女神の転生
「……勇者」
教会、中央に備え付けられた金の祭壇の上に立つエイン。
ステンドグラスからそそぐ光に目を細め、青い法衣に身を包んだ壮年の神父の言葉を彼は静かに噛みしめる。
体が動く、苦痛はない。 身なりは小汚い布の服。 伝説の武具は回収されなかったらしい。
転生は、肉体であれば万全の状態となるが、外装情報に関しては制約があった。
死から一日前までの期間内で最上の情報が出力されるのだ。
例えば魔王に敗れ武具をはがされたとしても、武具を剥がされて一日以内に死んだならば、武具を装備した状態で転生される。
今回のエインの転生を例にすると
一週間体中を痛めつけられた傷はすべて再生するが、装備品に関しては一日の制約を守った形となる。
日が空き過ぎた。 魔王の策に最悪の形で嵌ったことをエインは改めて受け入れ、しかしすぐに思考を切り替えた。
「今何時でしょうか? すぐにでも王に報告したいことが……っ」
しゃべり、動き出そうとしたエインはしかしその場にかがみこんでしまった。
「勇者、大丈夫か?」
神父がエインに駆け寄る。
「……大丈夫です、少し体に違和感があるだけですので…それよりも、早く王に報告したいことがあります。ことは一刻を争うのです」
「…うむ、わかった、ルドル事情は分かったな? すぐに城へ向かいなさい。私は勇者の介抱をする」
近くにいた若い侍祭の男がうなずいた。
「…わかりました」
「いえ、俺が…」
「勇者、あなたは疲れているのです、死んだばかりだ無理もない、とにかく一度腰を落ち着け、何か温かいものを飲んでから、城にむかいなさい」
無理にでも立ち上がろうとするエインを神父が諫めた。
「しかし……」
「見なさい、体が震えているではありませんか、今シスターに温かい飲み物を用意させます、それまでおとなしくしているのです、いいですね?」
(確かに……体も思うように動かないし、気分も悪い…)
「……わかりました」
エインは神父の肩を借りながら立ち上がり祭壇を降りると長椅子に座った。そして一度大きく息を吐く。
(リールは…うまくやっているだろうか、それとも…俺が最後なのだろうか?)
「神父さま、私の仲間はこちらに来ていますか?」
「!…今はそんな事よりも、自分の回復に努めなさい」
神父が目を反らすしぐさをエインは見逃さなかった。
「神父さま、そんな事ってどういうことです? 何かご存じなのでしょうか?」
「後で話ます、今はとにかく気を落ち着けなさい」
「いえ、今すぐ教えていただきたい、私の仲間は、何人、こちらに来しました?」
「……」
エインの直情を感じた神父は、しばし考えた後諦めたように口を開いた。
「……一人……です」
「誰です?」
「……ランが、あなたの来る5時間ほど前に」
「! 彼女は今どこに?」
エインはふらつきながらも立ち上がった。
「…会わない方がいい」
神父はゆっくりと首を振った。
「!? なぜです? まさか醜い姿で転生されたのですか?」
醜い豚に変えられたイリスの顔がその時の言葉がエインの脳裏をかすめた。
「いや、女神の転生を経ればどんな肉体に対する傷も呪いも元に戻ります」
神父の当たり前の回答に、エインは疑問を深める。
「…ではなぜです?」
「心です、彼女の心は……壊れてしまっていた」
「!」
「もはや意思の疎通はとれず、日常生活は不可能、あんなに信仰熱心な子だったのに……残念だ」
「会わせてください」
「勇者よ…」
「お願いします」