*7話 静止した世界
―—―――ゴォン、ゴォン、ゴォン
唐突に低い音で鳴り出した鐘の音。
それは城の方角から聞こえてくる。
「これはデーモン襲来の鳴り方」
隣にいた老婆は声を震わせながら言った。
「デーモン、悪魔か?」
「あぁ、知能を持つ魔物として魔人とも言われておる。四十年程聞いていなかったのだが・・・・・」
今さっきまで微笑んでいた老婆の顔が、真面目な表情へと姿を変え、その顔を見て、身の危険を感じるソラ。
ゴォン、ゴォン、ゴォン
街はどうなっているのか、恐れてはいた。だが、それ以上に好奇心が恐怖を上回り、外に足を運ぶ原動力となった。
後に続いて、老婆もゆっくりと足を震わせながら歩いてくる。
外に出ると、街の象徴と言える城のさらに奥から、黒い雲だろうか。黒い『何』かが迫ってくるのが目に入った。
「あれは―――」
老婆は目を見開き、後退りしながら言葉を放つ。
黒い『何』かは段々と街を覆っていき、ソラはやっと黒い『何』かの正体が分かった。
「―――悪、魔?」
老婆の言葉を奪い、ソラは老婆と同様後退る。
その悪魔の数は多くそして体が黒い、故に遠くからは黒く見えていたのだ。
先に後退っていた老婆はとうとう教会の中へ戻ってしまった。その後を追いソラも教会に逃げ込んだ。
老婆は教壇の前に正座をし、手を合わせて何かを呟いていた。
「我らを守護するアッシェンなる神よ。今ある災難から我らをお守りください」
神頼みをしても無駄だろうと思うが。ソラは思い出した。ここはファンタジー世界。ほぼ何でもありの世界。そんな世界なら神頼みも通じるのではないか。
一か八かの賭けでもあるが、その賭けに乗るのがソラだった。
老婆の言っていることを復唱する。それだけでもやってみようと試みた。
「火の精霊、水の精霊、風の精霊、岩の精霊、そして光の精霊の力を、我らが最剣聖様に力を」
「火の、精霊、水の精霊、風の精霊、岩の精霊、そして光のセイレッ―――ッ」
唐突に痛み出す左横腹。それは慣れている腹痛とは別物。比べ物にならない。鋭い痛みが腹を襲って来る。
「アガッ―――ッ。ハァ、ウグァッ」
熱い熱い熱い熱い熱い。熱い?
痛い場所を手で押さえていると、新たな発見をした。腹痛ではありえない程の痛み、それと、この熱さの原因を―――――出血だ。
「アッ、アァァアアァアァァアア」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「フグァ」
これだけ大声で叫んでいるのに、大丈夫かどうかの心配の言葉、一言すら掛けてくれない老婆を、必死の力で見る。
手を合わせてまだ拝んでいた。気付いてないのか、いや、気付かないはずがない。こんな静寂の中、唸り声をあげているのだぞ。だとすると、何故だ。
痛い気持ちも我慢して周りを見る。
何か起こったりしてないか、何か不可解な事は起きてないか。
音の遮断でもない。声は届かなくとも、痛みで倒れた時の音ぐらいは聞こえるはずだ。
痛みで頭が回らない。何が起こっている。どうする。どうする。
ソラはここである事に気付いた。風は吹いていなかったかと。いや、吹いていたはずだ。ずっと、ソラや老婆を風が撫でてた。となると―――――
時間が静止しているのだ。決定的証拠、髪の毛だ。教会のドアは開いている。風も出入りを繰り返していた。いくらドアから離れている教壇前でも髪の毛ぐらいは風で揺れるはずだ。
そんな中でも自分だけは動ける。声も出せる。つまり理解不能。全てがまとめられない。だが、これだけでも上々。
「ふぉ、フォース、スキルゥッ、持続、無限回復ッ」
二度目の魔剣のフォーススキル。いちいち武器ストレージから取り出す手間を省けるように、装備していたことが幸いだった。
傷は段々と癒え、いつの間にか老婆が側に居た。
「どうしたんだい、お腹が痛いのかい?」
「はぁ、はぁ、いや、もう大丈夫です。心配を掛けました」
心配そうにソラを見る老婆。一方ソラは、激痛の感覚は残ってはないが、必然的に痛みを思い出し錯覚で痛く感じてしまう。
その時—————
ドォゥゴォォン
爆発したような音が二人の鼓膜を振るわせる。何度も何度も同じ爆発音が鼓膜を襲う。
改めて外に出ると、悪魔が炎の玉を街一帯に投げている。
神頼みはやってもやはり無駄。現実性は、魔法や種族、物理限界以外では元の世界と一緒。
神と言う存在は居るかもしれない。だが、そこにも種族と言う壁が立ち塞がっている。この状況をどうもしない事がその証拠。
神が居ないか、種族と言う壁があるのか、どちらにせよこの状況を打破出来るのは、老婆が言っていた最剣聖しか居ないのだろう。
最剣聖がどうにかしてくれる。そうおもいたかった。だが―――――
「だとしたら何故悪魔達を追い払わないんだ」
「最剣聖様は今は他国にご出張じゃ。もう、この国は終わるだろうよ。お主と居ると何だか孫が出来たようじゃった。ありがとう」
これで終わって良いのか。ここで死んでしまうとどうなる。死なずに済んだとしても、もう居場所が無い。
まず、ここで考える事自体可笑しいじゃないか。こんな自分に自分で嘲笑をしたい程に。選択肢は一つしかないはずだ。
「悪魔を倒す。それだけだ」
ソラは魔剣を抜き、戦闘態勢に入る。
「お主、何しとるんじゃ。早う逃げんか」
老婆は、ソラの行動に驚き目を丸くした。あたりまえだろう。悪魔一体の攻撃でもかなりの被害。これから推測するにかなり強い。さらにそれが1009体2000体どころではない。とてつもなく広大な王都を、半分以上を覆っているのだ。10000体20000体どころではないかもしれない。
流石にチート級の武器とは言え、数万体を相手にするのは無理だ。
そうソラは考えていたが―――――
ズゥォオオン
地の底から鳴り響いているような低い音が、周囲の空気を震わせた。
ここでふとソラは気付いた。戦うのは自分だけでは無いと。
それに気付いた時には、もうその地鳴りのような音の正体は何なのかが分かっていた。
「なら、俺も負けられないな。一人のプレイヤーとして」
そう言うと、フォーススキルの持続無限回復を唱え、悪魔のもとへと走り出した。