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春の風  作者: JUN


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3/6

鳥辺に出たる鬼

 双六をしていると、侍女達が聞きつけた噂話をし始めた。

「そうそう。また出たらしいですよ、アレが」

「まさか、鬼?」

 佳香は、訊き返した。

「鬼が出たの?どこに?」

「鳥辺の辺りだそうですよ。恐ろしい」

 鬼。異形をした体の大きな恐ろしいものだと聞く。人を襲って、喰ってしまうとも。

 もののけは、部屋の隅や塗籠などにも潜み、人を狂わせたり、恐ろしがらせたりするのだそうだ。

 佳香はどちらも見た事は無い。もののけは陰陽師でもなければ見えないだろうが、鬼ならばただの人でも見えるらしい。

「見たい・・・」

「姫様?」

「だって、どんなものか興味はない?物の怪は見えなくても、鬼は見えるのよ?」

「何をおっしゃいますか。恐ろしい」

「姫様。もう入内なされるというのに、まだお転婆は治りませんか」

 久々に、お説教が出そうだ。佳香はマズイと危険を察知し、さっさと謝った。

「行かないわよ、抜け出してなんて。ごめんなさい。ちょっと、面白そうだと思っただけよ」

 侍女はどこか疑わしそうにしながらも、まあ、見に行くなんて事もまさかあるまいと、お説教を引っ込めた。


 雅行は鬼の噂を聞いた。

「鬼か」

 身の丈も大きな異形の化け物で、怪力のままに人を喰らうという。

「鳥辺あたりらしい」

「鳥辺か。死肉でも漁っているのかな」

 鳥辺は葬送の場所で、死者が出ると、遺体は鳥辺へ運ぶのだ。

「退治しなくていいのか」

「検非違使が巡回しているだろうし、何せ、鬼だぞ。そう簡単に退治もできまい」

「確かにな」

 雅行は思った。鬼を退治して、その褒賞にあの方をいただけないか、と。そして、なにをバカな事をと、ひっそりと嗤った。


 具合の悪かった弟が、とうとう亡くなってしまった。ちょっとしたケガが原因で、傷口が膿み、熱が出、あっけなく逝ってしまった。

 人の命など、あっけない。

 車を借りて遺体を鳥辺へ運び、六郎は、辺りを見廻した。死体、死体、死体。そこにカラスがたかって死体をついばみ、蛆がわき、腐った肉が酷く臭う。

 不気味な所だ。こんな所にまだ小さい弟を捨てに来ることになるなんて。慣れた気でいたが、これに、慣れはあるようで無いのか。

 しかし、いつまでもこうしてはいられない。六郎は、踵を返した。

 そうなると、思い出すのは鬼の話だ。

「この辺りに出るとか言ってたな」

 小声で独り言を言って、自然と足早になる。

 どうにか無事、鬼にも出会わずに、鳥辺を離れる事ができそうだ。そう思った時だった。

 一台の牛車(ぎっしゃ)がガラガラと六郎のいる辻に近付いて来た。

「お前、何をしている。早くどけ!」

 供が声を上げる。身分の高い貴族の家の誰かが乗っているらしい。どこへ通うのだろう。

 六郎は急いでそこを通り過ぎてしまおうと思ったが、運悪く、車輪が外れてしまった。

「あ・・・」

 辻の真ん中で、よりにもよって貴族の牛車を止めてしまった。六郎は青くなる。

 そこへ追い打ちをかけるように、牛車の中からイライラとした声がした。

「何をしておる。早うせい」

「はっ、それが、その・・・」

 供の者が困ったような声を上げ、主がひょいと顔を出した。

「何をしてーーうっ、もしや・・・。いかん、穢れてしもうた。何て事だ。すぐに道を引き返して、陰陽師を呼んで占わせよ」

「ははっ」

「ええい、邪魔をしおって。せっかくの香が台無しじゃ」

 舌打ちをして憎々し気に六郎を睨みつける貴族からは、六郎の知らないいい匂いがした。

「平民の死体など、汚らわしいものを運ぶものと逢うとは・・・。ああ。やっと、椿を手折る事ができそうというのに。この男、どうしてくれようか」

 六郎の中で、何かが音を立てた。

 汚らわしいだと?お前の欲に濁った目の方が、幼くとも働いていた弟よりも汚らわしい。その衣一枚、扇一本買う金があれば、兄は、姉は、弟は、死なずに済んだ。お前が女にうつつを抜かしている間にも、俺達は・・・!

 ふつふつと、何かが内から湧いて来る。

「くそう。斬ってしまえ!牛車の進路を塞ぐ狼藉ものじゃ!」

 貴族が喚いている。

 六郎の目の前が、真っ赤に染まった。




短編連作ライトホラー『体質が変わったので』、劇中劇です。宜しければそちらもご覧ください。御感想など頂けたら幸いです。

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