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エスパー病  作者: ズィーベン
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一章 前編

「もうそろそろ学校も終わった頃か」


 昼下がりの午後、ソファでぐうたらしながらワイドショーを見ていた少年、東郷(とうごう)春樹(はるき)はふと時計を見てそう呟いた。


 彼の身分は学生、高校二年生だが、本日は欠席していた。体調が悪い、というわけではない。彼自身は五体満足、ぴんぴんしている。

 しかし、彼の父親、東郷水斗(みなと)が体調を崩してしまっていた。水斗はとある事情により日中は外に出られない。その為、こうして春樹が学校を休んで世話する必要があった。


 といっても今日日(きょうび)、家事の大半は自分でする必要もない世の中だ。そんなものは機械に任せておけばいい。それゆえ、春樹が父親の為にしたことなどたかが知れている。一応、家で待機している、というだけの話だ。


 そういうわけなので春樹はこうして、悠々自適な自宅ライフを送っていた。


 と、そんな時のことだ。家の呼鈴(チャイム)がなった。止むを得ず起き上がり、玄関前の映像で来客の姿を確認する。


 そこには春樹と同じ学校の制服を着た女子が立っていた。

 同級生だ。欠席した彼の為にプリントを持って来たのだろう。


 真面目なことだ、と思う。

 一応、ルール的には日直が届けることになってはいるものの、その大半は欠席者の机の中に入れておしまいだ。

 特に春樹のように一日休んだだけだと尚更だ。こうして、彼女のように律儀に届けに来るのは珍しい。


 春樹は慌てて呼鈴に出ることもなく、直接玄関まで行って扉を開けた。彼女は「わっ」と驚いた様子だった。


「あ、悪い、驚かせた」


「……大丈夫」


 少し表情を強張らせていたが、大丈夫だと言うので気にしないことにする。


「わざわざ持って来てくれたんだな。ありがとう、西野」


 彼女の名前は西野(にしの)秋葉(あきは)

 綺麗に切り揃えられた長い黒髪はまさに大和撫子というような雰囲気で、クラスの中では大人しいタイプの女子だ。

 普段は教室の端で静かに本を読んでいて、皆がわいわい騒いでいる時も一歩引いた位置から眺めて、楽しくしている人を見るのが好き、という感じの。


「ううん、日直だったから。東郷君、元気そうだね」


「ああ、体調悪いのは俺じゃなくて父親でな。世話係に休んだだけなんだよ」


「そうなんだ、親孝行してる」


「ま、学校サボって遊び呆けれるしな!」


 春樹が自信満々にそう言い放つと、彼女は「確かに」と頷いて頬を緩めてくれた。


 プリントの束を受け取ると、彼女は「それじゃ」と身を(ひるがえ)そうとした。

 しかし、その目線が春樹の足元でピタッと止まる。


 いつの間にやら春樹の足元に姿を現していたのは、茶トラ柄の猫だ。

 東郷家で飼っており、名前は太郎と言う。

 先程までは寝ていたはずだが、起きて来てしまったらしい。


 太郎を見た秋葉はプルプルと震え、頬をひくつかせていた。

 もしかして苦手なのだろうか、と春樹が居間に行かせようかと思ったところで、彼女は口を開くと。


「かわいいっ」


 秋葉の頬は緩みまくっていた。どうやら逆らしい。猫好きのようだ。


「この子、何て名前なの?」


「太郎だ」


「太郎ちゃんかぁ、おいで〜」


 シュタッとしゃがみこんで手を伸ばした彼女のもとに、太郎は怯える様子もなく寄っていき、すりすりと頭を擦りつけていた。


「あぁ〜こんなの反則級の可愛さだよ……」


 もはや秋葉はメロメロだとかデレデレだとかそんな表現が相応しい状態となっていた。

 そんな彼女を見て、春樹は一つの提案をする。


「もし良かったらなんだが、上がっていくか?

 わざわざ来てくれたわけだしな。お茶くらい出すぞ。

 太郎も西野のこと気に入ってるようだし」


「え、でも……」


 秋葉は悩む様子を見せる。

 男子であり、特に親しいわけでもない、そんな相手の家に上がり込む、というのは抵抗があるのだろう。


 しかし、太郎が彼女を見つめ、「にゃあ」と声を上げたのが決め手となったらしく。


「……ならお言葉に甘えて、お邪魔します」


 そうして、春樹は秋葉を家の中へと招き入れた。





「適当に座って待っててくれ」


 秋葉を居間に案内した春樹は、そう言い残して台所に足を向けた。


「あ、コーヒーと紅茶ならどっちがいい?」


 台所の側から声を掛けると、「お構いなく」と返って来た。


 慎み深いのは結構だが、こちらとしては困る返事だ。

 ううむ、と春樹は少し悩んで紅茶にする。ついでに洋菓子も適当に引っ張り出して皿に載せた。


 紅茶はセットさえすれば後は自動で淹れてくれるようになっているので、春樹は一度、居間に戻ることにする。


 秋葉はソファに座り、太郎と遊んでいた。

 春樹の目もないので思う存分、堪能していたのだろう。


 しかし、こちらが戻っていたことに気づくと、ハッとした様子でコホンと咳払いをした。その頬は僅かに赤らんでいた。


「邪魔したか?」


「そ、そんなことはないよっ」


 秋葉は慌てた様子でそう言うと、改めて居間の中を見渡していた。


「広いリビングだね」


「俺が言うのも変な話だが、財力の賜物だな」


「……東郷君のお母さんは」


 彼女の呟きは居間の一角にある空間に気づいてのものだった。簡易な物だが、仏壇だ。


「俺がまだ小さい頃にな。昔の話だ」


 春樹は暗くならないように心掛けて言葉を発する。

 実際、時の流れで当時の心の傷はとうに癒えている。変に気を遣われても面倒なだけだ。


「ま、それもあって、父親が体調を崩せば、俺はこうしてサボりマンになるってわけだ」


 はっはっは、と快活に笑って見せる。秋葉もそれに合わせてクスリと微笑んでくれた。


「東郷君って、思ってたよりもずっと愉快な人だね」


「西野こそ、思ってたよりもずっと笑顔がお似合いだ」


「何それー」


「おっと、紅茶が淹れ終わったみたいだ」


 春樹は秋葉の追及するような口ぶりから逃れる形で台所に引っ込んだ。


 その後はしばらくの間、用意した紅茶と洋菓子と共に雑談を楽しんだ。

 最近はどんな本を読んだのか、など他愛もない話だ。

 そうして、時計の針が半刻ほど進んだ時、それは起きた。


「……っ!?」


 電流が流れるようにして、春樹の脳裏に一つの光景が投影される。

 そこには、この居間のソファに秋葉を押し倒す自分の姿があった。


 それは未来に起こることを意味する。予知能力だ。

 この発作が起きたことはこれまでの人生でたったの一度だけ。


 ——そう、幼少期に母親の死を予知してしまった時以来だ。



 エスパー病。

 二十一世紀の後半頃から突如として極一部の者が罹患し始めた未知の(やまい)


 その症状の特徴は単純明快で、何らかの超能力を得てしまうことだ。

 すなわち、超能力者(Esper)へと変える。それこそが病名の由来だ。


 とはいえ、その力はどれも微弱なものであり、創作物に出てくる超能力者のようにはいかない。


 この病は決して命を脅かすようなものではなく、また自然治癒することが大半だ。

 その為、治療法と言えるものは未だ確立できていない。


 むしろ、エスパー病を利用しようという動きもあるのだが、それもさほど上手くはいっていない様子だ。

 そもそも患者がほとんどいない、というのが現状だった。



 春樹にエスパー病がもたらしたのは未来予知の力だった。幼少期に母親の死を予知した。

 しかし、幼い彼に為す術はなく、目の前で死の瞬間を見届けることとなった。


 その後、貴重なエスパー病患者として研究対象になったが、それ以降、発作が起きることもなく、いつしか完治したものとして普通の生活に戻っていった。


 春樹自身、とうに完治したものだと思い込んでいたので、こうして発作が起きたことには驚くしかない。

 そして、予知(みて)しまった光景。それは決して許されないことだ。


「……悪い、西野。今すぐ帰ってくれ」


「え、うん……だけど、急にどうして」


 秋葉は『わたし、何かした?』というように不安気な表情となる。春樹は首を横に振った。


「いや、君は何も悪くない。こっちの問題だ」


 春樹は少し悩んで、その理由を話すことにする。


「実は俺、エスパー病なんだ。

 君にこれから悪いことが起きてしまう可能性がある。

 だから、今すぐこの家を出てくれ。頼む」


 その内容までは正直に話せなかった。自分がそういうことをする人間だと、思われてしまうのが嫌だったから。

 ちっぽけな自尊心(プライド)だ。


 しかし、それが物事を更に悪い方へと導く。


「わ、分かった……」


 他人事じゃない、と理解した秋葉は慌ててソファを立ち上がろうとする。

 だが、その際に妙な立ち上がり方をしてしまったのか、彼女はバランスを崩した。


「あっ……」


 目の前のテーブルに激突してしまう、と思った春樹は咄嗟に手を伸ばした。彼女を庇うように身体を寄せる。

 すると、秋葉はテーブル側には倒れずに済んだものの、ソファに仰向けに倒れる形となる。

 更に、春樹も寄せた身体が勢い余って、彼女の上に覆い被さるような形となってしまった。



 こうして、春樹はまさに予知した光景を再現する。


 ふにゅん、と右手が柔らかい感触に包まれた。それは秋葉の胸を鷲掴むようにしている。

 見た目よりも大きいな、着痩せするタイプか、などと冷静に考えてしまう自分も僅かながらいたが、その大半は真っ青になっていたと思う。



 現状を把握したらしい秋葉の顔は一瞬で茹でダコのように赤くなっていた。


「ご、ご、ごめんッ!」


「嫌ぁっ!」


 二人の声が同時に居間に響き渡る。

 その瞬間だ、新たな事態が発生したのは。


 スゥーッと霧散するようにして、秋葉の身体が消えたのだ。

 そして、その場に残ったキラキラと微細な粒子が、太郎に入っていくように見えた。


「えっ……」


 春樹はたった今、目の前で起きた出来事に唖然とする他なかった。

 すぐに太郎を抱きかかえるも、どうすれば良いのか見当もつかない。

 そもそも、何が起きたのかさえ定かではないのだ。


 右往左往していると、二階へと続く階段の側から、誰かが顔を出すのが見えた。

 白衣を着た青白い肌の男。見ようによっては同年代でも通りそうな童顔。


 水斗だ。

 春樹の父親が怪訝な顔で居間の様子を覗いていた。突然の悲鳴に驚いて確認に来たのだろう。


 春樹が声を上げる間もなく、水斗は手招きするようにした後、上の階に戻っていった。

 部屋に来い、ということだろう。


 混乱していた春樹は縋るようにその後を追った。

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