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エスパー病  作者: ズィーベン
3/8

一章 後編

「エスパー病研究部ぅ……?」


 胡散臭さ全開なネーミングに春樹は眉を(ひそ)める。


「そう、ここはエスパー病研究部の部室! 私は副部長の南條夏乃!」


「いや、名前は知ってるけど」


 同級生だし、と内心で呟きながら胡乱な目で彼女を見つめる。

 クラスでの様子と随分違って思えた。


「というか、副部長ってことは部長は?」


「部長は死にました」


「えっ……」


 困惑する春樹。

 急に重い話に、と思いきや彼女はそんなこちらの想像を否定する。


「正確には、部活に来なくなっちゃいました。学校にはいるよ」


「幽霊部員になったってことか……」


「イエス!」


 夏乃は強く頷き、過去を振り返るように、どこか遠くを見つめる。


「昔はあんなにも情熱を持ってた人だったなのに……

 まあ、エスパー病の人は全然見つからないし、ろくな論文や研究成果も出ないし、仕方ないと言えば仕方ないのだけど」


 何だか面倒なことに巻き込まれつつあるな、と春樹は察する。


「とまあ、そんなわけで部員は実質一人でどう活動しようかという感じだったのだけど、そんなところに飛んで火にいる夏の虫、秋ちんがエスパー病で猫になっちゃったなんてことを知ったらもう、ね」


 にひひ、と夏乃はいやらしい笑みを浮かべ、ぎらついた目を太郎に向ける。

 表面化しているらしき秋葉の意識が後ずさるのを感じた。クラスの人気者の裏を知ってしまった気分だ。


「そんなわけで、二人共、エスパー病研究部に入ろう!」


「お断りします」


 春樹は即答した。(よこしま)な理由を垂れ流していて、頷くとでも思っているのだろうか。


「えぇ、何でぇっ!?」


 夏乃は吃驚(びっくり)仰天というようなわざとらしい表情を形作る。


「そっちは西野っていうエスパー病患者をゲット出来ていいのかも知れないけど、こっちは何の得があるっていうんだよ」


 わざわざこちらの手札を公開する必要はない、と春樹は自分のことは黙っておく。


「いやぁ、でもハル君にも得はあると思うよ。

 つまりは、秋ちんが元に戻らなくて困ってるわけっしょ。

 なら、この部活で元に戻る方法を一緒に考えてみるってのはどう?」


「む」


 夏乃の言葉に、確かに、と思わされてしまった。


 三人寄れば文殊の知恵とも言う。

 春樹はこれからどうすべきかをまるで思いついてはいなかった。


 秋葉が自然と元に戻る可能性は十分にある。けれど、出来ることはしておきたい。

 それが春樹にとって秋葉への償いだから。

 そうして、元に戻ってからちゃんと謝りたいと考えている。


 ならば、彼女に協力して貰うのは一つの手なのかも知れない。


「実を言うと、私、こうしてエスパー病の人に会うの初めてなんだよね〜」


 そんなことを呟く彼女を見て、果たして頼りになるのだろうか、と不安になった。


 春樹は自分一人では決められないので、太郎の中にいる秋葉へと問うてみる。


「西野。君はどうだ? この部に入りたいと思うか?」


 太郎は首を傾げていた。あまりピンと来ていない様子だ。


 夏乃は拝むようにして言う。


「お願い! 私を助けると思って!」

 彼女に恥も外聞もなかった。必死だ。


 そんな姿を見た太郎は彼女の傍に寄っていくと、ポンと手を置いて「にゃあ」と言った。『まあ、いいよ』と言ったように聞こえた。


「え、これオッケーってことでいいの!?」


「多分」


「やった!

 ありがとう秋ちん!あとついでにハル君!」


 俺はついでか、と思うが実際その通りだから仕方ない。

 出来ればその認識のままでいて欲しいとも思う。面倒そうなので。


 こうして、東郷春樹および西野秋葉はエスパー病研究部所属となった。



「で、部活って普段は何をしてるんだ、南條?」


「科学雑誌を読んだり、コーヒーを飲んだり、窓の外を見て黄昏たり、だね!」


「つまりは大したことをしてない、と」


「うぐぅ」


 夏乃は胸を押さえるような素振りをする。


「仕方ないじゃんかぁ。

 一人だったし、エスパー病って現れてから四半世紀は経つってのに、何にも分かってないに等しいしさ」


 それに関しては春樹の父、水斗も同じようなことを言っていた。


 研究者でさえお手上げに近い現状。確かに個々人でどうこう出来る問題でないのは事実だろう。

 ましてや高校の一部活など言わずもがな、だ。


「まあ、そんなわけだから秋ちんが元に戻る方法を探すことを当面の部活内容とします!」


「それはそれとして何をしていくかだな……」


 うーん、と二人で頭を悩ませる。そんな中、太郎は「くわぁ」と欠伸をしていた。


「ねぇ、秋ちん〜どうすれば元に戻るの〜」


 夏乃は太郎をつんつんとつつく。

 すると、ぺチンと太郎に指を叩かれていた。


「怒られた……」


「そりゃそうだ」


「こういう時はあれだ、インタネッツ!」


 夏乃は携帯端末で宙にスクリーンを投影し、ネットで『エスパー病 治療法』と検索する。現れたページを片っ端から覗いていく。


「鼻をつまみながら水を飲む……耳の裏のツボを押す……両手をパンと叩く……」


「しゃっくりの止め方と勘違いしてないか、これ」


「いや、やってみる価値はあるよ!

 よぉし!」


 勢いづいた夏乃は太郎に近づくと、その耳に触れた。

 秋葉のお蔭か、特に逃げずにいてくれる。


 しかし、夏乃は当初の目的を忘れた様子で「うわ、めっちゃ気持ちいい……」などと呟いていた。


「おい」


「はっ! あまりの柔らかさに心奪われてしまっていた」


 夏乃は改めて耳の裏を押してみると、特に変化はない。


 続けて、両手をパンと叩いた。

 特に変化はない。


 いや、そもそもそれは太郎がやらなければ意味がないのではなかろうか。


 何度もパンパン手を叩く夏乃が鬱陶しくなったのか、太郎はその手を前に突き出した。


「ぐえっ」


 夏乃は肉球による猫パンチを受けて後ずさる。

 爪を使わなかったのは秋葉なりの温情だろうか。


「ぐえっ、ってお前……ははっ」


 思わず春樹は笑っていた。昨日から張りつめていたものが緩んだような気がした。


「ちょっとぉ、笑いごとじゃありませんことよ? あははっ」


 鼻頭を押さえる夏乃も頬を緩めていた。

 彼女の行動はどこまでも自己中心的だが、その笑顔には憎めなさを感じた。


 社会教室内に笑い声が響く。

 気がつくと、その声は二つから三つに変わっていた。

 春樹と夏乃、そして、秋葉の三つに。


「あ、あれ?」


 太郎の身体から抜け出て元に戻り、地べたに座り込んだ状態の秋葉は困惑した様子を見せる。

 しかし、それ以上に驚いたのは春樹と夏乃だった。


「も、も、戻ったああああ!!」


「…………」


 叫ぶ夏乃と言葉を失くす春樹、二人は対照的な反応を見せる。


「大丈夫? おかしなところはない?」


 駆け寄った夏乃は秋葉の身体をポンポンと触る。


「特にはない、かな」


「むう。面白くない」


 最悪だなこいつ、と思わずにはいられない。

 あくまで自分本位だ。


「ま、良かったよ!

 これにて一件落着だ! あっはっは!」

 夏乃は高笑いするが、春樹としてはしなければならないことがあった。


「東郷、くん?」


 春樹は秋葉に深く頭を下げた。


「昨日は本当に済まない!」


 何があったか知らない夏乃は疑問符を浮かべている。


「もう、いいよ。あれは事故だから。

 わたしだって悪かったし」


 秋葉は「それに」と言葉を継ぎ足す。


「東郷君がわたしを元に戻そうと頑張ってくれてたのは、知ってるから。

 ちゃんとは言葉を認識できなかったけど、何となく、想いみたいなものは伝わってきたよ。

 だから、もういいの」


「……ありがとう」


 春樹はそれ以上は言わないことにした。

 ただ、今後は同じようなことがないように、と気を引き締める。


「さて、とりあえず座ろっか。

 お茶でも淹れるよ」


 夏乃に促され、春樹は先程までの席にもう一度座った。

 すると、秋葉は自然な動きでその横の席に座った。


「何か二人近くない? 別にいいんだけどさ」


 お茶の準備をする夏乃は、春樹達を見て思ったことを率直に告げる。

 その言葉に改めて互いを見合い、赤面。隣に座る必要性は別にないのだ。


「太郎ちゃんだった時の習慣が……」


 秋葉は慌てて弁解する。

 春樹の傍にいることが当たり前だったので、距離感が自然と近くなってしまっているのだ、と。


 彼女はもう一つ横の席に座り直すも、どこか落ち着かない様子。

 コーヒーを淹れたカップを持ってきた夏乃はそれを見て、一つの提案をする。


「ふむ……じゃあこういうのはどう?」


 そう言って夏乃が取った行動は、春樹の隣に座ることだった。先程の秋葉とは反対側だ。


 つまり、彼女の提案とは、春樹を中心として、三人並んで座ろう、というものだった。


「うぅ……」


 秋葉は夏乃の提案に対して、何やら葛藤を見せていた。


「無理はしなくていいんだぞ……?」


 思わず春樹はそう声を掛けるも、彼女には届いていない様子だった。

 やがて、彼女は意を決した様子で「えいっ」と再び隣の席に移動してきた。


「ふぅ」


 秋葉は途端に落ち着いた様子を見せる。

 どうやら太郎の身体の影響は相当のようだ。

 とても申し訳ない気持ちになる。


 春樹はとりあえず夏乃の淹れてくれたコーヒーを飲んで落ち着くことにする。


「そう言えば、私としては秋ちんがエスパー病を発症した時のことを詳しく聞きたいんだけど、何があったの?」


 その言葉に春樹と秋葉は共に硬直した。

 昨日のことを思い出し、顔を赤らめてそっぽを向く。コーヒーを飲むどころではなかった。


「え、何この空気。ほんと何したの?

 教えてよ、ねぇってばぁ!」


 何も知らない夏乃の叫びが虚しく響いた。



 学校からの帰り道、春樹は秋葉と共に歩いていた。

 彼女は家が同じ方角らしい。それもあって、プリントを持って来てくれたのだろう。


「わたしね、昔から猫が好きだったの。

 自由気ままに生きている感じが、とっても」


 突然、秋葉はそんなことを話し始めた。

 春樹はその意図が読めず、黙って聞く。


「今はそうでもないんだけど、昔は厳しく躾けられていてね。

 だからかな、猫みたいになれたらなぁ、ってずっと思ってたんだ。

 そしたら、エスパー病の発作が起きるようになった。と言っても、数えるほどなんだけど」


「心の抑圧がエスパー病に関わっているケースは多い。

 父さんは前にそう言ってた」


「東郷君のお父さん……エスパー病の研究者なんだよね。

 うん、わたしも無関係だとは思えない。だって、わたしの症状は確かに自分が願ったことだから」


 秋葉は一度立ち止まったかと思えば、町を俯瞰するようにして語る。


「人の世界にはたくさんのしがらみがある。誰もが雁字搦めになりながら生きている。

 わたしにはそれがとても、辛いの。

 クラスの皆と関わることも避けずにはいられない。一歩引いた位置からじゃなきゃ誰とも関われない。

 時には怯えるあまり、猫の内に隠れてしまう」


 春樹は彼女を単にそういう性格だと思っていた。けれど、そこにはもっと深い悲愴さがあったのだ。


 否応なしにそう在ってしまう。必然的な立ち振る舞い。

 それはまさにエスパー病の発作のように、逃れることの出来ない(カルマ)


「でもね、それでも思うんだ。

 やっぱりわたしは人なんだ、って。誰かと関わらずには生きてはいけないんだ、って。

 心が繋がりを欲してる。それが分かるの」


 秋葉は春樹には聞こえないような小声で呟く。


「だから、わたしはあの日きっと……」


 彼女は軽く首を横に振り、改めて春樹を見つめた。

 その目には何か決意のようなものが宿っているように思えた。


「同じエスパー病同士、仲良くしてくれたら、その、嬉しいですっ」


「……ああ。もちろんだ。

 俺の方こそよろしく頼むよ」


 こうして、春樹と秋葉は友達となった。

 後日談。


 秋葉に残っていた太郎の影響は一週間ほど続いた。特に自然と春樹の傍に寄っていってしまうのは、日常生活を過ごす上で深刻だと言えた。


 それはエスパー病研究部の議題にも挙げられ、夏乃の手によって様々な解決案を試したが、春樹と秋葉は無駄に恥ずかしい思いをしただけだった。

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