現人神
エインの言葉を、ルドルは脳内で反芻するが、その意味をうまく呑み込むことができなかった。
「実在する? 牛耳る? まるで個人として女神が存在するような言い方だな」
「その認識で間違いない。 単なる偶像、人々の祈りの集合体、様々な仮説があったが今はこの説が最も有力だ」
「……」
ルドルは黙る。魔王達を使い、魔物を使い、他の世界をすべて見てきたであろうエインの言葉に異を唱えるには、彼の知る世界はあまりにも狭すぎた。
「根拠を話してもらえるか?」
ルドルの言葉にエインは頷く。
「そもそもルドル、呪文とは何だと思う?」
「……女神のもたらした奇跡」
「そんな抽象的な話をしているわけじゃない、俺達は手足を動かせるし、呼吸ができる、それは体にそれができる機能があるからだ、では呪文とは体のどこの機能が働くことで発現するのか?」
「……つまり何が言いたい?」
エインの言葉の意味するところがくみ取れず、イラつきながらルドルは先を促す。
「結論を急ぐな、これが大事な前提なんだ、呼吸をするには肺を使う、体を動かすには筋肉を使う、では呪文を使うには? 結論を言えば人体に呪文を使える器官は存在しなかった」
「……」
「呪文を発動する際に肉体の器官を使わないとするなら、何を原動力に動いているのか?」
「……人が認識できない器官?」
ルドルは床を見詰め、呟くように言った。
「それを現す言葉を俺達は知っている」
エインは促す。
「……魂?」
ルドルはどこか信じられないようにそう言った。
神無き世界に魂など存在し得るのか、ルドルは自問する。
「その通りだ、通常知覚できない世界にそれは並んでいる、そうであるから俺達は死んだ後も死ぬ前の情報を引き継いで転生することができるわけだ」
魂というバックアップが並んだ果てしない空間をルドルは想像する。それは直接知覚できるわけではないが、確かに肉体と繋がっておりその作用によって呪文を使う事が出来る、この話は滑らかにルドルの腑に落ちた。 その理解に女神聖典を修めていたことが無関係では決してない。
「女神の聖典とはいわばこの魂へのアクセス方法を記した書物なんだよ、だから女神信徒は呪文を使うことができる」
「だが棄教した者が呪文を使えなくなるのはどういうわけだ? 勇者信徒も最初は呪文が使えなかったはずだ」
「そこが重要だ、なぜ女神教を棄教したら呪文が使えなくなるのか、女神教以外が呪文を使えない理由は何か? しかし今の俺は当然その答えを知っている」
「……」
ルドルはエインを見る、そう、勇者教徒は呪文が使える。 つまりその頂点であるエインにはその理由が分かっているのだ。先ほどエインは言った『通常知覚できない世界にそれは並んでいる』……『通常』?
ルドルの背筋を冷たいものが走る。
「……お前、魂を知覚しているのか?」
ルドルの言葉に、エインは頷いた。
「信仰をある一定数以上集めた時に感じられるようになった、これが逆説的にたどり着いた女神存在の証明だ」
「……信仰の繋がりが呪文を生み出す原動力ということか」
「その通り、呪文を使うために必要な条件は2つ、魂を認識し、信仰で神とつながる事」
聖典を読み、魂という存在を認識してもそれだけでは足りない、信仰という道を通って神から力を貰うことで初めてその呪文という形で出力することができる。
神……目の前にいる男、そして女神……!
「女神教の聖典をほぼ真似た聖典をつくり信者に配った、ほぼ第一世界の聖典を流用させてもらったが、原本を知らない第七世界の人々はそうとは気が付かずそれをありがたがったよ。利権により原型を失った女神教聖典と比較するものは誰もいなかった」
「……」
ルドルは拳を握った。勇者教聖典を読んだ彼自身も気がつけないことだった。
「……」
「シナリオはこうだ、あるところにそれは美人な女の子がいた、周りの男どもはその女の子の気を引こうとあの手この手で求愛し、寝ても覚めてもその女のことを考え続けた、やがてそれは祈りとなり一つの信仰が生まれた。 信仰の力を得た俺だからわかる感覚だが、女は思うはずだ、この万能にも似た力がもっと欲しいと。 やがて始祖の女は信仰によって得た力で世界を増やし、信仰をさらに広げる、その後世界は増え続け、第七世界まで増えると、世界が増えるにつれ信仰の質が下がることを知った女はそこで世界の増殖を止めた、次に女は信仰心を煽るために明確な敵が必要であると考え魔物と魔王達を創った」
「…すべてお前の妄想だろう」
ルドルは吐き捨てるように言った。
「まぁ、女神の誕生に関しては想像の部分が大きいのは認めるよ、現状女神が女であるということしかわからないからな。 だが想像できるのはこんなところだろ? 当時に何があったかなんて正確には分からない」
「……そんな主観だけの話で、俺が信じると?」
「では訊くが、他の世界でも女神を信仰しているのはなぜだ? 第一世界だけが女神教発祥前からの歴史書があるのはなぜだ? 第一世界の聖典だけは変わることなく受け継がれているのはなぜだ? 現状から解釈するならば女神は確実に存在するとしか思えないのさ、その正体は俺たちと同じ人間だ」
「今の俺に、第一世界のことなどわからない」
ルドルの自棄になったような反論に、エインは間髪入れずに口を開く。
「じゃあお前のわかる話をしよう、女神教が邪教徒狩りに異様に執着する理由もこれで説明がつくよな? 要するに簡単なんだ、一定数以上の信仰を得るだけで、女神と同じレベルの脅威ができてしまう、だからこそ女神教は別宗教に対して極刑で対応する、これはどの世界でも、どれだけ聖典がいじられても変わらない」
「……!」
ルドルは息を飲んだ。エインの言葉が腑に落ちる自分が嫌だった。今までの自分を否定されているような気がしたのだ。
「……勇者信者を増やしている理由は」
「まだまだ信仰勢力は女神教の方が上だからだな、第一世界に女神教とそっくりの勇者教の聖典を配るわけにもいかない、信仰は力だ、第一世界という強大な母体を崩さない限り、今戦っても勝ち目は薄い、何より現状まだまだ勇者教は拡大できる余地があるんだ急ぐ必要はない」
「……」
ルドルは考える。
エインの話は全て主観によるところが大きく、客観的に判断を下すことができない。しかしもしエインの話す内容がすべて事実だとするならば、朧気であった女神の輪郭が確かに浮かび上がる。
裏付けはある程度とれる。 他の世界を巡ることで歴史は分かる。
何より、エインが自分に嘘をつく理由がない。明らかに人の限界を超えた事象に対して、そこに嘘を重ねるメリットとはなんだろうか?
もし嘘でごまかすつもりであるならば、自分と会う必要などそもそもないはずなのだ。




