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理反転

 まずルドルは息苦しさを感じた。 目の前の存在が発する圧倒的な存在感に圧迫され、体が震え出しそうになる。


 玉座に座り、ただじっとこちらを見つめる旧友の存在が、今はただ怖くてたまらなかった。


「どうした? 俺に何か言いたい事があるんじゃないのか?」


 エインの言葉はどこまでも平坦で、感情が感じられない。


 ルドルは意を決して口を開く。


「なぜだ? なんでお前はこんなことをしている?」


 ルドルは気圧されそうになる自分を奮い立たせ、言葉を続ける。


「お前の所為で罪もない人たちがたくさん死んでいる、お前の……俺達の護りたかった者たちがただの宗教の違いというだけで迫害し、殺し合っている、俺達の目指した先はこんな世界じゃなかったはずだ、違うのか?」


「……」


 エインは何も言わず目を細める。


「お前の親父さんの最後を知っているか? 女神教徒に吊るし上げられ串刺しだ、あの人は最後までお前を信じていたぞ……どうなんだよエイン!!」


「それは一つの視点に過ぎない」


 エインは厳かに口を開く、言葉の重みは静謐を含んでルドルの脳に直接響くようだった。


「宗教の迫害は前からあった、何も勇者教が始めたわけじゃない。 女神教徒以外を邪教として処刑していたことはお前も知っているはずだ」


「女神教が世界のルールだった、逸脱者にリスクがあるのは当然だ、だからこそ俺はそれを受け入れた」


「逸脱者の数が増えたら受け容れられないと?」


「そういうことじゃない、秩序を壊し、本来起こるはずのなかった殺し合いを……よりにもよってお前が起こしていることが俺は許せないんだ」


「女神教はあくまでルールであったと?」


「そうだ、どんな人にも平等に与えられる救いとして、確かに女神教は機能していた……たとえ……」


 ルドルはそこで言葉を切った。 この言葉を発することに今もなお抵抗があることに少し驚きながら、しかし彼は言葉を続ける。


「たとえ女神様が実在しない偶像であったとしても」


 ルドルは心臓に鈍い痛みを感じた。体が熱くなり、罪悪感に脳が痺れる。


 魔王との闘いの中でルドルが薄々感じていたことだった。なぜこんな状況になっても女神様は助けてくれないのか、その思いはこの100年でもはや無視できないほどに肥大化していた。


 自分達の都合で聖典を書き変える権力者たち、無慈悲に死んでゆく信徒達、そんな中でも沈黙を貫く神の存在を、どうすれば信じ続けられるのだろう? 神はいないのだと、所詮は人が作り上げた都合のいいルールでしかないのだと。 ルドルにそう思わせるのにこの100年という歳月は十分だった。


 そんなルドルの言葉に、エインの指が僅かに動いた。


「……この世界の法則は善だけじゃない、善と悪のバランスは時に乱れるが、やがてまた強者の望む配分へ集束する」


「……?」


 エインの言葉にルドルは眉をひそめる。

 

 エインはコツコツとひじ掛けを指で鳴らしながら言葉を続ける。


「その配分を、俺が変えたいと思っているんだ、善と悪のバランスを調整しより良い未来を創りたい、そのための宗教だし、そのための俺だ、だから今までの法則を一度破壊する必要があった。 二宗教間の混沌の戦いを征して新たな法則を創り出す。 人である限り善と悪は不滅だが今の女神教ルールのままでは俺達の目指した未来へは決して到達できない」


「なぜそう言い切れる?俺達で女神教を内側から変えればよかったじゃないか、それなら俺だって喜んで協力した」


 ルドルの案に対して、エインは小さく首を左右に振った。


「無理なんだよルドル、それは絶対に無理なんだ」


「なぜ?」


 エインの指の動きが止まる。 一定のリズムを刻んでいた音が消え、辺りに静寂が落ちる。


「――それは女神が実在し、強者としてこの世界を牛耳っているからだ」


 エインの言葉が世界を塗りつぶすように振動し反響する、音の意味を理解したルドルは眩暈を感じ、ふらりと体が一度揺れた。


「――は?」



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