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エスパー病  作者: ズィーベン
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二章 前編

「合宿をしましょう!」


 春樹達がエスパー病研究部に入部して少しばかりの月日が流れた。

 そんなある日の放課後、社会教室に集まった春樹と秋葉を前にして、夏乃は高らかにそう宣言した。


「また急な話だな」


「どうかしたの、夏乃ちゃん」


 三人は席に就いている。夏乃が教室の入り口から見て正面に、春樹と秋葉はその反対側だ。

 しかし、以前のように隣ということはなく、現在は席一つ分の空間が適度な距離感となっていた。


「二人共、ここ最近の部活動を思い返してみて」


 夏乃に促され、春樹と秋葉は記憶を探るようにして、それぞれ呟く。


「……コーヒーを飲んだな」


「……お菓子を食べたかな」


「そう! 何もしていない!

 私達はただお茶をしてくっちゃべってただけ!

 これはまずい、非常にまずい! なぜなら、部活の活動実績がなくて潰れる可能性があるから!」


 確かに、現状この部活はなぜ存続しているのか怪しい状態だ。

 夏乃の様子を鑑みるに、随分と前から同様であったことが窺える。


「しかし、どうしてまた合宿に」


「合宿って立派な活動実績になるの。

 研究合宿とでも名乗って適当にそれらしいことを書いて提出するだけで万事良好。

 ただ、流石に行ってすらいないのはよろしくない、ってわけ」


 なるほど、と春樹達は頷いた。


「ちょうど旅館を経営してる私の親戚に誘われててね。

 今の時期はさして人も入らないから、良かったら遊びに来ないかって。格安で使わせてくれるって話なんだよ。

 これだ、と天から啓示が下りてきたね」


 うんうん、と一人で頷く夏乃。春樹と秋葉は互いに顔を見合わせていた。


「まあ、俺は別にこれといった予定もないけど」


「わたしも特には」


「なら、決定!

 今週末はエスパー病研究部の合宿を行います!」




 そうして週末、春樹達は夏乃の親戚が経営するという旅館へとやって来ていた。


 しばらく電車に揺られ、乗り換えをした先にある温泉街。その一角にある旅館だ。

 どうやら歴史ある建物のようで、木造建築が風情のある様子を醸し出していた。


 春樹達が旅館の中に入ると、着物姿で髪を結った女性が迎えてくれた。


「あら〜、いらっしゃい、夏乃ちゃん」


「こんにちは、良枝(よしえ)叔母さん」


 どうやら彼女が夏乃の親戚ということらしい。

 その身なりはもちろんのこととして、一つ一つの所作がとても綺麗な人だった。


「お友達もわざわざ来てくれてありがとうね」


 春樹と秋葉はそれぞれ「いえ、こちらこそ」と頭を下げて礼を述べる。


「それじゃお部屋に案内するわね」


 春樹達は良枝の後に付いていく。荷物は他の従業員の人が部屋まで運んでくれた。

 一同は階段を上って二階へと行く。


「こちら、花の間と鳥の間を使ってね」


 部屋や旅館についての簡単な説明を受けた後、春樹達は花の間に集まった。

 畳の上で机を挟み話し合いを始める。


「いっそハル君もこっちの部屋で寝るってのはどう?」


 夏乃の唐突な発言に春樹と秋葉は泡を食う。


「何でそうなるんだっ」


「か、夏乃ちゃんっ」


「あははっ、冗談冗談」


 彼女の発言はどこまで本気か分からない。


「さて、それじゃ改めまして、合宿開始といきましょう」


 夏乃はキリッと真剣な顔つきとなり、春樹達も思わず緊張感を帯びる。


 エスパー病研究部の合宿。

 果たして、まず始めに何を行うのか。


 夏乃が重々しく口を開いて告げたのは。


「まずは……温泉を楽しむ!

 レッツゴートゥ温泉! イェイ!」


 やたらとテンション高めな彼女に対して、春樹達はズコーッとこけそうになった。

 座っているが。


「あれ、どしたの、二人とも?」


「合宿はどうした、合宿は」


「温泉に入らずして戦が出来ようか!」


「それを言うなら、腹が減っては戦は出来ぬ、だよ……でも、温泉かぁ」


 秋葉は心惹かれている様子だった。温泉が気になっているらしい。

 春樹自身、気になっていないわけもなく。


「……合宿は温泉の後だな」


 こうして、春樹達はまず温泉に入ることに決めた。




 大浴場は男女で分かれていた。


「混浴じゃなくて残念そうだね、ハル君」


「あらぬ言いがかりはやめてくれ。

 西野も『えっ』て顔をしない」


「そ、そうだよね」


 これでは知らぬ間に秋葉からの評判が下がっていそうな次第だ。

 気を付けなければ。


「それじゃね〜」


「また後で、東郷君」


 二人と別れ、春樹は男と書かれた暖簾をくぐった。

 更衣所で服を脱ぎ、大浴場へと足を踏み入れる。


 岩作りの露天風呂となっていた。

 真ん中に大きな湯があり、それを囲むようにしていくつか小さな湯があった。


 とはいえ、まだ早い時間ということもあり、中には誰もいなかった。貸し切り状態だ。


 その為、堂々と真ん中の大きな湯に浸かることとする。


「ふぃ〜」


 春樹は思わず気の抜けた声を上げていた。温泉の湯が全身の隅々まで染み渡るようだ。

 露天風呂なので屋外ならではの解放感も心地良い。外側は竹垣が壁となっているのも風情がある。


 穏やかな時間に癒されていると、竹垣の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「うわ、秋ちん、巨乳だね〜うへへぇ」


「あ、ちょっ、夏乃ちゃんやめ、ひゃんっ」


「ふふふ、良いではないか、良いではないか、あっはっは!」


 悪代官ばりの高笑いだ。

 果たして向こうの女湯で何が起きているのか。


 春樹はついつい自宅の居間での出来事を思い出してしまう。


 右手で触れた大きく柔らかな感触。

 忘れなければ、とは思いながらも連想されてしまうのは如何ともし難い。


 いかんいかん、と春樹は首を強く横に振った。


「……というか、これでまた発症したりしないよな」


 不安に思っていると、何やらヒートアップして怨嗟のこもった夏乃の声が響く。


「私にも少しぐらい分けろおおぉぉっ!」


 そして、カコンと軽快な音と共に「ぎゃんっ!?」と濁った声。

 これまた夏乃だ。


「もうっ! これ以上は怒るからっ!」


 秋葉はそう強く宣言していた。

 しかし、既に怒りの一撃が下されたのではないか、と春樹は思う。


 何はともあれ、またしてもエスパー病が発症するようなことはなかったようで一安心だ。

 夏乃のことはさておいて。


 それ以降は特に向こう側の声が聞こえてくることもなかった。




 春樹が部屋に戻っても秋葉達はまだ戻ってはいなかった。その為、お茶でも飲んで待つことにする。

 急須にお茶っ葉を入れて自分で用意するというのも、機械による自動化が進んだ現代ではなかなか珍しい体験だ。


 しばらくして、浴衣姿の秋葉と夏乃が姿を現した。


「待たせてごめんね、東郷君」


「俺もさっき戻ったところだから、気にしなくていいよ」


 春樹は浴衣姿と上気した二人の顔に思わずドキッとする。

 特に秋葉は普段下ろしている髪を後ろで結っており、一層艶やかに見えた。


「それより聞いてよ、ハル君〜。

 秋ちんってば私のここを木の桶でさ」


「夏乃ちゃん」


「……何でもないっす」


 秋葉が冷たい目でこれまた冷たい言葉を発する。

 こちらまで背筋が凍るようだった。


 どうやら先程の件は二人の間に上下関係を設けたらしい。

 彼女は怒ると怖いタイプのようだ。


 春樹は何があったかは聞こえていたが、素知らぬ振りをすることとする。


「二人もお茶飲むか? さっき淹れたんだ。まだ冷めてないと思う」


「あ、飲む飲む〜」


「わたしも貰っていいかな」


 座った二人の前にお茶を注いだ湯呑を置く。


「あぁ〜温泉は良き文化だぁ」


 夏乃は脱力して机の前に突っ伏した。

 頬は緩みまくっている。


「夕飯までまだ少し時間があるね」


 秋葉は時計を見ながらそう言った。

 着いて早々に温泉へと行った為、まだ日も暮れていない。夕飯までは一時間以上もあった。


「今度こそ合宿開始だな」


「えぇ〜ごろごろしたい〜」


 夏乃は不満げな声を上げる。


「俺達は温泉旅行に来たわけじゃないんだぞ、副部長さんよ」


「そうだよ、夏乃ちゃん。

 ほら、起きて起きて」


 秋葉は今度は普通な様子で、夏乃の半身を机から引き剥がした。


「むぅ……誠に遺憾ながら、エスパー病研究部の合宿を始めます」


 副部長らしからぬやる気のない様子だな、と内心で思うが口には出さない。せっかく始めてくれたのだから。


「で、何しよう?」


「いきなりぶん投げたな!?」


「だってぇ……恥ずかしながら、予定は何も考えていません!」


 本当に恥ずかしい。

 とはいえ、春樹も特に考えてはいなかったので、あまり強くは言えない。


 早々に手詰まりかと思いきや、秋葉が自分の鞄からルーズリーフを一枚取り出し、机の上に置いた。そこには既に色々と書き込まれていた。


「そんなことだと思って、こういうことをすればいいんじゃないかってことを、少しだけど書き出してみたの」


「おぉ、流石は秋ちん、偉い!

 それに引き替え、ハル君はまったくもう」


「うるさい。お前には言われたくないぞ」


 むぐぐ、と二人で火花を散らしていると、秋葉に「はいはい」と雑な感じで諌められた。

 ルーズリーフを見ながら話を進めていく。


「まずはエスパー病について、三人で知っていることを話し合うっていうのはどうかな。

 特にわたしは二人と比べれば、全然知らないと思うから、出来れば色々教えて欲しいなって」


「なるほど」


 確かに、それぞれの知識を共有するのは大切だ。

 エスパー病とは何なのか、を考え直す良い機会にもなる。


「あれ?

 私はまあ、エスパー病研究部の副部長としてそれなりに知っているつもりだけど、ハル君も?」


 秋葉は『あっ』という顔をしていた。


 彼女は太郎と同化していたことで、春樹や水斗のことを少なからず知っている。その為、夏乃に自分がエスパー病であると伝えていない理由も何となく察してくれているようだった。


 単に面倒そうだという理由もある。だが、それ以上に春樹が自分のエスパー病を忌み嫌っているという理由があった。

 まだたったの二回しか起きていないとはいえ、未来を予知しても何ら変えることの出来ない、その発作を。


 申し訳なさそうにこちらを見る秋葉。

 春樹は気にするなと目線で伝えた。


「俺の父親はエスパー病の研究者だからな。昔から色々と話は聞いてるんだ」


「えっ!? 東郷……も、も、もしかして、東郷水斗先生……?」


「ああ」


 夏乃は眩暈を我慢するように天を仰いだ。

 そのオーバーな反応に秋葉が疑問を投げかける。


「東郷君のお父さんは有名なの?」


「そりゃもうエスパー病の権威も権威、大権威だよっ!

 これまでに発表された論文はどれも世界的に評価されてて、部分的にとはいえ解き明かしたことは数知れず!

 エスパー病研究者の希望の星!」


 夏乃は水斗について熱弁する。

 そんな風に人が評しているのは初めて聞いたかも知れない。何となくこそばゆい気分だった。


「へえ、そうだったんだ……」


 秋葉は納得するように頷いていた。

 夏乃は興奮冷めやらぬ様子で恐る恐ると問いかけてくる。


「は、ハル君?

 もし良かったらなんだけど、東郷先生に会わせていただくことは、可能でしょうか……?」


「まあ、多分。夜しか無理だけどな」


「そりゃもう先生とお会いできるのならいつでも!」


「分かった。帰ったら話しとくよ」


「約束! 約束だからねっ!」


 夏乃はこちらの手を掴んでブンブンと強く振ってくる。


「これは先生に恥ずかしい質問をしないよう、エスパー病について勉強し直しておかないと……

 よし! 秋ちんの提案通り、勉強会を始めよう!」


 そうして、こちらが意図したわけではないが、やる気を充填した夏乃の指揮のもと、エスパー病の勉強会が始まった。

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