少年は大航海へ、旅立たない-2-
波の調子は大分良かった。
さざ波が海岸に優しく押し寄せては、帰っていった。
(こんどこそ、今日しかない...)
少年は決意を新たにすると、家の方向に走った。
少年が次に海に現れたとき、少年は何か大きなものをズルズルと必死に引きづっていた。
それは"船"だった。
縦に6m、幅が4m程。高さが7mくらいのマストに、ヤードが左右に4本ずつ伸びていた。
船の上には白い帆が何重にも畳まれて置いてある。
少年は船を引きずりながら、重たい一歩でジリジリと海へ向かっていく。
そして遂に浜辺へと辿り着いた。
少年はそこからマストに帆を括り付け始めた。
帆を括り付け終えると、少年は船に積まれた装備を確認していく。
魚を取るための銛、釣り竿。3日分の食糧と飲料水。応急処置用の布や消毒に使う薬。夜間用の携帯ライトとそのバッテリー。
航路を描いた自作の地図に、コンパス。航路を記録するための羊皮紙と、ペン。そして、連絡用の無線機。遠くを覗く為の望遠鏡。
少年が大好きなハチミツの大瓶と、お父さんの部屋から持ち出したえっちな本と家族の写真。
そしてミナちゃんのスカートが捲れているところを隠し撮りした写真...
少年は一つ一つ丁寧に確認を終えると、仁王立ちになって海へ向かって腕を突き出した。
(待ってろ。海よ。さあ、冒険の始まりだ)
少年は、武者震いを感じた。目前の海はさざ波だが、震えたつ少年の心は荒波そのものだった。
少年はさあ船を海に浮かべようと船を引っ張ると、誰かが少年を呼んだ。
少年が後ろを振り返ると小さな人影が見えたので、望遠鏡でその人影を覗いた。
ミナちゃんだった。
「ねー。タクヤ君ー」
ミナちゃんの口元の動きで、ミナちゃんが自分を呼んでいることに気づいた。
少年は望遠鏡を顔から降ろすと、ドキドキと胸が高鳴った。
(どうしたんだろう...ミナちゃん...)
少年は船の傍から
「どうしたのーーー」
と大声で尋ねた。
ミナちゃんは何か喋っているが、全然何を言っているか分からなかった。
(これは近づかないと駄目そうだな)
見るとミナちゃんは歩き疲れたのか一歩もそこから動かず、何かをタクヤに伝えようとしていた。
(仕方ないな)
少年のは船を3km近く引っ張って歩いてきたので、へとへとだった。
しかし、愛するミナちゃんの為とあれば仕方ないと、ミナちゃんの元へ走った。
ミナちゃんとの距離がおおよそ80mくらいとなったところで、ようやく何を言ってるのか分かるようになった。
「タクヤ君ってこの前私の写真撮ってなかった?」
「えっ?」
タクヤは顔を青ざめた。あれ、バレてたのか。
えーい知らないふりをしてしまえ。
「いや、取ってないよぉ。」
タクヤはなるべく平然を装おうとしたが、最後に声が裏返った。
ミナちゃんは訝しげにタクヤを見ている。
「マナブくんが、タクヤ君が物陰に隠れて私のことを撮ってるのを見たって...」
「あっ、あの野郎バラシ....いや、そうなんだ。うーんマナブの勘違いじゃないかなぁ。はは」
タクヤは今すぐにでも悪友を殴りに行きたかった。
「本当に撮ってないの...?」
「撮ってないよ!約束する!」
僕は胸を張った。
ミナちゃんは肩に掛けた女の子らしいバッグから、カメラを取り出した。
「あっ」
僕は思わず、声が出た。
ミナちゃんが持っているのは僕のカメラだった。
「このカメラね。タクヤ君のお母さんに言って貸してもらったの...」
「へ、へぇそうなんだ」
タクヤは生唾を飲み込む。
カシャッ
ミナちゃんは僕の事を何も言わずカメラに取った。
「確かね、一昨日もこんな音がした気がするの」
「へー、偶然だね。」
「あの時私は強い風に煽られて、スカートが捲れあがちゃったの。」
「うわー、そうなんだ。それは見逃しちゃって残念だ」
「でね。もし私のスカートの中をもし隠れて写真に撮ったような、最低な人がいるならね...」
「うん...」
ミナちゃんはタクヤにニッコリと笑いかけたが、
眼は一切笑っていなかった。
「殺してやろうと思うの」
タクヤは背筋が凍るのを感じた。
タクヤは自分がとんでもない過ちを犯したことに気づいた。
「いやー、ミナちゃん。でも高々パンツを覗いたくらいで、殺すというのは言い過ぎじゃないかな...なんて...」
「...」
ミナちゃんはバッグの中をごそごそと捜し始めた。
そして、出てきた手には包丁が握られていた。
「ミナちゃあああああああああああああああああん」
タクヤは思わず腰を抜かしてしまった。
こんなことになるなら、さっさと出発してしまえばよかった。
「タクヤ君に選択肢をあげるわ...」
「はぁぁぁい。な、なんでしょぉか...?」
タクヤは縋るような気持ちでミナを見ていた。
緊張で喉がカラカラだった。
「もし、写真を返してくれたら、ビンタ一発で勘弁してあげる」
「もし、写真を返してくれないなら...」
ミナちゃんはワナワナと震える包丁を前に突き出した。
タクヤは落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせた。
素直に写真を渡せば、ビンタ一発でミナちゃんは許してくれる。
だが、しかし...
一昨日のミナちゃんはパンツを穿いていなかったのだ、
なぜ、穿いていなかったのか。それはこの際どうでもいい。
ただ、これからの旅の中でタクヤにはいくつも困難が訪れるだろう。
その度に傷つき、涙を流し、もう立ち上がることができなくなる瞬間がやってくる。
そんな時に、一筋の光がタクヤを照らす。
それがあの写真なのだ。
あれはもはやただの写真ではない。
"希望"なのだ。
タクヤはそう、ミナちゃんに訴えかけた。
ミナちゃんは虫けらを見るような目でタクヤを見下ろしていた。
「タクヤ君。あと10秒以内に私に写真を渡さなかったら、」
「もう一生タクヤ君と口聞かないから」
タクヤはその後素直に船に戻り、写真をミナちゃんに手渡した。
一発と言っていたビンタは、数十発の間違いだったらしい。
タクヤは顔の2倍ほど腫れた両頬を抑えながら、いそいそと海に船を浮かべようとしていたが、
ミナちゃんに首根っこを捕まえられて、また丘に上がった。
「あれ?どうしたのミナちゃん」
「そういえば、マナブくんはあんたが写真を撮ってたのを何で知ってたのかしら?」
「マナブくんもあそこにいたってことよね...?」
「タクヤ君も一緒に来てもらうわよ。」
僕はミナちゃんに首根っこを掴まれたまま引きずられ、海から遠ざかっていった。
少年は大航海へ、旅立たない-2- -終-