心壊の底辺
二重丸の四方を正三角形が等間隔に並んだ太陽を模した印、通称女神の紋章と呼ばれるその意匠がはめ込まれたステンドガラス。 そのガラスが太陽の光を受け暗い教会内を明るく照らしていた。
どこか神秘的なその光の前に、手を組んで祈りを捧げる一人の少女がいた。
両手を組み、一心に目を閉じ祈る彼女は静謐を称え、どこか触れがたい存在であるように感じた。
長い祈りの後、彼女は手をほどき小さく一度息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。
「勇者様、お待たせしました」
彼女は長い水色の髪を揺らし、宝石のように青く光る瞳を滲ませる。
「おう、今日は長かったな」
教会の長椅子に座りその様子を眺めていたエインは立ち上がりながら声を発した。
「今日は、多くの光が失われましたので」
顔を伏せ彼女は辛そうに口を開く。
勇者達の参戦した魔王軍30万との決戦、その戦争は一日で勝負を決したが、たとえ勇者達がいたとしてもすべての魔物を倒せるわけではない。
勇者達の戦線を抜けた魔物の凶刃に倒れた兵士は少なくなった。
「……守れなかった方々を悼みました」
「……お前はよくやったよ、俺の作戦ミスだ」
エインは彼女は背負いすぎると思った。このままではその小さな体が優しさに押しつぶされてしまうような気がして、思わずそう言葉にする。
「! 勇者様……ありがとうございます」
エインの意図を察してか彼女は複雑な表情を顔に浮かべた。
「ですけど」
彼女は続ける。
「女神様は無意味な試練を与えない、ですよ。 私はその言葉を信じています」
「……悪い、変な気を使った」
もっと私を信じてほしいと、そんな願いを彼女の言葉から感じ取ったエインは謝罪する。
「いえ、さぁ行きましょう勇者様、アウルさんとイリスさんが待っています」
「ああ……そうだな」
頼もしい仲間だ、とエインは思う。
アウル、ラン、イリス、一人でもかければここまで来ることはできなかっただろう。
みんなと会えてよかった。
みんなとなら、きっと魔王だって倒せると、エインは彼女の背中を見つめながらそう強く思った。
「……」
「あー」
「……」
教会の個室で、床にペタリと腰をつけ、だらしなく涎を垂らしながら、彼女は天井を見つめていた。
「…ラン」
「うー…あー」
彼女は応えない、ただ天井を見つめてうめき声を上げる。
「……ぁあ」
勇者は声を震わせる、頬を伝う涙を止めることができなかった。
この5年の旅だって辛いことの方が多かった。
勇者は思う。
たしかに辛いことがたくさんあった。
でも、みんなで協力して乗り越えることができたのだ。
今回だってきっとみんながいれば大丈夫だと、そう信じていた。
でも……でも
あんな……拷問を受けたことはなかった。
死ぬ方がマシと思えるようなことは……なかったんだ。
みんながいたから。
体が動けたから。
死んでも……教会で目覚めることができたから
彼女も、信仰を捨てるよう、迫られたのだろう。
でも、人一倍信仰の強かった彼女は、どんな拷問を受けてもそれを捨てることはしなかった。
心を犠牲にしても……っ
俺のおごりだ。
みんなを信じすぎた自分の甘さだ
俺の作戦ミスだ。
死なないことにあぐらをかいた、
勇者である俺の致命的なミスだ。
「ごめん、ごめんランッ!」
エインは、うつろな瞳で天井を見上げ、ただ声を漏らすランの背中に謝ることしかできなかった。