階である為、見晴らしがとても良い。

 その清々しさに心が洗われるようだった。


 結局、昨夜はエスパー病の勉強会に時間を費やした。

 その甲斐あって、十分に知識を擦り合わすことが出来ただろう。


 夕飯はどれも舌鼓を打つ程の美味しさで素晴らしかった。今日の朝食や昼食にも今から期待が高まる。


 時計を見れば、もうそろそろ朝食が始まる時間だった。

 秋葉達は起きているだろうか。


 簡単に用意を済ませた春樹は花の間を訪れる。勝手に入るわけにもいかないので、まずはノックする。


「…………」


 返事がない。

 二人ともまだ寝ているのだろうか。


 朝食の時間はまだしばらくあるので、また後で来ようか。


 そんな風に考え、春樹は鳥の間に戻ろうとする。

 しかし、花の間の戸から僅かに光が漏れ出ているのが見えた。

 少し開いている。


 中の様子を確認するだけだ、と自分に言い訳をして、春樹は隙間から覗き込んだ。

 人影が見えた。着替え中とかそういうこともなさそうな様子だった。


 その為、春樹は戸を開き声を掛けた。

 死角になっている位置の状況は不明なので、部屋の中までは入らない。


「起きてるなら返事してくれよ。もう二人とも起きてるのか?」


 春樹はその人影が秋葉なのか夏乃なのか判断がついていなかった。

 しかし、そこにいたのは秋葉でもあり、夏乃でもあった。


 ちょうど二人の半分ずつが合わさった形となっていたのだ。左が秋葉で右が夏乃。

 髪の長さや胸部の大きさの違いが如実に感じ取れた。


「えっ……」


 春樹は言葉を失くす。間違いなく異常な事態が起きていた。


 彼女と呼ぶべきか彼女達と呼ぶべきか分からないが、その人はぼんやりとしていた瞳の焦点が合ったかと思えば、とても冷静ではない慌てようで叫ぶ。


「み、み、見ないでッ!」


 そうして、顔を見られないように背を向けて部屋の隅に縮こまった。ブルブルと震えている様子だ。

 現状に混乱しているのだろう。


 ただ、春樹は今の現状がなぜ引き起こされているのか、という要因については確信があった。

 エスパー病だ。それ以外にこんなことを起こせる何かもないだろう。


 春樹は一度深く息を吐くことで頭を落ち着かせる。

 冷静になれ、と。


 エスパー病は極度の緊張や羞恥が発作の原因となることが多い。

 要は安定を欠いた心だ。以前の秋葉のように。

 当然、それは悪化へも繋がる。その為、まずは落ち着かせなければならない。


 春樹はなるべく柔らかい口調で語りかける。


「大丈夫だ。きっとエスパー病の発作だろう。

 昨日の勉強会でも話したけど、まずは落ち着くことだ。

 深呼吸して心を穏やかに」


 その言葉はきちんと届いているようで、深呼吸していることが感じ取れた。


 よし、この調子だ。

 春樹は上手くいっていると考えて、ゆっくりと彼女に近づいた。


 しかし、それは安易な判断だった。


 振り返った彼女は思いもよらず近い距離にいた春樹に驚いてしまう。

 緊張、羞恥、そして恐怖。

 様々な感情が織り交ざり、混乱して悲鳴を上げる。


「————ッ!!」


 言葉にならない声。

 それは彼女の身体を消滅させた。いや、微細な粒子へと姿を変えたのだ。

 見覚えがある。それは秋葉のエスパー病の発作だ。

 フッとあっという間にどこかへと消えてしまう。


 春樹はすぐさま追いかけるようにして外へと飛び出た。

 粒子の消えた方向の後を追う。

 しかし、いくら探してもその姿を見ることはなかった。


 通りがかりの人にも「浴衣の女の子を見ませんでしたか?」と聞いたりもしたが、誰もが首を横に振った。


 そもそも、秋葉のエスパー症の発作が起きたのであれば、その質問では見つかるはずもないのだが、そんな風に冷静ではとてもいられなかった。


 やがて、昼食も食べず必死に探し回っていた春樹は、疲れ果てて旅館の二階へと通じる階段に座り込んでしまう。

 階段を上って部屋に戻れば、もしかしたら戻ってるかも知れない。

 そんな淡い期待を抱くも、身体はなかなか動いてはくれなかった。


「くそっ!」


 春樹は自分の無力さに腹が立った。


 どうしてこうなのか。

 いつだって自分の手からすり抜けていってしまうものばかりだ。

 また、失うのか。


 そんな風に思いつめていた時のこと。どこからか入ってきた様子の一匹の猫が傍に寄って来た。

 太郎とは違い、黒白柄だ。黒が多めの毛色となっている。


 心が荒んでいた春樹にはその猫が自分を慰めてくれているように感じられた。


「ありがとうな」


 そう言って、いつも太郎にしているように頭を撫でようとする。

 しかし、その手は避けられた。

 更には先程までとは打って変わり、こちらを睨んでくる。


 春樹はその様子に覚えがあった。


「まさか……西野なのか?」


「にゃあ」


 頷いたような、首を横に振ったような、微妙な反応。

 しかし、明らかに人の意識があるような挙動だった。こちらの言葉を解しているように思われた。


 そうして、春樹は花の間で見た光景から一つの考えに至る。

 それはその猫には秋葉だけではなく、夏乃の意識も宿っているのだ、という考えに。


 だが、果たしてそんなことが起きうるのだろうか。

 春樹に判断することは出来なかった。


「……帰ろう。これ以上、ここにはいられない」


 春樹は決断する。

 まずは父親である水斗に相談しなければならない。なるべくすぐに帰宅する必要がある。


 そうして、良枝には素直に事情を話した春樹は、三人分の荷物を一人で抱え、黒白柄の猫も連れて帰宅した。



 夕暮れ時、やっとの思いで帰宅した春樹は水斗の部屋にいた。


 彼はそのエスパー病の症状もあって、完全な夜型人間だ。

 その為、帰宅時には未だ寝ており、無理に起こされたせいか、不機嫌そうな顔で春樹を見ていた。


 しかし、春樹の話を聞いている内にその顔は普段の様子となっていく。

 無数に思考を巡らせているような、常に別の世界を見ているような表情だ。


「なるほど……エスパー病が重なったか」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味だ。

 現状、エスパー病の症状が複数出た人間は存在しない。しかし、複数人のエスパー病が相互に干渉し合った症例はごく僅かだが確かに存在している。

 症状によってはそのようなことにもなり得るということだ」


 そんな話はこれまで聞いたことがなかった。

 話をする必要がない程に珍しい事例なのだろう。


 水斗は説明を続ける。


「今回の場合で言えば、西野という少女は以前と同様だろう。

 今回も猫であることを鑑みるに『猫の中に逃げ込む』という発作だと考えられる。


 しかし、その前にもう一つの発作が重なってしまった。

 すなわち、お前が見たという二人の人物の同化だ。

『身体を半分ずつにすることで他者と一つになる』といったところか。それは南條という少女が持つエスパー病なのだと考えられる」


 夏乃もエスパー病患者。

 エスパー病に関して調べているのは、自分を治す為だとすれば、考えられない話ではなかった。

 もしかすれば、今回が初の発症ということもある。


 しかし今、問題にすべきことはそこではない。


「その猫には意識が三つ混在していることになる。

 元の猫の意識、西野という少女の意識、そして南條という少女の意識。

 厄介だな。前回以上に危険だ。

 元に戻ることが出来ても、大きな影響を残してしまう可能性がある」


「……ふざけるな。そんなこと認めてたまるか。

 二人は俺が戻してみせる」


 春樹の内には怒りが渦巻いていた。世の理不尽さへの怒り。

 彼女達がこんな目に遭わなければならない道理などあるわけがない。


 そんな彼の姿に疑問を持ったのか、水斗は問いかける。


「別に今回はお前が原因というわけでもないのだろう? それでも力を尽くすのか」


「当たり前だ!

 目の前で困っている人がいて、放ってなんておけない!」


 春樹は決して社交的な人間ではない。どちらかと言えば、人付き合いを避ける性格だ。

 それはエスパー病であることを含めた過去の経験に起因しているだろう。


 しかし、決して人と関わらない人間ではなかった。

 むしろ、必要とあらば迷わず踏み込んでいく性格。いつだってその動機は人を助ける為だった。


「そうか」


 春樹の言葉を聞いた水斗は、僅かに口元を緩めていた。


「ならば、私も出来る限りのことをしよう。

 お前はその猫から目を離すな。少なくとも、見知った人間が傍にいるだけで心の落ち着きようは違うものだ」


「ああ。ありがとう、父さん」


 あの東郷水斗が力を貸してくれる。

 前回もそうだったが、これ以上に心強いことはない。


 水斗は部屋を出る前に、たった今考えたらしきことを告げる。


「心の不安定がエスパー病を発症させることは知っての通りだが、時に親密になるということも不安定をもたらす。

 今回の一件はそういうことなのかも知れないな」

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