雨やみを待ちたる日
雨が降っている。いくらどうせ出歩けないと言っても、気分が違う。
「ああ、鬱陶しい」
佳香達は、猫が暴れないようにみながら、絵巻物を広げていた。左大臣家なので手には入り易いとは言え、そうそう新しい物が手に入るものではない。この絵巻物も、もう暗記している。
「一雨ごとに温かくなりますよ。そうしたら、いよいよですよ」
自分の事のように嬉しそうだ。
「この物語でもそうだけど、そんなに結婚っていいものなのかしら。大体、幸せな結婚って何?」
「まあ。姫様のようなご結婚が最高ですよ」
「普通は、ある程度出世が見込めればOKですけど、中宮様ですもの」
「男子を産めばもう、栄華は思いのままですわ」
「それが幸せ?
ううん。私は海を見てみたいし、行った事の無いところへも行ってみたいわ」
侍女達は顔を見合わせ、ころころと笑い出す。
「姫様は、心配なさっておいでなのですね」
「大丈夫です。帝は姫様を是非にと熱心に大臣に仰られたとか。大事にして下さいますとも」
「ええ、ええ。姫様ほど、美しく、教養豊かで、たおやかな者などおりませんし、私達が、他の女御からの嫌がらせからも、守り通して見せます」
「・・・ありがとう」
溜め息を押し隠し、佳香は、何とか笑みを浮かべたのだった。
部屋に集まって雨の音を聞きながら、雅行達はダラダラしていた。
何せ雨だ。稽古も何もできない。
「退屈だなあ。それにこんなに降っていては、女の家にも行けない」
誰かが言うと、ワッと皆がそれに乗る。
「通う女がいるのか、お前。どんな女だ」
「とても気の利く、優しい女なんだ。身分は高くないけど」
照れて、それでも嬉しそうに言う男に、皆は、理想の女の話などを始める。正直、雅行はどこかに行きたくなった。
「大人しく、嫉妬深くないのが一番だな」
「ああ、苦労するよな。でもまあ、俺は家柄かな。多少は我慢する」
「雅行は?」
「・・・たおやかで優しくて夫を立ててくれる人がいい。それに琴も上手だったなあ」
思い浮かべるのは、佳香のことである。
「いるのか、いい人が」
「・・・いや、想像だ」
「何だ。いるのかと思った」
笑い声が、雨の音に混ざっていった。
雨とて仕事はある。面倒になりこそすれ、暇にはならない。重い雨空を見上げて、溜め息をつく。
「ボンボンは気楽で結構だよな」
仲間が、ボソリと言った。
六郎は苦笑した。
「お貴族様だからな。俺達とは、あまりにも違う」
「あんな馬鹿話してよお。
どこぞの御姫様と結婚できるだけいいじゃねえか。大人しい?家柄?琴?丈夫が一番だな」
「ああ」
「でも、そんな人と一緒になれたら、毎日幸せだろうなあ」
六郎は、この前見た姫を思う。
「そうだなあ」
もう一度顔を見たい。どんな声で喋るんだろう。どんな風に笑うんだろう。
「そういえば六郎。炊事のりくって女。どうするんだよ」
ニヤニヤとしながら訊かれ、六郎は、返事に困った。
「別に・・・」
「かわいいし、器量もいいし、丈夫そうだし。羨ましいねえ」
「そんな事言われても・・・」
「あれはどう見てもお前に気があるだろうが」
そう言われれば悪い気はしない。
だが自然と、目が、姫のいる方へと向いた。
「貴族様とは身分が違うけど、りくならまあいい女だと思うぜ」
「ああ・・・」
その時、中から、当のりくが現れた。恥ずかしそうにしながらも、にっこりと笑いかける。
「六郎さん。あの、余り物を貰ったの。これから出かけるんでしょう?これ、持って行って、途中で食べて」
干し果をそっと渡してくれる。
「ありがとう。でも、いいのか?」
「いいの。気を付けてね。鳥辺の方に、鬼が出るとか聞いたから」
「鬼・・・ああ、ありがとう」
少し触れた指先に、りくは赤い顔をして俯き、走って戻って行った。
それを見送る六郎に、仲間がニヤニヤとした顔をして言う。
「カアア、羨ましいねえ」
冷やかされて、六郎は軽い溜め息を押し殺した。
いっそ鬼ならば、あの姫をさらってどこかへいけるのか。
雨はまだやまない。
短編連作ライトホラー『体質が変わったので』劇中劇です。宜しければそちらもご覧ください。御感想など頂けたら幸いです。




