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序章 転生者を殺す者

 とある王国。その宿。


 朝日が差し込む気持ちのいい朝に、ふさわしくない大きな悲鳴が響く。

 長髪の青年の首を、大男が掴んでいた。


 見目麗しい青年とは対照的な、精悍な男の顔。傷が無数に走ったその顔は、彫刻のような青年の顔を憎々しげに睨んでいる。

 青年の後頭部近くには黒い光が渦巻いていた。それはすべてを吸い込むよう、ごうごうと音を立てる。


「や、やめ……!」

「貴方! リファール様を離しなさい!」


 苦悶の表情を浮かべる青年を助けるべく、女の声がつんざく。傷の男が首だけをそちらに向けると、美しい顔の女が立っていた。

 胸元の大きく開いた、薄手の寝間着を身にまとった美女は、桃色の髪の毛を振り乱して詠唱し魔術を放った。


 一陣の風が、男の首筋を切る。血しぶきが宿屋の天井を赤黒く染めた。


 しかし男はその外傷をまるで気にせず、リファールと呼ばれた青年を渦に押し込めていく。


「沈め……転生者。貴様の、本来の貴様の世界へと帰れ――!!」


 男の大声が部屋の空気を振動させる。むき出しにした歯は血で濡れ深紅と色を変えていた。


「う、うわあああああ!」

 渦に飲み込まれたリファールからくぐもった声が聞こえる。

「離しなさいと言っているでしょう! この!」


 女が――寝間着に忍ばせていたのだろう――短剣を抜き、大男に突き立てた。男は大きくよろめき、リファールを掴んでいた右手を離す。


「ぐ、がはっ!」


 倒れ、咳き込むリファールに女が駆け寄って抱きかかえた。

「リファール様! ご無事ですか! ただ今回復魔法、を……」

 手をかざしたまま女は固まる。


「すまん、助かる――ど、どうした」

 女の顔色はみるみる青ざめていき、抱きかかえたリファールの頭を滑り落してしまう。

「ぐあッ!」

 木の床に打ち付けられたリファールは小さく呻いた。


「う、ウソ……。イヤ――――!!」

 女は恐怖にかられたのかのように、口の前に手を当て、叫んだ。

「なんだ、どうした、早く回復……を……?」


「貴方誰!? リファール様は!?」

 それはまるで、この世ならざる者を見たような、悲痛な叫び。

「お、おい、どうしたって言うんだ。何を言っている。リファールは俺だ」


 戦慄する女の様子。その異常さに気が付いたのか、リファールの首筋を冷や汗が伝う。

 しかし皮肉にも状況を明確に説明するのは、傷の男の地鳴りのような低い声だった。


「聞いてやれ、女。この男が言っているのは真実だ」


 血まみれの大男は、リファールを指さす。



 ――麗しい美青年から真逆と言っていいほど変容した、鼻が低く凹凸のない平たい顔。髪はざんばら、腹がだらしなく出た、足の短い男へと。



「そう、この男のこの姿こそ、叡智の魔導士……、『蒼き風』リファールの真の姿だ」


「イヤ、イヤ……」

 女は自身の肩を抱き、穢された自分を庇うかのように、ガタガタと震えだした。


「……哀れな……」


 傷の男の感情が少しだけ動いた。

 それもつかの間、苦々しく顔をゆがめた青年に、また無表情に語りかける。


「そう、思うだろうリファール。いや……『タカアキ』――」

「タカアキ!? な、なんでお前俺の――」


 事態が飲み込めていなかったリファールは、タカアキ、という名で呼ばれ、その平たい顔を青くした。


 宿屋の窓ガラスに映った自分の顔を見て、愕然とする。

「ちょっと待て、この顔……う、ウソだろ……」


 ペタペタと自分の顔を触り、それを現実のモノだと認識すると、その場へ力なく座り込んだ。

「これじゃ、転生前の、俺の……」

「さあ、お前の世界に帰るんだ、タカアキよ」


 男がタカアキへと向き直る。それに反応し、タカアキが跳躍した。着地によろめいたのは、足元の裾が余っているからだろうか。


「やめろ! その名前で呼ぶな! クソッ! もう手加減なしだ! くらえ!」

 タカアキは右手をかざす。杖を持たない魔導士として大陸にその名をとどろかせた、大魔導士リファールの無詠唱魔法。


「宿ごと吹き飛ぶかもしれねえが、こいつだけは倒す! ファイアストーム!」

 タカアキの声が宿屋中に響き渡った。

 そして、しばらくの静寂。


「ファイアストーム! おい! なんでだ! クソッ! 短縮詠唱だからか? 魔力低減のフィールドでも持ってるのかコイツ!」


 それならば、とタカアキは真っ赤な顔でぶつぶつと呪文を唱える。

「赤き門より出でし煉獄の炎、我が眼前の敵を渦巻き消し飛ばせ! ファイアストーム!」


 しかし発動しない。

「な、なんで!? なんで出ないんだよ! 大陸最強の魔術師だぞ俺は!」


 手をかざしたまま次々と詠唱を繰り返す。しかし何度タカアキが叫んでも何も起こらない。


「それがお前の本来の能力だ」

 男はつまらなさそうにタカアキの顔を見る。


「魔力も、体力も、魔術の才や剣の才。その何もかも。与えられた全てのものを失った、なにも持たない異界人の元の能力。……ただの人間の能力だ」


 傷の男の表情が再び憤怒に染まる。タカアキの額からは汗がとめどなく流れていた。



「お前は誰だよ! なんでこんなことしやがる!」

 大魔導士だった青年、タカアキは剣の柄を握り、叫ぶ。震えた歯が、音を鳴らすことを止められないまま。

 

「俺は貴様らをもとの世界へ還す者。……世界の理を変質させ、歪めた転生者。いや、異物よ」

 大男はゆっくりと立ちあがった。対するタカアキは、支えるだけで精いっぱいの剣を震える手で突き出している。


「俺は……、俺は貴様らを許さん!!」


 男は、ゆっくりと、宿屋の床板を踏みしめて向かう。異世界からの転生者、大魔導士リファールこと、タカアキへ。

 怒気を隠すことなく、その傷だらけの顔を憎悪に歪めたまま。


「我が世界に干渉した責を、罪を、その身に刻み――己が世界へと還れ! 転生者!!」


「イヤだ! 帰りたくない! やめてくれ! 助けてくれ!!」

 大男は無慈悲にもタカアキの頭をつかみ、渦の中へと沈めていく。


 響き渡る悲鳴が、王国の朝を切り裂いていた。


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